第5話 雪
雪と聞くとどう感じるだろうか。白く美しい雪原を思い浮かべるのだろうか。私は、つい雪合戦をしている気持ちになりつい童心に帰りたくなる。あの頃は良かったなと懐かしい日々を思い出した。
数年前に遡る。まだ私は、高校生だった。雪国に生を受けはや18年。雪国ぐらしも慣れたものだった。みんな方言を使い、それはそれは楽しい高校生活だった。いつだって私の周りには友達がいた。それが当たり前だった。私の高校は、少し特殊らしく、入学式の時に決められたクラスで卒業まで同じクラスという、いわゆるクラス替えのない学校だった。もちろん、それを承知で入学したのだからなんの文句もない。私は、入学式や最初の自己紹介で事故ることもなく、何不自由ない高校生活を送った。想い人を想い続けて、友達と仲良く過ごす。これが、1番楽しかった。
毎年、10月の後半からは、雪で遊び放題でもあった。もちろん、ニュースで出るぐらいでは、遊びはしなかったけど。それでも、楽しかった。皆で雪合戦をして笑いあった日々。
「なぁ、ユイハ!」と、
「何よ、のぞ…」と、名前を言いかけていると、私の顔面には、雪玉があった。
「この野郎!やったわね!」と、怒り口調で私が言う。
「今年も始まったわね。神崎と涼屋の夫婦漫才。」と、冷めた表情で、
「まぁまぁ、春、混ざりたいって気持ちは、察してやるけど、お前の運動能力じゃ、無理だ。」と、ケラケラ笑っているのが、
私達の、雪合戦が白熱すると同じぐらいのタイミングで声がした。
「こら!いい加減にしろ!早く教室入らないと、遅刻になるぞ!」と、私たちのクラスの担任の
「ごめんよ!とらちゃん!すぐ行くから許して!」
「とらちゃん言うな!これでも先生なんだからな!」と、虎太郎先生が、また怒った。というか、嬉しそうだった。
私は、みんなが走っていく姿を横目で見ながら、とらちゃんを見つめた。
「とらちゃん、好きだな。」
と、呟いた。すると、希が、
「早く来い!唯葉!」と、叫んだので私は、走り出した。
クラスに着いた私達は、とらちゃんにキレられて、学年主任のカタブツ先生にジロっと睨まれて終わった。
これが私達の最後の雪合戦だった。
10月後半ともなると、中3高3に襲われるのは、受験問題だ。本当はもっと早くにやるべきだった。それぞれの進路に向かうため、大学受験をする人、専門学校に行く人、色々な道が出てくる。私は、まだはっきりとした進路を見つけていなかったが他の3人はもう決めていた。
私は、一体どうすればいいのだろう?
その日の帰り、1つだけやることを決めた。
「とらちゃん!数学教えて!あと、出来たら、化学も!」
「唯葉よぅ、なぜこんなギリギリに分からないから教えろと押しかけるのかね。受験に間に合わなかったら、どうすんだよ…」
と、とらちゃんは、困惑した顔で言った。私が決めたこと、それは、
「そしたら、とらちゃんの…お嫁にしてよ!」
想いを告白すること。
「…はぁ?何言ってんの!」
「私がこの学校卒業したら、ただの高卒の独身だよ!だから、とらちゃんのお嫁にしてよ!」
「国語科の片倉(カタブツ)先生に、だからの使い方教わってこい。それとこれとは違うだろうが。」
「とらちゃんは、私の事嫌いなの?」
泣きそうな顔して少し演技してみた。
「はぁ、仕方ないな。好きだよ。でも、受験に支障になるから言いたくなかった。」
予想しなかった答えがやってきた。
「そんな、大丈夫だよ!受験に支障が出来たら、とらちゃんに責任とってもらうもん。」
「バカが。そんな、責任取らないからな。それは、押しつけっていうんだよ。ほら、これでも解いてみろ。力試しに、恒等式の証明だ。」
私はむくれて、問題を解いた。
「ほらな、お前学年順位高いのに教えろなんて、おかしいと思ったよ。やっぱりな。告白するのが目的なら、さっさと家帰って、勉強に告白しろ。」
「酷いよ、とらちゃん!私がどんな気持ちで言ったかわかんないの?」
「今日のことは無かったことにしておく。俺が部活を見てくる間にお前は帰れ。」
勢いよく扉がしまった。気持ちを伝えてくれて、お互い両想いでせめて、彼女とか言ってくれると期待したのに、なかったことにするなんて、あまりにも酷かった。私は、そのまま家に帰った。こっそり泣きながら。誰にも見られずに。
そうして、卒業の日。無事私たち4人は、とらちゃんのクラスを卒業した。みんなそれぞれが進路に進んだ。最後にとらちゃんに寄せ書きを渡した。私は、最後に、寄せ書きを書いた。『とらちゃん、大好きです。3年間ありがとう。勉強とかもっと教わりたかった。っていうのは、建前だけど、私は、とらちゃんのことやっぱり、恋愛対象として、好きです。またいつか私が、ここに戻ってきたら、私をお嫁に貰ってね。とらちゃん以外のものになる気ないからね!3年間とこれからをありがとう。ゆいは』
とらちゃん、さよなら。
そしてそれから2年後。
私は、雪国から都会に上京した。涼屋は、海外に留学。倉岡と笹坂は、付き合いだして、今は夫婦として、お互いを支えながら、大学生活を暮らしている。そんなみんなが、成人式で、雪国に戻ってきた。
久しぶりに4人で集まって写真を撮った。
