異能脳髄摘出始末 6

「姉貴、何言ってんだよ? 外の連中に泡を吹かせるチャンスだろう?」

「落ち着きなさい」


 不服そうに言う龍助をしかり、日向ひなたは続けた。


「大体彼女が特区に逃げた時点で、連中は泡を吹いてますよ。……まあそれはともかく、そういった前例がない訳ではないんです。特区においては変異へんいした器官の提供をこばみ、廃棄する選択は器官保持者に許されています。非情な官僚かんりょう機構きこうが、人々を抑圧よくあつする外とは違って」

「だったら――」


 言いかける龍助を、日向は首を横に振ってさえぎる。


「ですが特区としても、異能器官によって得られる利益を逃したくはない訳です。そのため変異した器官を特区に提供する場合には、提供者に莫大ばくだいな報酬が与えられ、摘出てきしゅつにかかる費用も特区が全額負担してくれます」


 日向はそう言って、目を細めて撫子なでしこ見遣みやる。


「一方、持ち主が廃棄を目的として手術を受ける場合、その費用は全額自己負担です。……そして、あなたには恐らく、その支払いができるだけの経済力がない」


 その言葉に、撫子は何とか平然とした表情を保とうとしながらうつむく。


図星ずぼしらしいけど、どうしてわかったんだ? 姉貴」


 尋ねる龍助。その質問に、いささか呆れたような目つきになる日向。


ももの大きな傷」


 我慢できなかったのか、傍から巧がくちばしを挟む。話を聞いてはいたらしい。


 だが、龍助はやはり不思議そうな顔をしたまま問うた。


「ああ、そういや変わったデザインの瘢痕文身はんこんぶんしんだったよな。変に地味で。外じゃ流行ってるのか?」


 どうやらまだわかっていないらしい。仕方なく、巧は更に説明を加える。


椀田わんだ、あれは傷が自然しぜん治癒ちゆした跡だ。人為的に付けられたものじゃない。ですよね?」

「ええ、子供のころ大怪我した時の傷です」

「――だ、そうだ。特区外住民の大多数は、ファッションとしての器官の交換は非難するけど、大怪我をして傷跡が残りそうな場合なんかは、特区と同じく器官の交換を行う、らしい。『ほころびをつくろうのは良いが、華美かびにするのは許さない』ってところか」


 そこまで言って、巧は軽くとがめるような視線を、龍助に送る。


「というか椀田は特区外の出身だろう? 物心ついた時から特区にいる俺に説明させないでくれ」


 言われた龍助は、肩をすくめて応じた。


さいわい外にいる時は大怪我はしなかったもんでね。で、じゃあ何でそこの櫛谷くしたにには怪我の跡があるんだ?」

「こっちと違って、特区外じゃ日常生活に支障が無い限り、器官の交換は全額自己負担だ」

「ってことは、外の人間でああいう古い、……あー、傷跡? があるのは大体――」

「手術代を負担できない貧困層ですね」


 日向のあけすけな言葉に、撫子は力なく笑った。


「……それは偏見です。『傷跡は恥じるべきものじゃない』って主張の人もいますよ」

「でもあなたはそうじゃない」


 その言葉を、撫子は沈黙によって肯定した。


「……じゃあ結局の所、特区でも私の器官を廃棄することは出来ないんですね?」

「変異した器官が手足などであった場合、自分で傷つける人も過去にはあったようです。法令上は問題がありますが。ただ、脳の一部となると……残念ですが」


 内心はともかく、日向は落ち着いた、やや事務的な様子で続ける。


「私がしてあげられるアドバイスとしてはこうです。今すぐに器官を特区に売って大金を手に入れる。それで美味しいお酒でも飲んで、この事についてはさっさと忘れてしまう。多分それが最善です」


 その言葉に、撫子は寂しげに笑う。


「いえ、お断りします……未成年ですから」


 下手な諧謔かいぎゃくろうした後、撫子は立ち上がり、三人を見渡す。


「教えてくれてありがとうございます……あとは自分で何とかして見ます」

「そうですか。あなたがどうしても望まれるのなら、一応支援してくれる団体には心当たりがあります。ご紹介しましょう。寄付を募ったりするので時間はかなりかかりますが、いずれ摘出手術をお受けになれるでしょう」


 そう言って、日向は背後のデスクの引き出しを開け、一枚の名刺を取り出した。


 しかし、何故か撫子の顔は晴れない。


 けれど不満を口にすることなく、撫子はその名刺を受け取って、別れの言葉を口にしようとした。


「ありがとうございます。ではこれで――」

「交渉権が俺に移った、ってことで良いんですよね?」


 棒の手入れを終わらせた巧の言葉に、撫子はあっけにとられた顔をした。

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