異能脳髄摘出始末 7

 巧の言葉に、日向は顔をゆがめた。


「巧君、君はまたそういう気まぐれを……ただ働きする気ですか?」

「俺はただ働きをしたことはありませんよ」


 巧はそう抗議するが、日向はにべもない様子で応じる。


「じゃあ『出世しゅっせばらいで良い』とか『今度飯をおごってくれ』とかですか? そういうのはただ働きと変わりませんからね?」

「えーと、じゃあ、それもしませんから……今回は」


 しかるような日向の言葉に、誤魔化ごまかすように答える巧。


 その巧に、撫子が不思議そうに尋ねる。


「……あなたは別の部署の人なんですか?」


 巧は首を横に振って答える。


「いえ。そもそも特区の職員じゃありません。今日はたまたま椀田――龍助の警邏けいらの手伝いをしてただけで」

「ええと、じゃあバウンティー・ハンター、とかいう……?」


 自信なさげに口にされた言葉に、龍助が答える。


「一応ライセンスは持ってるな。でもこいつの場合、それ以外にも人様からの幅広い依頼を受ける便利屋」

「自分では『何でも屋』を名乗ってはいますけどね」


 柔らかい口調で言う巧を見つめながら、撫子は問う。


「私を……助けてくれるんですか?」


 彼女の目にはまだ、懐疑かいぎ躊躇ちゅうちょの色が幾分いくぶんうかがわれた。


「よい医者を紹介して、手術代を一時的に肩代わりするんですよね? 可能です。それから……、櫛谷さんが他に懸念けねんされているらしいことについても」


 巧が付け加えた言葉に、撫子は腹を決めたらしい。力強い声で巧に言った。


「……詳しいお話を」

「じゃあ早速交渉開始です。場所を借りますね? 日向さん」


 日向が何か言う前に、巧はその場で撫子との商談を始めた。



●●●



「私は明日櫛谷さんを、器官の摘出をしてくれる外道げどう外科医げかいの所に連れて行き、手術費を肩代わりする。伝手つてのある優秀な外道外科医で、特区有数の腕前です。ただ、所用で明日まで帰ってきません。その間は私が撫子さんの身をお守りします。それでいいですか?」

「報酬は? 出世払いか奢る以外の」


 日向が横から冷ややかに言う。巧はしばし考え――、


「それは……手術後に依頼者に申し上げます」

「つまりまだ考えていないんですね?」

「……違法な要求はしません」

「それは心配していませんけど」


 そんなやり取りを交わす二人を、撫子は無言で見つめる。


 それをどのように解釈してか、龍助が弁護するように告げた。


「あー、不安に思うかもしれないけど心配はない。能力は確かだし契約は守る。後々あんたに法外な要求をするってこともない」

「その点は私も保証します。……でもまあ、どちらかといえば、あなたが巧君を信用しないことを望んでいますけど。今からでもさっきの名刺の番号に連絡しませんか? 電話は貸しますから」


 日向は嫌そうに言うが、それを撫子は拒否した。


「いえ、できる限り早い方がいいです。井原いばらさんにお願いします」

「では決まりです。それと、今夜は特区内にある私の隠れ家で過ごして頂きます。そちらも問題は?」

「ありません」


 即座に答える撫子。


 だが、巧は何を思ったか、さらに言葉を付け加えた。


「……ちなみに、貞操ていそうの心配なら必要はありません。そういうことをするための器官は切り落としてますので」

「いえ、あの……何も訊いてません」


 撫子はどこか言いにくそうにそう答えた。

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