私は、とらちゃんを探していた。すると、周りの声が私を、凍らせた。
「ねぇ、知ってる?虎太郎先生、亡くなったって。」
「知ってる、知ってる。土地勘がない人が吹雪の中スポーツカーなんか暴走して走ってて、小学生を引きそうになったのを、虎太郎先生が庇って亡くなってしまったんでしよう?」
「そうそう、しかも、運転手は天候の原因もあったから減刑なんだって。」
「虎太郎先生が、報われないわね。」
その声は、遠のいていた。とらちゃんが、死んだ?そんなの信じられるわけない。早くとらちゃんに会いたい。私はずっと探し続けた。1人具合が悪いのを装って、トイレに行くフリをして恩師が集まる場所へ行った。勿論、怒られることは承知だった。息を切らして行くと、そこにはとらちゃんの面影があるような女の人がいた。その人はカタブツ先生と話していた。私は、女の人の肩をトントンと、叩いて呼んだ。すると、その人はこう言い出した。
「あなたが、神崎唯葉さん?」
「はい、そうです。」
「初めまして、
「え?そうなんですか?」私は、両方のことで驚いた。
「はい。兄にとって、神崎さんは、一目置かれていました。兄は、教師としては、生徒と教師の関係から抜け出したい気持ちはあったけど、兄自身も神崎さんにも周囲の目から逃げるのは難しいと思って神崎さんに告白されて嬉しかったけれど、俺の中の一線を超えては行けないって言ってました。」
麻奈美さんは、一呼吸置いて、私の卒業式の日の夜電話で話していたことを、教えてくれた。
「兄さん、恋愛相談いつまで続けさせる気?」
「ごめんごめん、でも、今日で最後。」
「あー、卒業した感じ?」
「そうそう、10月に告白されたのを素直に受け止めてあげたかったなぁ。」
「なら、今すぐにでも会いに行って、告白すれば?」
「いや、いい。寄せ書きを子供達からもらって、あの子はやっぱりブレなかった。」
「と言いますと?」
「『とらちゃん、大好きです。3年間ありがとう。勉強とかもっと教わりたかった。っていうのは、建前だけど、私は、とらちゃんのことやっぱり、恋愛対象として、好きです。またいつか私が、ここに戻ってきたら、私をお嫁に貰ってね。とらちゃん以外のものになる気ないからね!3年間とこれからをありがとう。』って、書かれてたんだ。」
「その子、本気で兄さんのこと好きだったんだね。」
「うん、そうだよ。俺の未来の嫁‥。」
「兄さんお酒入ってるわね。」
「しょうがないでしょ。今日ぐらい飲ませてよ。悲しいんだか、嬉しいんだか、わかんねぇよ…」
「でも、どうするの?その子に、彼氏ができたら?」
「1人だけ、あの子を見守り続けてた奴がいたよ。確かあの子の幼なじみなんだよなぁ。俺、あの子を取られるかもなぁってどこかで思ってたけど、どうしても今はこの寄せ書きを信じて待つよ。」
「はいはい、そうですか。兄さん泣きながら晩酌とは、良い趣味してるわ。」
「うるせぇ。俺はもっと先生として、男として、あの子を待つってのが約束だから、良い先生としてあの学校に少なくとも成人式までのあと2年は頑張るよ。」
「わかった。兄さんがんばれ。これしか言わない。ただ、危険なことには首突っ込まないでよ。これは家族としての思い。じゃあね」
「おう。おやすみ。」
と、電話が切れた。これがとらちゃんと麻奈美さんの最後の電話だった。麻奈美さんに、とらちゃんの、お墓の所在地だけ聞いて、お礼を言った。そして、麻奈美さんにワガママを言った。「私を野中唯葉にしてくれませんか?私、とらちゃんの虎太郎先生のお嫁に行きます。」
「わかったわ。あとでここで落ち合いましょう。ちゃんと手続きするから、保証人連れてきてね。」
私は再度、麻奈美さんにお礼を言った。
成人式の式典に戻り、式典を終え、私はすぐ、タクシーを捕まえて、とらちゃんの元に行った。私は、とらちゃんにこう言った。
「とらちゃん、久しぶり。ごめんね、来るの遅くなって、本当はね、すぐ戻ってきたかったの。でも、とらちゃんは私を成人になるまでは受け止めてくれないって思って、すぐには戻れなかったの。私、今日成人式をやってきたの。だから、今日からとらちゃんのお嫁さんだよ。私、野中 唯葉になったんだよ。まぁこれから、婚姻届出すんだけどね。とらちゃんは、かっこいい、先生だったよ。ほんとに。私、とらちゃんにお礼直接言いたかったな。ありがとって。でも良いよね、今はとらちゃんの妻だもん。また来るね!とらちゃん、おやすみ。」
私は、前から用意していた、指輪を風で飛ばされないように紐で結んで置いたでも、上手く結べなかった。涙で見えなかった。その日はまだ寒かった。また雪が降り出した。はやく、麻奈美さんの元へ行かないと、私は駆け出した。
私は雪を思い浮かべると、雪合戦をしてとらちゃんにバカと微笑みかけられるあの日に、戻りたくなる。きっと、また雪が降る度に、4人でバカやって私がとらちゃんのことを気にして振り返ってみると、とらちゃんは小さな声でコソッとバカって言ってくれる日々に戻りたくてしょうがない、私には思い出雪だった。
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