呪いエスプレッソ
@nekoyabusa
第1話 ムンクの叫び 友人
「これは呪いの類いだね……」
これからゴールデンウィークが始まると言うのに、俺こと『篠崎 明』はその前日、学校を仕方なくサボることになった。
この理由と言うのが、日光に当たると体が焼けるように焦げる、証拠に俺の右腕が意味分からないほどに黒こげてしまっている。
「そんなことをね、一度で良いから恰好良く言ってみたかったんだよな」
「……真面目に相談してるんですから、聞いてください」
今、俺の目の前にいる胡散臭そうな男、彼の名は田原 晃平。
死んだ魚のような眼をして、白髪混じりの天然パーマは彼を老けさせてみせるが、見た目通りの俺と二桁も歳の離れたオッサンである。
何故、俺がこんなオッサンと話しているのかと言うと、実は彼は霊能者なのだ。
「んで、この呪いはどうしたら解けるんですかね……」
「なんの呪いなのかは、なんとなく察したけど……忘れちゃった」
本当に霊能者なのだろうか。
「ただ、一つ言えるのが、これはムンクの叫びって奴だ」
「ムンクの叫び……?」
意味がわからないが断末魔的なことだろうか?
「それでだが、そういえば、君の友人が死んでから、どのくらいの時間が経っただろうか?」
公園のベンチで酒を飲みながら話す田原は意味有り気な雰囲気で、この話を持ち出すから、俺は唇を噛んで悩んだ。
つまり田原の言う、忘れてしまったと言うのは嘘であり、実はこの呪いの正体は、死んだ俺の友人が関わっていることを示唆している。
「……もう殺されてから丁度一週間ですね」
「もう一週間か、分からないけれど俺は彼か殺人犯が呪いに関わってると読むね」
「殺人犯が?」
「もしかしたら、殺人犯は明君のことを探しているのかもね、ハハハ」
「冗談よしてください……」
「冗談じゃなく本気だよ、今越谷で起きている無差別殺人、私は殺人者がサイコパスだと思うんだよね」
俺が住む越谷では近頃、殺人事件が相次いで起こっている、だが俺の町は腐っているのだ。
いくら人が死んでも警察は動こうとはしなかった、田原からの受け売りだが呪いや霊なんかより本当に怖いのは人間だと言うこと。
「それでサイコパスとは一体どういうことです?」
「前にも話さなかったっけ? 呪いがどうやって起きるかと言うと、尋常じゃない人間からの超心理が関わっているのは前にも教えたね」
「これは話して貰ったことがあります」
「つまりは追い詰められた人間の叫びを私は超心理『サイコパス』と呼んでいる、例えばこれは殺人犯」
「例えば、これはペシミスト」
「例えば、これは殺される寸前の人間」
「んー……例えば、これはヒステリヒス」
「例えば、これは被害者ってね、別にこう言い合うゲームじゃないんだけど、こう言う状況に追いやられる人間はこの町では珍しくないと思うんだよね」
俺や田原が住む町、越谷市は呪われている。
田原のような30近くで職が安定していなくても笑っている人間もいるが、この町は希少稀に見るような呪われた地なのだ。
愛がない、人情がない、笑顔がないだけなら東京のほうがマシだと言えるだろう。
呪われている、呪われているのだ、どう呪われているかと言われると沢山ありすぎて一つ一つ語ることは出来ないが、異常者が埼玉の越谷に集まる、いや、現れる理由としてあげられるのが、田原曰く『にえ』の存在だと言う。
この話は江戸まで遡る、この時代、遠くから来た人間や犯罪者を一か所にまとめ上げ、江戸の負を背負わせたのだと言う。
この方法はいくつかあるのだと言うが問題は方法ではない、この輩をまとめ上げられた場所、これこそがここ越谷だと言うのが問題なのだ。
ここまでが田原の受け売りであり、ここから先は俺の推測だが、この町には負のオーラが漂っている、皮肉だが受け継がれていると言ったほうが良いだろうか。
「ところで問題の殺人犯、まだ逮捕されてないのだろ?」
「逮捕されてないな……警察は何やってるんだって正直叫びたい気分だ」
「警察が本当に動いてると思っているのかい? 俺の知り合いの警察官から聞いた話だけど、今回の件はもう流れたって聞いたよ?」
「……」
勿論、何もしない警察に俺はとても無性にイラついていたが、友人一人殺されて警察頼みに叫んだ自分の無責任さにもイライラし、俺はとにかく深呼吸して自分を落ち着かせるのであった。
こんなとき、俺はどうすれば良いのか分からない、まだ子供なんだなとつくづく思い知らせれら。
「田原なら、こういう時どうすれば良いと思う?」
気付いた時には俺は田原に、されても困るような質問をしてしまった。
「これは私にも分からないよ、実際に味わったことがないことだからね、だけど、今の明君みたいに、友人のために悩むことが出来たなら、それが彼の存在意義になるんじゃないかな」
それを語ると、田原はビールを一気飲みしてクゥーと声を漏らす、そして立ち上がり腕を伸ばすと、すたすたどこかへ行こうとするから声をかける。
「田原、どこかへ行くのか?」
「ああ、今回の無差別殺人事件、俺は呪いが関わってると思う」
「それがどうした?」
「明君はその点が鈍感なんだよな、まあ君の呪いの理由を探るために情報収集しに行くとでも言っておくよ」
田原は公園を抜けて商店へ入り、蒲生駅がある方へと消えていった。
越谷の商店街は夜になると不良の溜まり場へと変貌する。
酒を飲みながらパトロールをする警察官、未成年だろう人間の喫煙、本当に治安の悪さは天下一である。
ただ、こんな性質の悪い奴らでも、都会と違うところと言えば、煩く笑っているだけ、都内のあの空気よりかはマシだと俺は高校生ながらに思うのであった。
だけどそれで良いのだろうか、この町は今、無差別殺人事件により危ない町と化している。
それなのに、町行く人々は何もなかったかのように過ごしている。ビックエーの前で尻を着いて喋っている不良も、酔って勤務を全うできない警備員も、本当に暢気である。
こんなんで本当に良いのだろうか? 別に彼らが悪いことをしているわけではない、ただ友人と戯れたり、自分の時間を楽しんでいるだけだと言うのに、これは俺が何か言う義理などないと言うのに。
俺は自分がバイトで勤めるコンビニでコーヒーを買うと、駐車場にある、あの凸に腰を下ろすと明日からのことを考えて、ため息を吐いた。
ゴールデンウィーク、俺は準夜勤務が多いため何とかなる、夕方や朝からのバイトは田原に頭を下げて行って貰うことになったが、俺も給料を稼げないと正直辛い。そしてこれが一番の問題じゃない。
「学校行けないのは痛恨なんだよな……」
ゴールデンウィークの前日、俺は学校をサボる形になったものの、世間的に色々とありすぎた為、親も先生も俺の欠席について言及することはなかった。
だがもし、この太陽の下に出れない呪いが消えなかったら、ゴールデンウィークの終了とともに俺は五月病へと突入することになるだろう、正直それだけはどうして避けたいものだ。
……田原と出会い、呪いと言うものがどういうモノなのか教えてもらってきたが、正直これは勘弁である。
こんなふうに今後の自分の悩みに更けて、コーヒーを飲んでいるときだった。
我が高校の制服を着た女子が徒歩で街中を歩いているものだから、ついつい目が行ってしまった。
遠くからも分かる、指定されたYシャツはポケット部分に赤いリボンの刺繍があるのは同学年2年生である証拠である。
だが俺はこんな時間にこの道を歩くような女子に心覚えがなく、そもそもこのへんに住んでいる同級生であれば、俺が知らないはずがないのだ。ダブりなどの可能性も考えたが、そんな都合の良い可能性はこの際考えないことにした。
つまりは彼女は、この場所のイレギュラーだと俺は観ずるのであった。
そんな彼女は慌てた様子で、町行く人に何かを尋ねているのだ、不良が多いこの時間にここまで何をしているのか、俺は彼女の行動に疑問を持った。
