第4話  操り人形

 皆さんは、操り人形というものをご存じだろうか。十字の持ち手から、糸が伸びていて、その糸に繋がれた人形を、持ち手を傾むけたり、上下に持ち上げたりして、操作する。きっと想像される操り人形の人形部分は、自分に置き換えてみる人もいるだろう。あとは、ピエロのような人形を思い描くか、フランス人形のようなものを考えるだろう。でももし、人形が自由になりたいと願ったらどうなるのだろうか。


 俺は、両親の規則に従って生きてきた。小さい頃は、それこそ規則なんてものは、窮屈で、破りたくてしょうがなかった。だから、小さい頃の俺は、一度規則を破ったことがあった。だけど、規則を破ったことで俺は、死んでしまいたいと、懇願するような出来事になってしまった。両親が俺に対しての制裁はあまりにも幼い俺には苦痛を与え、心を閉ざす程であった。今でも時々、頭によぎると、体の末端までもが震え上がる。何時しか、『両親のご機嫌を取るために生きればいい』そうやって生きることに違和感を感じなくなった。だから俺は、ただ学校のテストで主席を獲得することは義務であり、生徒会の会長になることもまた義務であった。進路なんか両親が決めた学校に通う今までもそうだった。俺は敷かれたレールを走る列車なんだ。いや、両親の操り人形なだけかもしれない。明日は、両親が決めた都立の難関校と呼ばれている学校に入学する日。もちろんそんな日とはいえ、両親はやってこない。両親は、それぞれ大手の会社の社長だったり、国際機関に関わる仕事をしている関係上ほとんど家にいないが、俺を監視するために、家には必ず家政婦が二人いて、いたるところに監視カメラがついている。監視カメラは、録画状態のときもある。俺は、かごの中の鳥よりも厳しい環境にいるのが、ひしひしと伝わる。

 近い将来そんな環境が変わるとも知らなかった。


 入学式の日、俺は受験生代表として、壇上に上がって登壇したところ、俺の名前が同学年にとどまらず他学年にまで広まってしまった。俺が一番恐れている事、それはデマが両親に伝わることだ。もしも俺に対してのデマが両親が決めた規則を少しでも破っていたらと思うと生きた心地がしないからだ。前に一度だけ、これが現実になりかけた事があった。その時は、学校の先生がなんとか取りもってくれたおかげで、最悪なケースを避けることができた。とは言え、デマを流されるような振る舞いをしたということでお叱りを受け、軽く一か月は、学校からの帰宅後や休日は軟禁されていた。そんな事を、悟らせないように学校では、過ごさなきゃいけないなんて、本当に疲れる話だ。


 クラスで自己紹介をすることなった。

「俺の名前は、水神みなかみ 裕都ゆうとです。」と名前だけ、自己紹介をした。そのあとクラスの係決めで俺はいつも通り、副委員長に立候補した。なぜなら、生徒会に入れる条件を、クラス委員長になるとなれないからだ。俺の代わりにクラス委員長を務めたのが、この人だった。

「初めまして、福元ふくもと 瑞希みずきです。えっと、結構私、人前に立つの苦手で、あんまり頼りになるクラス委員長にはなれるか不安なんですけど、どうぞよろしくお願いします。」

 俺の中では、こんな挨拶をする人が自分の上の立場だなんて思いたくなかった。きっとこの人は、俺の苦痛を知らず、のほほんと過ごしてきたに違いないからだ。そんな人の下にいるなんて、きっと父からは幻滅され、母からは呆れられることだろう。でも心の中では、彼女がうらやましかった。逆を返せば、それはのびのびと自由で、糸で縛られていないからだ。


 ある日、学校の集まりの関係で俺は彼女と途中まで一緒に帰る機会があった。

「水神くんっていっつもすごいよね。私なんかよりずっと優秀で、いつもテストでは一位で、スポーツ万能、コミュニケーション能力と言ったら、もはや常人の粋じゃないしね。本当、尊敬しちゃう。」

