自室にいるのにしっかりお仕事できちゃうんです! しかもゲーム感覚でできるんです!

!~よたみてい書

発見です!

『ティンポーン』


 家の中に呼び鈴の音が鳴り響いていった。


 一体だれが訪問してきたのだろうか。


 親は仕事で家には居ないし、こんな私になんて用は無いだろう。


 外の方から女性の明るい声が部屋の中に伝わってきた。


「こんにちは! ワーキンムの寝瑠子(ねるこ)と申します! ……どなたかいらっしゃいますか? いらっしゃらないようであれば、失礼します!」


 なんだろう? ワーキンムって初めて聞いた単語だ。


 それよりも、玄関の扉が開く音がしたんだけど、なんで?


 鍵は閉めていたはず。


 不法侵入?


 というか、足音が家の中からする!


 すぐ近く、それも家の中から先ほどの女性の声が聞こえてきた。


「すみません、どなたかいますか? お部屋に入りますね? もしダメだったら言ってください」


 えっ、彼女は何を言っているのだろうか。


 戸惑っていると、私の部屋の扉が彼女によって開かれていく。


 そして茶髪の女性が奥の廊下に立っていて、こちらに視線を向ける。


 それから微笑みながら軽く手を上げた。


「あっ、氷見子(ひみこ)ちゃんかな?」


 どうして私の名前を知っているのだろうかという疑問が頭の中で埋め尽くされる。


 茶髪女性は少し部屋の中に足を踏み入れ、扉を閉めた。


「わたし部屋の中に入っていいかな? ダメ? もし氷見子ちゃんがイヤだっていうなら、わたしはすぐに出ていくからね」


「お姉さん、だれ?」


 私は壁際に後ずさりながら恐る恐る言葉を漏らす。


 茶髪女性は胸に片手を添えながら、


「改めまして、わたしはワーキンムって組織に勤めている、寝瑠子(ねるこ)っていいます」


 彼女は笑顔を浮かべる。


 いや、名前を告げられても。


「……え?」


「うん、戸惑っちゃうのも無理もないよね」


 寝瑠子と名乗った茶髪女性は頬をかきながら苦笑する。


「わたし、いえわたしたちは、氷見子ちゃんのように社会に馴染めない人を助けるために行動しているんだ。……あ、ちなみにわたしも5年も氷見子ちゃんと同じ、いやそれ以上寂しい環境を過ごしていたよ。誇れることじゃないけど、先輩です」


 なんだか難しそうなことを言っているように聞こえるけど、言いたいことは分かった。


 彼女もこっち側の人間だったとは意外だ。


 それよりも、彼女はなぜ猫耳と猫の尻尾を着けているのだろうか?


 仮装コスプレってやつをしているのだろうか?


 寝瑠子は顔の近くでパチンと手を合わせ、首から下げているペンダント型端末、フォンダントに触れていく。


 そして彼女の前方の宙に、横に長めの長方形の映像が映し出される。


 寝瑠子は微笑みを浮かべながら呟く。


「あぁ、わたしたちっていうのは、この子達も含まれてるんだ。友美(トモミ)、氷見子ちゃんに自己紹介してあげて」


 友美ってだれだろう。


 疑問を抱いていると、宙の画面にスーパーデフォルメ、つまり可愛らしく作られた猫のキャラクターが表示される。


 さらに猫のキャラクターは縦に線が入った黄色い目を私に向けながら言葉を発した。


『ワタシは友美(トモミ)。人工知能、AIです。よろしくお願いします』


「彼女は友美、わたしたちをサポートしてくれるAIだよ。とっても働いてくれるからもう頼りになって、優秀だよぉ」


『ワタシはただその場の最適な行動を行っているだけです』


「その最適な行動が素晴らしいんだよぉ、ねぇ?」


 寝瑠子さんは笑みをこちらに向けてくるけど、私に聞かれても分からないので答えようがない。


「え」


 寝瑠子さんはちょっとずつこちらに歩み寄ってきて、


「それで、わたしたちは、その……休養中の人の情報を得て、こうやって直接会ってるんだ。突然でビックリしちゃったよね? でも、遠慮しながらやり取りしても断られる可能性もあるし、そもそも時間がかかって未来が削れていっちゃうからね。もう、パーっと一気に攻めて解決しなきゃね。わたしたちはそういう理念で動いている組織だよ」