勿論、彼女は尋ね事をしているが相手にしている人は一部だと思われる、灯りがあるコンビニの前で行動をしているため、自然と彼女の会話が俺のほうへと入ってきた
「あの……一週間前に行われた無差別殺人事件について、何か情報を知りませんか?」
彼女は町行く人に対して、あの事件の詳細を知る人間を探しているのであった。
俺は正直に凄いと思った、彼女はこの事件で兄弟を殺されたのか友達を殺されたのか、それとも恋人を殺されたのか分からない、だけど彼女は俺と違って行動しているのだ。相手にする人間など一部であったが、下手すればレイプ対象にでもされそうな小さくて幼げな女の子が、自分よりも体格上の人間に対して、事件の真相を知るために情報収集をしている様は、考えさせられる一面があった。
だけど、これは正直危ない、何かあっても仕方がない状況だ。
「おぉ~姉ちゃん、こんな時間にキャッチセールかい~?」
言わんこっちゃない、さっきまでビックエー前で酒を飲んでいた不良たち三人が彼女の腕を掴むと、アニメに出てきそうな何か意味ありげな下品な笑い方をしている。
「どこのお店? 俺、指名しちゃおうっかな~?」
仕方ない……
「すいませんねぇ~ 連れが迷惑かけちゃいまして」
俺は三人の不良の間に入ると彼らはとてもキレの通った顔をする、なんだ連れありかとでも言いたげな顔なので俺は黙って彼女の手を引いて、この場をあとにしたのだ。
だいたいの場合、人と言うのは口だけなのだ。例えば、町でナンパしたとして男連れと分かれば身を引くのが通常、酒に酔って罵声したとしても手を出すに至る人間は相当いない、結局口だけ、口だけなのだ。
「あ、ありがとうございます」
「流石にこんなところで情報収集は危ないよ、駅前とかもっと安全なところで情報を集めたほうが良いよ」
「それも考えたんですが、駅前は酔っ払いのオジサンが叫び回ってて、正直怖くなってしまったのですよ……」
「ああ……」
我が町の駅のホーム、蒲生駅では夜になると『酔っ払いオジサン』が現れるのである、彼は誰とも構わず声を掛けてはチクショーと叫んだし、死ねと罵倒したり、本当に迷惑なオッサンなのだが、この町に住む人間はもう慣れっこである。
「それにこの情報を探すには、やっぱり現場付近で聞き回るのが良いと思ったのです」
これから俺は彼女を引いて、さっきまで田原とお喋りをしていた公園まできている、ここは稀に不良のたまり場としても使われているが基本的にフリーな場所である、ベンチも複数あるので先ず困らない。
「本当に嫌な事件だよね、警察は動かないわ、この町も暢気だわ、本当にこの町は呪われている……」
俺は彼女なら俺の今の気持ちを理解してくれると思い、ついつい愚痴を零してしまった。
「確かにこの町は呪われているのですよ、だけど親切な人も沢山いますです、例えば親身になって情報を教えてくれた人もいれば、犯人を見たって言う知り合いに電話して話す機会をくれた人とか、それにあなたも不振な人から私を助けてくれました」
そういうと彼女ははにかみ、だけどこの笑顔の裏には悲しみとも思える表情が見え隠れしていた。
精神的に肉体的にも疲れていて、どこか怯えているようにも見える、それなのにこうやって真相を知るために動いてるってことは、被害者は彼女にとって掛け替えのない大切な人だったんだろう。
「今日はもう暗いし帰ったほうが良い、駅まで送って行くから」
強引だが、俺は彼女の身を案じて今日はどうか帰って貰おうと思った。
彼女の行動は凄いと思うが、危険と隣り合わせである限り、これは勇気と認めるわけにはいかない、正直に言ってしまえば無謀とも言えるだろう、もっと明るい時間に、男の友人でも連れて計画的にこう言う行動を起こすのが彼女の最善策だったと言えるだろう。
その後、俺は彼女を蒲生駅まで送って行った、彼女は丁寧に俺に頭を下げると改札を上って行き、ホームへと姿を消した。俺は念のために「日が出ている時間帯に情報収集するならやる」ように釘刺しをしておいた。
彼女を送ったあと、俺は遊ぶわけでもなく駅前にある小さな潰れそうなパチンコ屋へと向かう。
高校生である俺がパチンコをするわけでもなく、ある男がこのパチンコ屋で遊んでいる可能性があるから、俺はそれを確かめに向かったのだ。
今でも潰れそうな風俗店の下にあるパチンコ屋『スカイハイ』は、田原曰く一世代代古いパチンコが揃っていて良いらしいが、俺には理解できない。
そして案の定、そこで情報収集するわけでもなく遊んでいる男、田原がいたわけで。
「おやおや、明君、ここまで来るなんて、なんの用かい? ぐふっ!?」
俺はとりあえず、田原を殴った。
「箱なんて積んじゃって、俺との約束は忘れたのか?」
「ん? なんのことだっけ? ぐはっ!?」
とりあえず、もう一発、腹の溝らへんを殴った。
「痛いじゃないか、明君……忘れてなんかいないよ、これが済んだら情報を明君へ提供しようじゃないか」
これから数分、俺は田原が打つパチンコを隣の席で眺めていた、こんなんのどこが楽しいのだろうか……
田原が打つパチンコは大人気アニメの一世代古いシリーズのパチンコらしい、俺もゲームセンターで並んでいる最新のなら見覚えがあるが、どうにも古臭く、好んでこの台を打つ意味が俺には分からなかったが、どうやら今日のこの台は大変ご機嫌らしく、聞き覚えのある有名なOPが流れ続けている。
「これで、結局数十分も待たされた訳だけど、この時間に似合う情報があるんだよな」
「まあまあちゃんと情報収集していたよ、メールで」
「……」
再び、いつもの公園へと着き、ベンチに座ると田原はパチンコでの戦利品であるコーラを俺へとくれた。
「まあ、これでも飲みながら聞いていてくれよ」
「……分かった」
「一週間前、君の友人はこの商店街で起きた無差別殺人事件で死んだ」
そう語りながらメモ帳の中に四角を描き、蒲生と書き、マップを書いていく。
「被害者は想定数十人、死者4人出た大変な事件だったようだね。」
その次に川柳町と書いた丸を書く。
「川柳は君は知ってるかい? 学校が沢山ある場所だから知ってはいると思うけど」
「何となく場所は分かる、これも地方ニュースでは一応流れたけど殺人事件が横道した場所だって聞いたけど」
「よく知っているね、多くは語られていないけど、事件ファイルを見たところ二つとも共通した凶器を利用していて、同じ部位を狙った犯行らしいんだ、内容についても知りたいかい?」
「いいや、これは語らなくても良い……」
相沢がどのように殺されたなんて、俺は知りたくない。
「次に事件が起きたのはJRの向こう側にある流通団地付近の場所だ」
田原はメモ帳に相撲町と書いているが、流石に俺はここの場所はスーパーやラーメン屋が多くある程度しか覚えがない、事件があったことは聞いているが。
「確か、スーパー帰りの主婦や学生を狙った犯行だったと聞いてる」
「これに至ってはニュースすら流れなかったけど、学生等の間では都市伝説のように出回ってる情報だね」
そこで疑問が生まれる。
「そんで、事件が起きた場所をメモしてくれたのは分かりやすくて助かるんだけど、これが俺の呪いと何の関係があるんだ?」
「まだ確信を持ったわけじゃないけど、俺の予想だと犯罪者はサイコパスだと思うんだ」
「いやいや、人殺しの時点でサイコパスだと俺は思うが」
「まあ一般的に考えればそうだろうけど、犯罪心理は複雑だからね、追い込まれた人間の心理、犯罪に愉悦を感じた人間の心理、これを一まとめにサイコパスといってしまうのは難しい」
「……そうだとすると、彼がサイコパスである理由というのは何なんだよ?」
「確信がない今、これ以上のことは語れない」
「なんなんだよ、それ」
「言ってしまうと、これは次の殺人場所すら想定できる情報なんだ、今の君に伝えるのは辞めて置きたいのだ」