「ありがとう。でも、俺にとっては、それが当たり前なことなんだ。幻滅したろう?こんな心がいかれてるやつで。」

 ちょっと間を開けて、彼女は続けた。

「そんなことないよ。私はさ、どれだけ勉強しても結局伸びないし、おまけに、伸びないのが原因で両親には、良く怒られたし酷いよね。一生懸命にやってるのに褒めるんじゃなくて貶すなんてさ。でもさ、そんなことに負けずにきっと今までやって来たんでしょう?それが一番すごい事なんじゃないかな?だから幻滅しないよ!。」

「・・・。」

 初めての事だった。褒められるなんて人生初めてだと思う。なぜか彼女がキラキラ輝いて見えた。褒められることがこんなに嬉しいとは、井の中の蛙大海を知らずとはこのことなんだろうか。


 家に帰って、俺は自室で勉強をしているふりをしながら考え事をしていた。彼女と別れた後、胸のどこかがソワソワするような苦しくなるような、不思議な感覚に捕らわれた。この日の家政婦は、まだ雇われて間もない人で、まだ若い人だったので俺は紙にこの事を書いて、聞いてみることにした。その家政婦の答えはこうだった。

 「裕都様、失礼ながらお答えいたしますと、それは、恐らく恋と呼ばれるものでございます」

そんなことを急に言われても、俺にはわからなかった。感情を読み解くことが俺が唯一できなきことだからだ。俺が恋愛なんかにうつつを抜かす暇は俺にはないんだ。そう、俺は糸に、鎖に縛られてるのが当たり前なんだから。その夜は、眠ることを忘れ、考え事に没頭していた。


次の日、また更に次の日、次の週、次の月、日を重ねていくうちにやはり、俺は自分の心の鎖が解け初めていることを実感した。親に縛れ続けていた心が、瑞希によって解かれていくのを実感したのだ。でも、俺は心の想いを瑞希に伝える気はなかった。俺は、臆病だったことも同時にわかったからだ。瑞希に挨拶をしようものなら、耳まで真っ赤になるし、心臓の鼓動もまるで和太鼓のようにリズムを刻む。そんな中で、瑞希に想いを伝えるなんて出来るわけない。もどかしさは、絶えないのに、俺はどうするのが正解なんだろう。

ある日俺は、気持ちを伝えようと決心した日、全て崩れ去った。

まずは、両親が、家に帰ってきたこと。そして、どういう気まぐれか、授業参観でもない日に学校にやってきたのだ。瑞希に、想いを伝えようと話しかけていた所を両親に見られてしまった。

次の日、瑞希の転校が決まり、オマケに俺は外国に転入することになった。

俺たちが、離れ離れに仕向けられたのは、両親のせいであった。俺は、もう縛られるのが嫌だった。だから、瑞希に気持ちを少なくとも、伝えようと思って、家をこっそり抜け出して、瑞希に会いに行った。

「瑞希!」

「水神くん?どうしたの急に公園に呼び出されてびっくりよ。」

瑞希の、目元が腫れていた。声は、泣いたあとのような少ししゃがれた声だった。

「瑞希、俺達明日で別々の学校だけど、俺は瑞希と連絡だってしてたいし、会って話もしたい。俺がこんな風に感情を許せるのは、瑞希しかいないんだ!だから…俺は、瑞希が好きだ!」

「もっと早く行って欲しかった…私ね、水神くんの両親に二度と息子に関わるなって言われて、私の両親にも、関わっては行けないってだから、私…ごめんね。」

走り去りながら、瑞希は、「本当は…だったのに…」って何か呟きながら行ってしまった。俺は家に帰った。こっそりと部屋に戻った。この時初めて自由になったのに、俺は、自由になれた気がしなかった。

俺は、好きな人さえ取られてしまった。両親に操られてしまった。俺は悔しくて、泣いた。


操り人形が、自由に願うと、一時自由になれる。だけど、やはり一時自由になると、あとは、また縛られてしまう。興味のあるものは壊されてしまうか、取り上げられてしまうのだ。そして取り上げられたものも、縛られてしまう。なんて残酷なんだろう。


願わくば解放されたい。さよなら、俺のメシア。俺の初恋。

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