 寝瑠子さんが説明してくれているけれど、ちょっと難しい。


 困惑で固まっていると、寝瑠子さんが天井を見ながら言葉を漏らす。


「あー、氷見子ちゃんってゲームは普段しているのかな?」


「ゲームって、どんなのですか? いっぱい種類がありますけど」


「んー、特に操作性があるやつ。画面に映し出された映像をプレイヤー、氷見子ちゃんが操るやつ」


「それならそこそこやってますけど……」


「素晴らしい!」


 友美も淡々と言葉を発する。


『適性があります』


「え?」


 私は顔を引きつらせながら小首をかしげた。


 寝瑠子は生き生きとした表情を私に向けながら、


「氷見子ちゃん、フォンダントは持ってるかな!?」


「あ、はい……」


 一体どうしたんだろう。


 寝瑠子さんが興奮しだした。


 わたしは疑問を抱きながら、近くの床に置いていたフォンダントを拾い上げ、首にかけていく。


 そして寝瑠子さんの前に立ったら、フォンダントを軽く触って存在を主張した。


「これがわたしのですけど」


「うんうん、じゃあ早速だけど、データを送らせてもらうね」


『氷見子の端末、フォンダントにアプリケーションを送信。ワタシも氷見子の端末にリンク完了』


 なんだか勝手に事が進められている。


 このまま私は黙ってみているだけでいいのだろうか?