いやいや、これは犯罪者を逮捕できる絶好の機会じゃないのか。
「ここまで洗い出されているのに、警察は行動をしないのかよ……」
「一応知り合いの警察官には言ったさ、だけど私のオカルト話なんて彼らは信じてくれなかったさ」
そんな簡単に諦めて良いことなのか、俺は田原の凄さを知っている、だからこそ彼の話がただのオカルト話で収まってしまうことがとても悔しかった。
「時間は掛るが真相が分かる、犠牲が付いてからの真実なんてと思うが、頼むから私を恨まないでくれよ、では明日バイトで会おう」
それを伝えると田原はメモ帳を締めくくり、また公園を出て行った。
翌日の昼、日の出が落ちそうな頃だが俺は日傘を使ったり日陰を探しながら頑張ってバイト先のコンビニへと到着した。
正直死ぬかと思った、傾き掛けで休憩とかしてると日が動く場所などもあり、日陰を見つけても休んでいる暇もなく、周りからは変人を見る目で見られることもあったが、本当にどうにかである。
「よくバイト先まで来れたね」
バイト先の裏では田原が椅子に座って余裕爛々と食べてはいけない廃棄処分される予定のパンとお弁当を食べている。
「店長にばれたら、また怒られますよ」
「別に大丈夫だよ、結局バイト貴族の私をクビにするなんて根性、店長にはないからね」
田原はこう言うと、悪人面を笑顔で更に自身を老けさせ、しめしめガツガツと弁当を口の中へと流し込む。
「……こんなことは良いんだ、昨日言っていた時期になれば真相が分かるっての、これはどうなったんだ?」
「んー、私の感だと今日、何か起きると思うんだけどな」
そのあと、俺と田原は品だし作業やゴミ捨て作業を終わらせ、暇になり、二人でなんとなく客のいない間にお喋りしていた。
「暇になりましたね」
「動いていたのは殆ど明君だけどね」
「……本当にそれですよ」
田原はコンビニバイトを真面目にやらない奴なのだ、レジ打ちや客に対しては愛想よくしているが、おにぎりの前だしはしない、お菓子やカップ麺も古い品など前に出さないから、後々彼には言わずに俺が店長からどうにかして欲しいと頭を下げられる始末、何度も彼の面倒臭がり屋は度を過ぎているのだ。
「そろそろネタバレしてくれても良いんじゃないかな、犯人の足取りとやらを」
「そうだね、コンビニバイト中でどうにも動けない今、教えても良いかなと思っているよ」
田原はレジ後ろのタバコ棚に寄りかかりながら余裕満々にタバコ泥棒防止の鈴の音を鳴らして遊んでいる。
「思っているなら教えてくれても良いんじゃないか」
「まあそうなんだけどね、その前に外のゴミ箱を整理してきてくれないか」
「……田原、今日はお前のゴミ番だろ、て言うか、もう終わったんじゃないのか」
「タバコ吸いに外には出たけどね」
「分かったよ、その代わり帰ってきたら必ず教えろよな」
「教えるつもりではいるよ」
俺は田原が終わらせたと思っていたゴミ箱の処理をするために、ゴミ袋を持って外へと出て行った。
そしてゴミ箱の中を確認するが、ゴミ箱の中にはゴミは入っておらず、新しいゴミ袋になっていた、一瞬、己がバイトを逃げ出すチャンスを作るために俺を外へと出したと思ったが、昨日勝ったには勝ったが田原の財布には札はサッパリ消えていたのを思い出し、パチンコ逃走はないと考えた。
じゃあ何故田原は何故俺を外へと追いやったか。
答えは商店街の通りを見たら察しが付いた、二人の不良が女の子に積極的にナンパしている、しかもこの不良が囲んでいるのは、あの昨日も不良に絡まれていた同じ学校の女の子であったから溜息が出る。
「何々? 俺この噂知ってるよ? だからさ、これから飲みに行かない?」
「駅前に良い店あるんだよね、行こう行こう」
困った顔をする少女はオドオドとしている、今にも泣き出しそうな表情からは恐怖心が溢れ出ている。
ったく。
「あのう、連れが迷惑掛けました、別のところ探しに行こう?」
キレ顔をこちらへと向ける不良二人の間に割って入り、俺はまた彼女の手を引いて昨日と同じように、この場を逃げ出そうとした、しかし
「おいお前、コンビニ店員がヒーロー気取りかよ」
「俺はこの子に訪ね事をされたから、これからカフェでゆっくりお話するんだよな?」
不良共は、女の子にこちらへ来るように脅迫のような言葉を吐いた。
彼女は黙りこんで、何も答えられないままでいる。
「そういうことだ、コンビニ店員は引込んでいろ」
こういうと、無理矢理彼女を引っ張り奪い、彼らは駅のほうへと歩いて行こうとするから俺は余りの彼らの堂々たる態度に怯んでしまった。
「まったく、明君は情けないね」
そこに現れたのは田原であった。
「いやいや、じゃあこの場合田原ならどうするよ」
「よく見とくんだね」
そういうと田原は、あの不良二人のほうへと向かっていき、片方の不良の肩を掴む。
「まだ文句あんのか? ガキィ!? ブハッ」ドス、ドシャガシャ
田原は不良の一人の面を勢い良く殴った、その後にテンポ良く隣にいる不良の顔面を殴りつけ、二人は居酒屋のビンのプールの中に溺れてしまった。
これじゃどっちが不良か不明である。
「彼女震えてるじゃないか、しかも未成年を居酒屋に連れ込もうとするなんて、黙っててやるから、さっさとビン片付けて去りな」
「ち、ちくしょ、覚えてろよ」
捨て台詞を言うと、手先良くビンを整理して不良たちは夜の町へと消えていった。
「田原……やりすぎだよ、これは」
「前にも言っただろ? この町の連中は自分を強く見せようとしてるだけの、実際は手を出す根性も出される根性もない臆病者しかいないからね、こうやって余裕ぶっこいてる輩は一度痛い目に遭うべきなんだよ」
俺がこう言う田原の肝が据わってる所が好きだが、正直どん引きである。
「あ、あのう、昨日に引き続き助けていただき有難うございます」
「あれ、お二人さんは知り合いかね? じゃあ、あとの処理は明君に頼んだよ、明君、物凄く何かを言いたそうな顔してるし、店見とくから」
田原にも言いたいことはあるけど、俺は彼女にとても言いたいことがある。
「昨日、あれだけ夜中に、こう言う行動をするのは駄目だと言ったのに、なんでまたこういうことをしてるんだ?」
正直、俺はカンカンだ、約束を破り、しかもまた危ない目に遭ったのだ彼女は、田原が助けてくれたから良かったものの、俺は予測出来た危険をまた繰り返した彼女に腹が立った。
「……ご、ごめんなさい」
彼女は泣き出した。
「……言い過ぎたよ」
……頭に来ていたとは言え、俺は事情を知りもせずに彼女の行動を批判した自分の発言を悔いた。
「あ~あ、俺と言うやつは……」
俺は頭を掻き雑ぜると深く深呼吸をした、何か吹っ切れた行動に彼女もキョトンしているが、こんなことはどうでも良い。
「実は俺の友人も、あの無差別殺人事件の被害を受けて殺されているんだ」
この発言に彼女は少し驚きのような表情を見せるが、うんと疼いて、下に俯いてしまった。
「これで訳有って俺は犯罪者を見つけ出さないとイケない状況にある」
「復讐……ですか?」
「違う…と思う、信じて貰えないかも知れないけど俺は呪いに掛ってしまったんだ」
彼女は呪いと言う言葉に体で反応すると、ゆっくりと俺を確認するように顔を起きあがらせた。
「呪い?」
「そうだ、太陽に当たると体が焦げてしまうんだ」
「……そういえば、腕のひどい火傷痕みたいな焦げやら、足の焦げ、何なんだろうと思っていました、それでこの呪いと殺人者にはどう言う因果関係があるんですか?」
「過程だが二つある、一つは犯人が俺を呼んでいるパターンらしい、夜しか歩けない体にして俺を殺したいと考えているのかも知れない」
「それで、もう一つは?」
「もう一つは、死んだ友人からの頼み、叫びが、俺になんかしらの制限を与えてるパターン、これは犯人を俺に見つけて欲しいのか、それともまた復讐を頼んでいるのか、分からない」
