第3話 波
波と言ったらどういうものを思い浮かべるだろうか。一定のリズムで繰り返すあのザーっと言う波音か、それとも、東海道五十三次という江戸時代の浮世絵に描かれているような、荒々しい白波か、少なくともわたしは、夕焼けを引き立たせる、波が好きだった。
私は、絵を描くのが好き。だから、引っ越した先が海に近かったことは、とても嬉しかった。だって、1番好きな絵は、海に関する絵だった。私は、毎日時間を忘れるぐらいずっと海にいた。海の絵を描いていると一心不乱に描き続けてしまうだから、よく母に、怒られていた。「いつまで海にいるの!はやく家に戻りなさい。」と、でも母が海に私を近づけたくない理由を知っているから、子供のように、あともう少しって強請ることはしなかった。明日は、新しい高校に行く日。その学校は、美術に力を入れてる学校らしく、結構ドキドキしていた。
初めて高校に行く日、私はドキドキしていつもよりはやく目覚めてしまった。朝焼けがもしかすると見えるかもしれない。そんな期待を持ちながらまだ明るくなる前の浜辺に行った。浜辺に着くと同時ぐらいに太陽が登っていた。すると、太陽に照らされて、影になっていてよく見えなかったけど、朝早くから、サーフィンをしている人がいた。私は、そのサーフィンをしている人に、目が釘付けになり、咄嗟に線画を書き出した。どこかでこんな言葉を聞いたことがある気がする。「水も滴るいい男」と、この言葉が本当によく似合う人だった。その人が、サーフィンを終えて、私の方に向かっている気がして、私はダッシュで家に帰った。
学校に行き、私は自己紹介をした。
「初めまして、
「今日から地学の授業をしていきます、
「先生の趣味はなんですか?」
「そうですね、サーフィンとか好きですね。」
みんなは、そうなんだぐらいしか見ていない様子だったが、私は確信した。碧月先生は、朝サーフィンしていた人と同一人物だと、でも不思議と初めて会った人だとは思えなかった。
それから、私は碧月先生のいる、地学室に通い続け、何時しか恋心を抱くようになった。
そんな、ある日、母にどんな絵を描いているのか見せて欲しいと言われ、コンクールに出す予定の絵を見せた。すると、母はニコニコしながら言った。
「菫、これって誰なの?」
「えっと…朝焼けの中サーフィンをしている人。」
「この人、お父さんによく似てるわ。」
「えっ?お父さんに似てるって…お父さんは…。」
「お父さんは、確かに海に連れ去られてしまったけど、お父さんの地元は、ここの近くなのよ。それで弟さんがここら辺の高校の教師になったとか。」
「…。嘘でしょ…。」
「本当よ。もしかしたら、菫の学校にいるんじゃない?佐藤碧月先生っていう人。」
「…。い…ないよ。ハハ…。」
なんてことだ。自分の叔父に恋をしていたなんて、しかも、小さい頃だから忘れていたけど、確かに私の名前は最初、佐藤菫だった。でも、佐藤なんていっぱいいるのに、そんな世の中狭いものなのか。というか、碧月先生は、知っていたのではないだろうか。
後日、碧月先生に聞いたら、「知っていたよ。」と言われた。そして、碧月先生は続けた。
「君が、兄さんの娘さんっ言うのも知ってた。あとは、君がこの学校に来る日の朝に、俺をスケッチしていたのも一瞬だったけど知ってた。あとは、そうだね…、とても言い難いことでもあるし、俺が変な人って扱われるのはとても嫌なんだけどね、ハッキリ言うと、君が俺に好意を寄せているのも気づいていたよ。物言いたげな表情とか、兄さんにそっくりだからね。でも、俺は、夢だった、教師にやっとなった訳だ、君もいつかわかると思うけど、俺と君では、恋人にはなれないよ。ごめんね。ただ、勉強や進路については聞いてあげられるからいつでもおいで。」
私は、泣きそうな思いを押し殺して、
「ありがとうございます。」と言った。そんな、図星の事を言われて、しかも、アッサリ振られてしまっては、もはやどうしようもない。私は、その日から、碧月先生のいる地学室には行かなかった。
それから、数年が経った。私は、海についての絵が評価され、画家として、母と住んでいた、あの海の見える家に、アトリエを開き、ほのぼのと絵を描き続けていた。ある時、学校と海をモデルに絵を描こうと思い、母校に、碧月先生と思い出の場所に、行った。そこには、もう碧月先生は、居ないけど、よく教えて貰っていた、地学の教科書が残っていて、思わず開いてしまった。そこには、1枚のカードが入っていた。
菫さんへ
あの日俺が言った言葉は、許さないでください。いつか君がこの手紙を見つけても、俺の事を探そうなんて思わないで欲しい。君が卒業した次の年に、俺は親父の紹介で、結婚することになった。これでもう君とはさよならだ。本当は、こんな事を言っても俺たちは、叔父と姪っ子の関係なのにな。でも、親父と君のお母さんは、仲が良くなかったから仕方が無いかもしれないね。どうか元気で。
碧月
「私の初恋であり、初めてコンクールに輝いた作品のモデルが、碧月先生でした」と、ボソッと1人呟いた。私は、碧月先生を追うことは、決して出来ないからだ、母は、私の上京してから、病で倒れ、父の元へ行ってしまったからだ。つまり、碧月先生について知っていた情報も、父の元へ行ってしまた。私は、1人で、生きていくことにした。
自分のアトリエに帰り、夕日を見つめた。
まるで、あの日の朝焼けのような海を見つめた。
波とは、きっと一定のテンポを刻むから心地よいのだろう。それを崩してしまえば、冬の荒れた海、または、江戸時代の浮世絵のような波になってしまう。だから、そっと、見て、聞くぐらいがちょうどいいのかもしれない。
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