 そもそも彼女たちは私になにをしようというのだ。


 寝瑠子さんが人差し指を立てながら、


「準備完了! それじゃあ氷見子ちゃん、ゲームをやりましょうか」


「えっ、ゲーム? なんのですか?」


「主観視点のキャラクターを氷見子ちゃんが操作する簡単なゲームだよ」


「えっと、作品名はなんでしょうか?」


「名前は無いよ? うーん、今即興でつけるとするなら、ナレマッショー?」


「私、そのゲームやったことないですよ?」


「だいじょうぶだいじょうぶ! まさか、未経験の人がつまずくようなゲームをやらせようと思ってる?」


 友美も口角を上げた表情に変えながら、


『ワタシがサポートします。氷見子は何も心配せず、共にプレイしましょう』


「そう! 友美がしっかしアシストするから、全然心配いらないの」


 AIの友美を含めていいのか分からないけど、彼女たちは自信満々に私にゲームをするように勧めてくる。


 本当に初めて触るゲームなのに、上手くいくのだろうか。


 無様な姿を二人に見せるだけで終わったりするのでは。


 寝瑠子さんは小首をかしげながら尋ねてくる。


「ちなみに、氷見子ちゃんは普段どうやってゲームで遊んでるのかな? タッチ操作? コントローラー? はたまた変化球の音声入力?」


「えっと、ゲームパッドを使ってます」


「あ、やっぱり? 少ない動作で細かい操作が出来ていいよねー。それじゃあ普段使ってるゲームパッドを持ってきてー」


「はい……」


 私は彼女に支持された通り、床に放置していた愛用のゲームパッドを拾い上げ、寝瑠子さんの前に戻っていく。


 すると、寝瑠子さんは軽く頷き、


「友美、“アバム”を起動して」


『了解。アバムを起動。氷見子のゲームパッドとのリンク完了。操作を受け付けます』


 寝瑠子さんが友美とやり取りを続けていると、私の眼前に出来上がった画面に見知らぬどこかの映像が映りこんできた。


 さらに、映像の端には知らない誰かからのメッセージが表示され、初めて聞く誰かの言葉も音声として流れてくる。


リコ【はじめまして、新人さんですか? よろしくお願いします】


ツムギ【初めは不安だけど、そのまま続けていけばすぐに素晴らしさに気付けるよ!】


ソウマ【はじめまして。そこに俺たちの組織の人誰か来ているかな? 戸惑うかもしれないけど、その人たちを信じてみて】


ヤマト【初めまして。指示に従っていれば、いつのまにか優秀になっている。がんばれ】


アン【こんにちは! 新しい仲間を歓迎します!】


 突然の知らない名前の人からの接触。


 どうすればいいんだろう。


「あの、誰かからのメッセージが届いているんですけど、これは?」


「わたしたちと同じ組織の人たちだよ。同僚ってやつ! 氷見子ちゃんももうすぐ同じ仕事仲間になる人たちだよ。仲良くしてあげてね」


 それから寝瑠子さんは優しい口調で言葉を投げかけてくる。


「えーっと、今見ている映像だけど、ここはわたしたちが所有してる倉庫で、左スティックで移動できるよ、やってみて」


「え」


 と言われても、なにが何だか。


 だけど何もしないのも悪いし、操作するしかない。


 わたしは両手で握っているゲームパットに備わっている左スティックを左の親指で動かす。


 前に少しだけ倒せば、前方に歩き始めるはず。


 普段のゲームと同じなら。


 すると、画面に映し出されてる光景が後方に流れていく。


 つまり前に進んでいる。


 さらに足音も聞こえてきた。


「あっ、動いた」


「上手上手! 初めてなのにちゃんとヒューマンロイドを操作出来たね」


『ワタシがしっかり補助しているので、操縦ミスはありえないです』


 私はただいつも通りにゲームをしただけなのに、褒められた。


 寝瑠子さんが苦笑いを浮かべながら呟く。


「今はどのくらいのアシストなの?」


『弱。30%です』


「それなら、氷見子の実力だと思うなぁ。うん、見事な操作だよ」


 そんなに褒められても、私は標準を知らない。


 それに。


「あの、ヒューマンロイドってなんですか? 初めて聞いた単語なんですけど」


「アンドロイド、いや、ヒューマロイド、のんのん、人間と機械が二人三脚するのがヒューマンロイドです! 最近開発された機体なんだ。氷見子ちゃんが操作してるのは人間型の二足歩行型、他にも空中を飛ぶ小型飛行型もあるし、砲弾を放つ武器を備わった機体もあるけど、これは……操作できるのは一部の上級者だけだね」


 知らない。


 そっち方面の話はさっぱりだ。


 そして私の頭が少し熱くなっている気がする。


 きっと悲鳴を上げているのだろう。


 寝瑠子さんは人差し指を立てながら笑顔を浮かべる。


「感受性が低くて共感能力が足りない人が操作したら、機械が機械を操作するみたいになっちゃう。だから、能力が高くて防衛行動をし続けている氷見子みたいな人たちがAIと一緒に行動することによって、お互いの短所と長所を補いあう関係、ヒューマンロイドが完成するの」


 寝瑠子さんがいろいろ説明してくれているけど、難しくて頭がこんがらかりそうだ。


 私が戸惑っていても、寝瑠子さんは説明を続けていく。


「それで、ヒューマンロイドを操作して、氷見子ちゃんにはお仕事してもらいたいなぁって思っているんだけど」


「え、無理です! 私、やったことないですよ!」


「そこは安心して! 友美がしっかり案内するし、失敗しないように誘導するから。というか、友美が間違いを犯さないかむしろ氷見子ちゃんがしっかり見張っててほしいな」


「間違いかどうか判別できる自信も知識も経験もありませんよ!?」


「それは氷見子ちゃんの道徳心に従うだけでいいから、全く問題ないよ」


「それに経験すらしたことない初心者以下の私なんて失敗する未来しか見えない。私迷惑かけたくないです。寝瑠子さんたち仕事させる相手間違っていませんか?」


 寝瑠子さんは尻尾をフリフリさせながら語る。


 というかその尻尾動かせるのね。


「その心配も無用だよ。生命に関わるものや、物凄い額のお金は無理だけど、政府が全部保証してくれるんだ。例えば、移動中に花瓶を割ったり、窓ガラスに突っ込んだりしても、損害賠償はないの。あ、といっても流石に同じ失敗を何度も続けると恩恵は受けられなくなっちゃうけど、そもそも友美がそんなことさせないからね」


『ワタシが存在する限り、迷惑になる行為は起こさせません』


「だいたい、今の状況って説明書も無し、チュートリアルも無い状態でいきなり初見殺しの状況に放り込まれて、コンテニューやリトライが出来ないコンテンツを初見でミスを一切しないで攻略しろって言ってるのと同じだよ。さらにデスペナルティは操作キャラクターを通り越して、プレイヤーに課せられるし、それも長期間影響を受け続けて、解除方法がほとんど無し。そんなゲームについて氷見子ちゃんはどう思う?」


 どう思うって聞かれても、説明の時点で難しくて取っつきづらい。


 つまり。


「えっと、ク――すごく難しそうですね。一部の人にしか攻略は無理だと思います」


「でしょう? やりたいと思わないよね」


「はい……」


「だから、わたし達……いえ、オーナーはバグをしっかり修正して完成された仕組みを作り上げたんだ。もう否定的で消極的ネガティブな事で苦しむ人は出させないよ!」


『ワタシも落ち込む人を出させません』


 寝瑠子さん達は真剣な表情を作りながら首の近くでこぶしを握り、語気を強めた。


 なんだか強い意志を感じる。


 いや、なんだかではない。


 しっかりとした芯を持っているように見えた。

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