「……」
信じようもない話だが、俺は語らずにはいられなかった。
なぜなら彼女も訳有って、この事件の真相を追っている人間の一人だからだ。
そして俺は彼女に言った。
「君がここまでして情報収集をしている理由が分からないけど、あとは俺と田原に任せて欲しいんだ」
「……」
彼女は情報収集でどの程度の話を、どの程度の情報を手に入れているかは分からない、しかし、きっと彼女は犯人逮捕への手掛かりを探しているのは間違いないと思った。
それならば、手伝ってあげるなどの話は出来ないが、俺は彼女に真相を教える事くらいなら出来るだろう。
「駄目なんです……」
「?」
「夢の中で出てくるんです……彼が私に優しくしてくれる夢を、ずっとずっとずっとずっとずっと……」
再び彼女は蹲って泣き出してしまう、彼と言うのはきっと恋人のことなんだろう、きっと、とっても、とても大切な人だったのだと感じる、夢で悪夢のように彼の夢を見るほどに。
こんな彼女に俺は掛けてやる言葉が見つからなかった。
きっと今も、とても辛く苦しんでいるに違いないのだから。
そんなドサクサに、俺は彼女の口から、とんでもない言葉を聞いてしまった。
「また泣かしちゃったのかい?」
「……田原、彼女も例の殺人事件の被害者らしいんだ」
「なになに? 恋人でも殺されたのかい? グフッ!?」
田原に悪気はなかったのだろうけど、こうでもしないと彼女に申し訳ないと思い、俺は思いっきり彼の腹を殴ってやった。
その後、午後十時、俺と田原はバイトのシフトを交換して貰い、田原の車で彼女を家まで送って行った。
彼女の家はこの町から二駅ほど離れた場所にある草加と言う市である。
車に乗っている間、彼女は泣きやんではいたが、口を閉じたまま、ただ鼻をすすっていた。
そして彼女の家の近くだと言うファミリーブックで彼女を下ろすことにした。
大型の本屋なのだがスロットや麻雀のゲームなどもあり、DVDなどのレンタルも充実していて24時間営業な為、バイト終わりに田原とは良く行く店だ。
彼女を車から降ろすと頭を軽く下げて、未だに苦しそうに鼻をすすっている。
「ありがとうございます、ぐすん……」
そう伝えると彼女はまだ、何か言いたそうな顔をしているが、俺はそんな彼女に深く溜息を吐き、
「そういえば、君って草高校の子だよね?」
「……えっ? そうですよ」
「俺も同じ高校でさ、面識がなさすぎて何組の方か分からないけど、俺は二組の篠崎だから、ゴールデンウィーク明けにでも事件の真相が知りたかったら、俺を呼んでよ」
その後、少し驚いた顔をするが、彼女は
「は、はい、分かりました、私の名前は吉井です、吉井 椎名です」
と、彼女は自分の名を吉井と名乗り、頭を下げ外観方面へと消えていった。
「それで、君は彼女をどう思うかい?」
帰宅途中の車の中で田原は運転しながら俺に問いかけるのであった。
「……正直、急にヒスったからびっくりしたけど、彼女、きっと『しがらみ』に囚われて呪いより辛い思いをしてるんだと思う」
「しがらみね……これも立派な呪いだよ、自身で自身を縛り上げるなんて、年頃の女の子は難しいね」
「これと、もう一つ伝えなくてはならないことがあるんだ」
「ほう?」
「もしかしたらだけど、彼女、吉井さんは相沢の恋人なのかも知れない」
突然の話に少しは驚くかなと思ったが、田原はむしろ鼻で笑い、この状況を楽しむように語りだした。
「俺も彼女が、この呪い劇の重要人物だと思っていたんだよね、突然不穏だったこの町に現れたり、しかも事件の真相を暴こうとしていたり、そして私たちの前に突然現れた、だけど何故君は彼女が友人さんの恋人だと思ったのかい?」
「理由は二つある、さっきも言ったけど彼女、俺と高校が一緒なんだよね、それが一つだけど、もう一つは吉井がコンビニの裏で俯いて泣いていたとき」
「そのときに何があった?」
「彼女は相沢の名を呟いていた」
「……思ったより単純なヒントだね、これはもはや、かも知れないではなく確定事項だと私は感じるね」
「それで田原、きっと吉井も呪われていて、今日ああやって注意したが、もう一度この事件に関わりを持ってくると思うんだ、彼女は相沢の夢をずっと見ているらしい」
「明君、死んだ人が夢に出てくるってことは、彼のことを悲しむココロがあるから観る夢の心理なんだよ、それが彼女を苦しめてるとなれば、それはもうどうすることも出来ないと私は思う」
そんな帰りの中、田原の携帯が鳴り響く、田原は余所見をして発信主をチラッと見ると直ぐハンドルと視界に目を戻すが、彼はにやりと笑い、パチンコでボーナス確定を決めたときと同じドヤ顔をした。
「田原、ついに真相が分かるときがきたのか」
「流石明君、今日は私の奢りだ、だがその前に現場に向かうとしようか」
田原は荒く、路中をUターンすると、再び草加方面へと向かう。
「……もしかしてだけど、事件が起きた場所って」
「ちょっと電話するから黙っててくれ……田原です、はい、事件でも起きたんですか? へぇ~場所は? 新田駅の商店街の通り? 依然私が警備したほうが良いって言った場所じゃないですか、えぇ……それで被害者は? サラリーマンと女子学生の二名が殺された……?」
「おい田原、どういうことだよ!?」
流石の田原も顔を青くして車を飛ばす。
女子高生ってまさか、まさかとも言わず可能性としては……
パトカーが数台止まっているところに田原は合わせるように車を止めると、二人で現場へと向かったのだ。
「有川、何故俺の言う事を聞かずに厳重警備をしなかったんだ!?」
有川というのは田原の知り合いの警察官なのだが、知り合った理由と言うのは酒の場で暴れる田原を止めたのが出会いだと聞く。
「……本当に申し訳ないと思っている」
有川は普段は蒲生勤務なのだが、田原の信じがたい言葉を信じ、一人警備をした唯一の男だ、恨もうにも俺は恨むことが出来なった。
そして現場の救急車や血痕跡が惨劇の酷さを伝えるが、俺自身が一番、惨劇に思えた光景は、この有川と言う男が握り締めて放せずにいる拳銃、弾丸跡は無残にも店の看板に当たっており薬莢も地に転がっていたのだった。
「この方は誰ですか? 被害者の家族……ですか?」
現場へと突然入り込んで来た来客に対し、少し冷たい視線を刺す警察官。
現場検証の邪魔とでも良いたそうな顔は、俺たちが本当に親族の方だったら田原らへんがぶん殴っているだろうと思える光景、今は我慢だ。
「俺はこの有川という男に用があったんだ、無謀者は引っ込んでろ」
「……侮辱罪で逮捕すんぞ? それに蒲生支庁の方、ここから先は本庁の仕事なんで帰って頂けませんかね?」
「はぁ!? 俺が事件が起きるかもしれないと連絡したときには、したければ勝手に警備どうぞと言ったくせに、この対応か!?」
有川と言い田原と言い、喧嘩早い大人が回りにいすぎて、時々これが普通なのかなと思ってしまう事があるが、正直、今はこんな間ではない。
「二人とも……いい加減にしてください!」
俺は二人の間に入った。
「今、俺が知りたい事は、今さっき別れた吉井が事故に巻き込まれたかも知れないってこと、田原は忘れたの?」
流石の俺も冷静ではいられなかった。
自分の呪いなんてどうでも良い、今は彼女の安否を確認したい。
「吉井? 吉井 椎名さんかな、彼女なら死んだよ」
自分の心が凍りついたのを俺は今でも覚えている、頭の中で何かが弾けて、その後俺は何か言葉を発してたのは覚えているが、何を言ったのかは覚えていない。
気付いた時、俺は田原の車の中にいた。
場所はバイト先のコンビニ駐車場で、どれ程の時間が経ったのだろうか、田原が聴いているラジオからは、いつもの芸人さんの番組ではなく聴いた事のない声の声優さんが喋っていた。
「気付いたかい? いや~明君もキレる時はキレるんだねぇ~」
俺がキレた?
……頭が痛くて上手く思い出せないが、俺は確かに怒っていた。
人一人が死んだと言うのに、無慈悲で仕方ないとでも言いたそうな警察の態度に、俺は酷く立腹したことを覚えている。
「これでだけど、被害者リスト、一応貰ってきたよ」
「被害者、想定20人、怪我15人、重傷3人、死亡2人、名簿はこれね」
その後、俺は名簿を確認した、怪我人から名簿を見ていく、知らない人の名前を眺めていくが、吉井の名前は確かに重傷の場所に書かれていた。
「吉井は……重傷の欄に名前が書かれているが、少しの間は息が有ったのか……」
「いいや、彼女は生きているよ」
吉井が生きている?
「あの警察官連中、見た目だけで彼女を死んだものと判断したらしい」
……酷い話である。
俺は警察の適当な判断を適当な返答をされてマジでキレていたのか……俺自身、田原の傍にいすぎて、沸点の値がずれたかな、と少し反省した。
「だがしかし、まんまとやられたね、身元確認で分かったんだけど、彼女の自宅は草加とは逆方向の北越谷付近だよ」
「……そうなのか?」
「せめて最初から彼女が、君の友人の彼女さんと分かっていれば、少しは疑うことも出来たんだけどね、だがしかし、一般女子にも推測出来る殺人予告を、警察は見抜けないなんて、こっちのほうに私は笑ってしまうね」
俺だって、まさか彼女が人を騙してまで殺人現場に向かうなんて、誰が想像出来るだろうか。
「それで、吉井の状態は大丈夫なのか?」
「肩付近を刺されたらしいが、命に別状はないらしい、だけど深い跡は残るだろうね」
女の子にとって、体に痣や傷跡が残るってどんな気持ちなのだろう。
男の自分にとっては傷は青春の勲章になっていくが、だけど女の子にとってはどんなものになっていくのだろうか。
俺には想像出来なかったけど、きっと傷を見る度に思い出してしまうトラウマにならなければ良いのだけど……
「明日、お見舞い行くかい?」
「……呪いのことを忘れてないか」
「案外呪いは解けているかも知れないよ?」
「分からないけど、俺の呪いは、あの殺人犯が逮捕されて初めて開放されると思うんだ」
「そうかい?」
「そういえばずっと聞き逃していたが、犯人の足取りが分かった理由を教えてくれないか」
「教えても良いが絶対に一人で行動しないと約束してくれよ」
陽気な田原は、一応言っとこうと感じであったが、そう言い付け加えるとメモ帳を取り出して前に書いた地図を見せる。
「今回事件があったのは新田駅付近」
そこに丸を付けると、俺は妙な形になっている事に気付く。
「……いやいや、こんなことあって良いのか?」
「私だって疑ったよ、奴は殺人をアートとでも思っているのだろうか」
殺人場所をまとめよう、蒲生駅、青柳、相撲町、新田駅を繋ぐと☆の形が見えてくるのだ。
「犯人は間違いなく異常者、サイコパスだろ……」
「私もそう思う、奴が中心に、この町を呪い、その呪いに明君や、あの女の子が、異常現象に巻き込まれたと考えるのが普通だろう、そして次に犯人が現れる場所は」
「越谷レイクタウン……」
うっすらと丸の位置から予測できる場所、間違いなく越谷レイクタウンだと確信が出来る。
越谷レイクタウンとは、日本最大のショッピングモールであり、何もなかった越谷を活気付けさせた施設である。
日本最大を名乗るだけあり、もし本当にここで殺人事件が起きれば笑い事では済まされないことだろう。
「今回も有川を通して警察連中に報告書を出している、動いてくれる事を信じているが、実際はどうだろう」
「……田原、今回で事件は終わるんだろ?」
「これは私には分からない、だが……もし今回、犯人逮捕出来なかったら明君や彼女は永遠に呪い呪縛に取り残されてしまうかもね」
この可能性は最大に考慮しなければならない。
「呪いを解く可能性を永遠に失うかも知れないのか……」
「まあ、命あってこその人生だって事も明君は最大に考えなくてはいけない、犯人に自ら会いに行くなんて、子供の君は考えてはいけないよ」
「……そうだけど、なら俺はどうすれば良いのさ」
「これは君が考えるしかないさ」
そんな会話をしながら、明日は田原が早朝バイトのために、俺達は解散したのであった。
田原曰く、明後日、ゴールデンウィーク4日目に犯人が現れると言う。
その4日目の次の日、学校へ一日だけの登校日が存在するわけだが、ある意味、これがターニングポイントであることは間違いなかった。
次の日、太陽が落ちる頃、俺は田原に頼んで吉井がいる病院を教えて貰い、送ってくれることになった。
蒲生駅の隣にある新越谷駅にある大学病院、そこの彼女はいる。
田原を外で待たせ病棟へと入り、彼女がいる部屋に向かうと、彼女は死んだ魚のような眼をしてベットで横たわっていた、左肩に付けられたギブスが昨日の悲惨さを物語っている。
今日、俺は吉井に話さないといけないことがあるんだ。
「吉井さん、友達がいらしているわよ」
看護婦さんの声に気付き、少し体を起こすと、俺を見て少し困った表情を見せる。
「散々だったね」
「……うん」
彼女は今にも泣き出しそうな顔をしているが、恋人を殺した犯人を前に何を思ったのか、俺には分からないが、複雑な気持ちを持ったに違いない。
そして今、生きてこの病院にいて、吉井はどんな気持ちなのだろう。
「昨日は嘘を吐いて御免なさい」
「こんなことはどうでも良い」
「死にたかった」
「……冗談でもこんなこと言うもんじゃない」
「私、気付いたら駅付近にいて、叫び声と逃げ纏う人々を見て、迎えが来たと思ったの、だけど私は死ぬことが出来なかった」
「こんなことして、相沢が喜ぶと思ってるのか?」
相沢と言う言葉に吉井は驚く、俺のことを涙汲んだ目で見る、その目は、なんで知っているのとでも言いたげな疑問形を投げかけているのが理解出来たが、思い出すかのように彼女は納得をする。
「そういえば、同じ学校でしたよね、私達」
「確信が持てなくて言いだせなかったけど、相沢とは同じ部活だったしな」
「実は私、彼の友人関係とかは余り詳しくありませんでした、恋人なのに……」
「俺もあいつに恋人がいることは知ってたけど、話くらいしかしてくれなかったからな」
「敷居は出来る方でしたよね」
「確かに、人間関係をゴッチャにしない、しっかりした奴だったよ」
「このせいで今、こんな状況に陥ってるんですけどね」
こんな、どうでも良い話を繰り返しながら、彼女は笑いながら泣いていた。
彼とのことを浄化出来る相手がいなかったから、きっとこれが彼女の中で呪いになってしまっていたのかも知れない。
その泣き笑いは、徐々に表情を隠しきれずになり吉井は嗚咽をしながら泣き始めた。
しばらく、彼女が泣き終わるのを俺は黙ってみていた。
「ごめんなさい……もう大丈夫です」
「もう死にたいなんて言わないでくれよ」
「……分かりました」
「この話は田原からの受け売りだけどさ、人は二度死ぬらしい」
「人は二度死ぬ?」
「一度目は肉体としての死」
「……はい」
「それで二度目は人の記憶から忘れ去られることの死」
「記憶……ですか?」
「そう、相沢は確かに死んだ、それを変えることは出来ない、だけど彼のことを思っていられる君までもが死んでしまったら、彼はもう世界から消えてしまう」
「……」
「残された吉井は生きなくちゃいけないんだ」
「でも……そんなこと言われても、私、どうやって生きていけば良いのか分からない、もう死のうだなんて思わないけど、だけどどうしたら良いのか分からない」
「こればかりは誰にも分からないよ、いくら時間があっても解決されるか分からない、それでも進まなくちゃいけない」
「進むんですか?」
「そう、進むしかないんだ」
これが俺と吉井の最後の会話になるだろう。
俺もこの呪いに決着を送りにいかないとならないからだ。
「今夜、いよいよ恐怖の無差別殺人事件が解決される」
「そうだね、田原」
俺は最初にこの呪いについて相談した、いつもの公園で田原と、これからの話をしようと思っていた。
「秘策はあるのかい?」
「秘策はない、だけど俺は犯人とやっぱり会わないといけないみたいなんだ」
「……」
田原が口籠ると少し悩んだ顔をする、彼らしくもないなと思ったが良く考えると俺のこの発言自体、自分らしくもなかったなと薄く息を吐いた。
「田原、心配なんてしないでくれよ、この呪いに掛ってから、それは避けられなかった運命なんだから」
「私はもっと別の展開を期待していたんだけどな、だけどこれは明君が決めたこと、止めたりはしないよ」
田原は珍しく飲んでいるコーヒーを一気飲みすると、深く深呼吸をする。
「レイクタウン、おそらく犯行が行われるのは12時過ぎ、人足が落ち着いた頃に殺人は実行されるだろう」
それを伝えると、彼はベンチを立ち、商店街のほうへ歩いて行った。
「田原、もしかしたら最後になるかも知れないから伝えておくが、お前の哲学は勉強になったよ」
「そうかい? それなら良かったよ」
「未だに田原が本物の霊能者なのかは疑う部分が多いけどな」
「本物でも偽物でも良いじゃないか、霊が見えてなくても死んだ人を思いやる気持ち、呪いを暴けなくても真相を追う勇気、仏教などでもそうだが、存在する存在しないを疑う前に何故名神になっているのか、根源はなんなのか、言い伝えの裏にある教訓は何か、そこが大事ってことを明君は分かっていると思うよ」
「田原……」
「それじゃ、また会おうか」
それを語ると田原は町へと消えていった。
レイクタウンに着いた頃、日付はそろそろ次の日を指そうとしている頃だった。
俺はレイクタウン周辺のトイレ設備がある池前の少しだけ明るい所にいた。
犯人はどこからやってくるとかは分からない、俺みたいな奴はきっと気付いた時には刺されて殺されるのかも知れない。
とりあえず俺は周りから人がやってこないかだけを警戒して、とりあえず周りを見渡していた。
そんな時、人が来るのを感じ、俺は設備トイレの蔭へと隠れた。
そこを通りかかったのは有川だった。
恐らく、田原の予言にも近い言葉に確信を持ったのか、彼の醜態から絶対に次こそという覚悟が感じられた。
有川……頼むから次こそは頼むぞ。
そんな時、俺の後ろから人の気配を感じた。
「うわぁ!?」
「篠崎君……やっぱ来たのね……」
そこにいたのは……吉井だった、何故彼女がこんなところにいるのだ……
「なんで吉井が……どうして来たんだ」
「だって、だって一昨日、私のお見舞いに来てくれた時、私の説得してたのに何か覚悟でも決めたみたいな顔をしてて」
俺と言う奴はなんて愚かなんだ、吉井に死ぬななんて言いながら自分を追い詰めて、彼女の呪いも背負ったつもりで呪いの根源に会いに行くつもりでいた。
勿論、それで呪いが解けるかなんて確信はなかったのは勿論だが、立ち止まることが許されてないと自分を追い詰め、結局吉井を心配させて、彼女を巻き込んでしまった。
彼女がここに来たのは、間違いなく俺のせいである。
「……ごめん吉井、俺が間違っていた」
「全然間違っていないよ、だけど、篠崎君が私にしてくれたみたいに、今度は私はあなたを止めにきた、ただそれだけの話です」
それを伝えると、彼女は俺に手を差し伸べた、俺はそんな彼女を手を握り締めた。
……呪いなんて別に良いじゃない、死んだら全てお仕舞いだ。
それを吉井に語っておきながら、俺は危険な道へと足を踏み入れた、本当に愚かだ。
「帰ろうか……」
俺と吉井は歩きだした、吉井はきっと未だに相沢の夢を見ているのかも知れない、だけど己の無意識に打ち勝ち、歩きだした。
俺も生きる道を歩き出さないといけない。
例え、呪いが解けなくても歩き出さないといけないのだ。
俺の中で一つの物語が終わった。
―――
目の前に黒い雨具を着た男、雨も降っていたいのに頭までしっかりとフードをかぶって顔が見えないようになっている。
吉井の手が震えだし、彼女は進路を一歩後ろへと下がった。
まさかかと思ったが、彼の手には刃渡りが15cmはあるだろう刃物を手に握りしめており、これはまるで
「殺人犯……?」
「こいつ……私の肩を刃物で刺して笑い続けた男……」
顔全体までは確認できないが、確かに見える口元は口角が上がっており、彼は不気味に笑いながら近づいてくる。
殺人犯の体格は170cmと俺と同じくらいの身長だったが、野球部だった俺は背を向けて全力で逃げれば逃げ切れる自信はあった、だが吉井を連れた今の状況、俺はどうすれば良いのだろう。
子供だけでこういう危険な行動を取る、そもそもここが間違っていたのだ。
何故俺は田原に相談しながら助けを求めなかったのか、有川が近くを通った時に救済を求めなかったのか。
自分の一つ一つの行動に腹が立った。
「本当に出ちゃったね、殺人犯」
そんな登場台詞を呟きながら、急に隣に現れたのは田原だった。
「田原……来てくれたのか」
「本当は私だってこんなところに来たくはなかったよ」
面倒臭そうに頭を掻くと田原は肩をリラックスさせ、犯人のほうへと歩いて行った。
「明君に伝えてなかったことがあるね」
「田原、どうする気なんだ?」
「こういう危ない状況やどうしようもない時、明君は私に相談してきてくれた、それは利口な行動だと思う、それが分かっている明君なら別に説明は不要だと思っていたんだけどね、こういう時は大人を頼っても良いんだよ」
「……田原、頼っても良いのか?」
「その言葉、ずっと待ってたよ」
田原は犯人に向かって、柔道でもするのかって言うような、戦闘ポーズを取ると大声で犯人を咆哮で威嚇する。
「くそ野郎、やれるもんならやってみろぉ!!」
その言葉に完全に頭に来たのか、犯人の足取りは早足になり、田原に向かって一直線に歩いてくる。
「田原、危ない!」
そんな言葉を叫んだときだった、後ろの物陰から有川が飛び出してきて犯人にタックルをしたのだ。
「!!?」
体制を崩した犯人は、田原に刃物を囲むように腕を押さえつける、そこから背負い投げを決めた田原は抑え込みの体制のまま犯人を一発顔面から殴る。
「有川、頼む」
「4月30日、午後12時ジャスト、無差別殺人容疑で逮捕する」
有川は殺人犯の両腕に手錠を付けると増援を依頼そたのだった。
「どうして、こういうことをしたんだ!?」
俺は確保された無抵抗の犯人に対して、首襟を押さえ、奴に訴えた。
「ひいいぃぃぃいいうううう、うひぃぃいいいいい」
「……」
ふざけているのだろうか……一発殴りでもしないと語ってもくれないだろうか。
俺は拳を振り上げた。
だが、この拳は田原によって止められる。
「田原、頼む、一発だけ殴らせてくれ」
「明君がこんな奴のために拳を痛めることはないのさ、それに奴を見て欲しい」
殺人犯は確かに震えていた、これだけの人を殺した人間にも、いざこう言う立場になれば震えるのだと、震える権利があるのだと、俺はこんな真実に恐怖し心が震えだした。
「もう良いじゃないか、確かに奴はサイコパスだった、それ故に呪いを背負いすぎて、今じゃこの有様だよ、あとは私達の仕事じゃない、有川に任せて帰ろう」
「田原の言うとおりだ、あとは警察官に任せてくれ」
そのあと、俺と吉井は田原の車に乗り込み、吉井を病院まで送って行ったのだった。
「そういえば吉井ちゃんだっけ? 君もデンジャラスな子だね」
「……はい」
病院の緊急駐車場に車を止めると、田原は物草に語りだすのだった。
「吉井ちゃんは明君が現場に現れると言う博打をしてレイクタウンに来たんだと思ったけど、もし明君が来なかったらどうしようと思ったわけ?」
田原の言うとおりだ、もし俺が考えを踏み留まって、現場に現れていなかったら吉井は一人で殺人犯と相まみれることになっていただろう。
その場合、吉井はどうするつもりだったのだろう。
「……」
「私は知っているよ、吉井ちゃんが靴下の裏側に隠している刃物」
刃物だと?
それを田原が語ると吉井は靴下を脱ぎ始めた、その裏に隠してあった刃物は折りたたみ式だけど確かに殺傷能力はあるだろう刃渡りと、護身用と言えばそれまでだが、女の子が手に持つ物としては無愛想であった。
「吉井……さん、どうしてこんなものを……」
「彼女にとって、これは博打だったのさ」
田原は彼女からナイフを取り上げると、白い紙に包み、ポケットへと閉まった。
「明君がどんな説得を彼女にしたのか分からない、それで吉井ちゃんがどんな気持ちになったのかも分からない、だけど彼女の呪いは消えなかった」
「……もう悪夢は去ったと思ったんです、だけどやっぱ駄目で、夢に幸人は出てきたんです」
吉井は暗い表情で語りだす。
「だから私は賭けたの、そこに篠崎君がいれば私はあなたに呪いを諦めて貰って私も呪いを諦めようって……だけどもし、篠崎君が来なかったら、私が犯人を殺して全てを終わらせようと思った」
そして彼女は泣き出す。
「そう決めてたはずなのに、なのに、私は犯人が捕らえられた時、ずっと迷っていたの、今なら簡単に殺人犯を殺せる、幸人の復讐を果たせるって、手が震えて体が震えて……」
それを言い終えると彼女は嗚咽を唱え始めた。
結局俺は色々空回りしていたのか……
吉井を悩ませて、田原にも迷惑掛けて、
「結局、助けられていたのは俺だったのか……」
「いいや、そんなことはない、その時、彼女の代わりに明君が奴を殴ろうとしてくれたから、吉井ちゃんは行き留まることが出来たんだよね?」
田原は優しく吉井に問いかける。
「……」
彼女は田原の答えに返事をしてくれなかった、嗚咽を繰り返すだけだが、確かに首を傾げてくれた。
「俺だって、いつも明君に助けられてばかりだよ、主にバイトの時とか」
彼女の嗚咽が収まるのを待ち、病院で吉井を下ろすと、どうにか忍び帰りますと、俺と田原に頭を下げて緊急用入口から忍び入って行った。
「明君は見てなかったから分からないかも知れないけど、彼女、本当に参っちまってると思うんだ、殺人と言う欲求を抑えるのに、どれ程のエネルギーがいるか、だいたいの人間なら考えはするものの、罪の意識で踏みとどまると思うが、彼女の場合は違う、殺したい、殺したいと言う憎悪が溢れ返っていた、吉井ちゃんはそれを抑えることが出来る強い人間だけど、いつか要注意人物になると思う、今は自我でまだ無意識にいるサイコパスを押さえているけど、そのままだと彼女は呪いに食い殺されてしまうと思うんだ」
「それほどに彼女の中にいる呪いは強いのか……」
「一般的に最も感情がアンバランスだと言われているのが女子中学生の思春期感情だと言われているけど、それなんか比べ物にならないくらい、彼女の中の毒は酷いと私は思うよ」
「……俺には分からないけど、恐ろしいな、これは」
「だからと言う訳じゃないんだが、明君、彼女のことをどうか見守ってほしいんだ」
俺は意表を突かれ、思わず鼻で笑ってしまった。
「田原、悪い冗談は止してくれ」
「こんな真剣な時に私が冗談なんて言うものか、マジだよマジ」
とか言いながら、田原はニヤニヤと顔をにやけさせる。
「田原のせいで話が分からなくなったから、どこまでが本当の話なのか教えてくれ」
「明君はそこらへんが弱いよね、仕方ないから説明すると、彼女がこの町の呪い代表になる可能性を持っているって言うのは本当の話さ」
「なるほど……」
そこは一番信じたくなかったことだ。
「それであって、彼女の監視と言うのは、私からの相談だ」
「相談かよ……」
「吉井ちゃんを今、見守ることが出来る人は明君、君しかいないからね」
そういうと田原は何の真似か、俺に千円札を差し出す。
「なんの真似だ?」
「まあ、お前も金銭には困ってるだろうからな、これでデートでも行ってこいってことだよ、時には大人っぽいこともさせてくれよ」
田原がこういう、大人の対応を見せるのは初めてである、だけど
「千円でどこに行けって言うんだよ」
「札一枚あれば、どこにでも行けるだろう、それで、回答を聞きたいのだけど」
こんなことをして、彼はどう思うだろうか、相沢は死んでしまったけど、その彼女と俺がこうやって会って、しかも俺は吉井の監視が目的、許されるのだろうか。
「明君、私は最初から分かっていたけど、明君は死んだ友人に恩義と言うか、謝りたいことがあるんだろ?」
「……何故田原はそう思う?」
と、質問したところで、彼が霊能者を名乗っている人間だと言うことを思い出す。
「そりゃ、私が霊能者だからだよ……っていうのは嘘で、君が呪いを感じる理由がここまで来てやっと理解できたってのが正解かな」
そこまで語ると、田原は車の中なのに関わらず、後部座席に置いてあったビールの缶を取りだし、ぐいぐい飲み始めるのであった。
「田原……流石に車の中で飲むのはNGかと」
「良いんだよ、どうせ明日バイトだからここで寝ちゃうしね」
そして350mmの缶を一気飲みし、田原は再び語りだす。
「相沢とか言う友人、きっと明君にとって大切な友人だったんだよね、これは私の推測だけど、野球部を一緒で辞めてしまったとか」
「……まったくそのとおりです」
俺と相沢は同じ野球部の部員だったのだ、だけど二年の初め、俺たち二人はレギュラー争いに負けて、それなら俺は部活を辞めて違う青春を送ろうと退部届を書いたのだった、最初はこういう態度を取れば周りの反応も俺に優しくしてくれると思っていたからなのだが、
だけどこれは全くの間違いで、親は仕方ないねと俺を受け止め、野球部顧問も受験が控えているから、その判断も良かろうと俺の言葉に後押しをした。
それだけなら俺の一人相撲で済んだのだが、
「篠崎、俺も野球部辞めちまったよ」
相沢はそう言って、俺と一緒に野球部を辞めてしまったのだった。
俺のこんな一時の気の迷いに、相沢まで巻き込んでしまったのである。
俺と相沢は、そのあと別々の場所でバイトを始め、相沢は彼女と遊ぶ時間が増えたと楽しそうにしており、俺も田原と言う人間と出会い、人生の価値観と言う物を学んだ気がする。
学校帰りに暇な日は遊んだりしていたわけだが、それぞれ別々の道を歩んでいた。
俺は彼に違う道を歩ませたことを、今でも物凄く後悔している、特に己自身の呪いを相沢にまで巻き込んでしまったことは痛恨だった。
「それで今も自分自身に負い目を感じているって訳だね、なら良いじゃないの、吉井ちゃんの面倒を見るのが彼への報いだってことで」
「……これはなんか違うんじゃないかな」
「別に付き合ってくれと言ってるわけじゃないんだよ」
「……そんなのは分かっているよ」
「じゃあ何が駄目なんだい?」
田原は呆れた顔をしているが、こればかりは田原の願いでも安々とYESと言えない、言えないんだ。
「だって、彼女、今でも相沢のことが好きで、好きで仕方ないのに、なのに俺みたいな男が彼女の隣にいちゃいけないと思うんだ、だけど、別に駄目だって言ってるわけじゃない、ゴールデンウィークが終わるまでの間くらいならって話なら……うん」
実に俺と言う人間は意思が弱い人間である。
正直、俺は彼女のことが心配で、相沢の恋人だからこそ、せめて恩を返したい気持ちはある。
「ゴールデンウィークだけね、まあそれでも良いだろう、頼んだよ」
次の日、二日だけ平日を挟むと言うのは、正直せっかくの連休を台無しにしてると全世界の人間が感じてる悩みだと思うわけだが、今日の俺にとっては恐怖であった。
第一にだが、犯人が逮捕され、呪いの根源は去ったと思っていたが、今日、外に出れなかったら俺は五月病へと突入するのだ。
朝起きて、最初に試したのは、太陽に体を投げ捨てるところから、始まった。
手を日差しへと差し出すと、温度は感じる、熱い……だが手は焦げることはなかった。
俺は安堵のため息を突くと、ついついガッツポーズを取った。
それでも一度呪いを受けた身、習慣と言う物は怖く、俺は太陽に恐怖を覚えていたため、日傘を使って学校へと向かったのだ。
ゴールデンウィーク中間と言うことで、朝礼が体育館で行われた、彼女は気付いてくれたか分からないが、俺は吉井の姿を確認した、翌日まで病院にいて今もギブスを痛々しく装備しており、それでも学校にはきちんと来るとは律儀な子だなと感じた
朝礼では怪我をした生徒が出たから注意しろと校長から挨拶されていた。
「彼女、一日だけで退院したみたいだね」
「翌日に学校にも姿を出してたから、俺はびっくりしたよ」
「んで、彼女とは上手く行けそうかい?」
「……とりあえず、明日の学校が終わったらレイクタウンで買い物と映画を見に行く約束をしたよ」
「いきなり映画とは大胆だね」
「そうかな? 相沢とは良く見に行ってたけど」
「……そういえば明君は映画通だったんだっけ?」
「映画館の年間パスを買うくらいに好きかな」
田原は呆れた顔をする。
「明君、自分の趣味が必ずとも相手に受け入れられるとは限らないんだよ、今後の君の展開のために一応伝えておくよ」
「……? なんのことなのか分からないけど覚えておくよ、田原」
平日に代わってからの二日目の放課後、俺はレイクタウンで彼女と約束をした。
「ごめん、待たせたかな」
「全然待ってませんよ、大丈夫ですよ」
そんなデートのような台詞を言い合い、俺たちはレイクタウンの中へと入って行った。
「そういえば、幸人ともこうやって良く映画館へ来たなぁ」
「そうなの? いや、俺も相沢とは良く映画へと来たものだからさ」
「友人と観た映画からピックアップしてるって言ってましたよ」
間違いなく、その友人と言う奴は俺のことだが……そのことに吉井は間違いなく気付いているだろうけど、俺は深くこのことについては語らないことにした。
そこからは無言、何も語らないまま俺たちは映画館へと入って行った。
観た映画は最近話題のドラマの映画化された流行り物、女の子を連れていくならこういう映画の方が良いかなと思い、選んだのだが、
「正直、面白くなかったね」
これは俺自身も思っており黙っていようと思ったのだが、吉井からこれを口に出してきたから俺は驚いた。
「……そうだね、PVではライブシーンとかバンバンに宣伝していた癖に、実際にそこは音も声もなしで、露骨な回想シーンに仕立て上げられて、戻ったと思ったら歓声があがってるって言うのは、正直呆気取られたね」
「そうそうそれ、下手でもちゃんとライブにはして欲しかった」
……この反応、デジャヴだろうか、どこか相沢に似ている気がする。
そのあと、彼女はこう言い加えた。
「って幸人ならそう言うかもね」
思い当たる節があるわけだ……
「やっとで私、気付けたの、ずっと夢で彼の夢を見るのは呪いでも何でもなかったって、犯人のせいでも何でもなかったのに、それを呪いにしたてあげて自分から逃げてましたです」
「……うん」
「犯人が捕まっても、幸人はずっと私の夢の中にいる、だけどそれはそれで良いんだと気付くことができました、彼がこうやって夢に出てくる内は私の中で彼の死を悲しむことが出来るから」
「人は二度似ぬ……」
「そうなんです、人は二度死ぬから、誰かが幸人のことをずっと思ってやらなければならないと私は思うんです」
「俺もその通りだと思う」
人は二度死ぬ、俺と吉井が相沢のことを忘れなければ、きっと彼はずっと生きることが出来るだろう、俺たちの記憶の中で。
「それで、せっかくのチャンスだったのにゴールデンウィークを水に流してしまったと言うことかい?」
話は代わりが、ゴールデンウィーク終了から水曜日のバイト日、俺は田原と共にシフトに入っていた。
「別に水に流したわけじゃない」
俺たちはその映画観賞後、買い物もゲームセンターに行くでもなく、何もせずに駅で解散をした。
次の日から、また学校が始まるため俺たちはブルーな気持ちと色々なことがあった心の疲れから、ぐったりしていた為、二人の意向は合致だった。
「田原はそういうが、正直色々なことがありすぎて、俺も吉井も精神共々疲れ切った状態だったからな、でも……まあ、彼女とは今後とも付き合いはあると思う」
「ほう、最初はゴールデンウィークだけとか言ってたくせにね……」
「俺だってそうしたかったさ……」
俺と吉井は映画を観終わった後、カフェに行くでも買い物に行くでもなく、疲れきっていてそのまま解散と言う流れになった。
「今日は真っ直ぐ帰れるよね?」
「寄り道なんてしませんよ、大丈夫です」
そんなどうでも良いような冗談を言い、微笑しては気まずい気分になった。
「あのう、今日は気を遣わせてしまい、本当にごめんなさい」
吉井は俺に頭を下げてきた、俺は自分の嫌悪の罪を払うためとめとか考えながら彼女とのデートをしていたから、悪人でもなったかのような気分に陥った
「大丈夫、だけどこの一週間は本当に疲れたよ」
「私も、自分が自分じゃないみたいなことが沢山あって、考えること全て裏目っているような感じで、辛かった」
俺も吉井も、自らの呪いの中で懸命に根源を、真相を探そうと浪費し、互いに何かを解決することが出来た。
俺の呪いは消え去ったけど、結局のところ原因は良く分からなかった。
吉井の呪いは未だ彼女を苦しめている、だけど吉井はそれを受け入れることで恋人との時間を忘れないことにした。
たぶん、彼女の中ではきっと、呪いを解く方法も知っているのかも知れないけど、彼女はそれを受け入れた。
ここのホームで彼女を見送ったら、俺たちは別々な人生が待っている。
勿論、同じ学校なのだから、会う機会もあるだろう、気が乗れば話す機会もあると思う。
だけど俺たちは別々な道を行った方が良いのだ。
俺は彼女が改札を過ぎるのを見送って、背を向けた。
「待ってください……!!」
彼女は俺を呼びとめたのだった。
想像したくない展開ではあったのだが、俺は彼女の方を振り返る。
振り返らずに去る選択もあった、だけど俺は振り返らずにはいられなかった。
「あのう……もし良かったら、また映画に連れてってください」
俺は言葉に詰まった。
これは告白ではないが、告白である。
ここで彼女の相談にYESで答えれば、俺はまた、相沢との記憶の呪いで苦しむ運命が待っているのだろう。
俺だって相沢のことを忘れたくはない、だけど彼女と居れば、この苦しい気持ちは何時まで経っても去ってくれない気がしたから。
だから俺はここで彼女に『次の約束』をされることを、ずっと怖がっていたのだ。
俺にとって彼女は自身の呪いを深める余韻でしかない。
それでも俺は
「分かった、約束しよう、バイトがない日にでも、また映画を見に行くと」
「はい! 有難うございます、今後とも宜しくお願いしますです」
言ってしまったのだ、YESの回答を
「明君らしいね」
「言わないでくれよ」
コンビニバイト終わり、俺は田原のタバコを付き合いながらレイクタウンで起きた出来事の続きを簡単に話していたのだった。
「明君、きっと、これも呪いだね」
「呪いだと思う」
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