異能脳髄摘出始末 5

「……『櫛谷くしたに撫子なでしこ』。彼女について、君は詳しい事情は知らないのだったか」


 手元の極秘書類を見ながら所長が尋ねると、秘所は素直にうなずいた。


「ええ、異動いどう前ですので。もっぱら『どうやって医者の元まで運び込むか』の話しか。……申し訳ありません」

「謝るには及ばないよ。こちらも新参しんざんの君には必要最小限の情報しか与えないようにしていた。この場合、事情を知る人間は少なければ少ないほど良いからね」

異能いのう器官きかんに関わる、のでしたか?」


 秘書の言葉に、所長は少し意外そうな顔をした。


「……『異能器官』なんて言葉を知っているのか? 異動前の部署は、そういったことには詳しくないと思っていたが」

超常ちょうじょうの現象を引き起こす特殊器官の総称……その程度のことであれば、今時中学生でも知っています」


 秘書は特に不快そうな様子もなく、淡々と応じた。


「あれ? そうだったかな?」


 所長は首をかしげるが、気を取り直して話を続ける。


「まあいい。じゃあこれも知っているかもしれないが、異能器官は形成されるプロセスが未解明でね。遺伝的な要因よういんと、環境的な要因が複雑にからみ合った結果らしいんだが。……とにかく今のところ、偶然変異した器官を複製するしか製造方法がない」

「その櫛谷という女性にもそうした変異が起こった」


 秘書の言葉を、所長は肯定する。


「ああ。器官きかん異能いのうきわめてまれにしか起こらない現象だ。当然情報が入ってすぐに、研究所職員の手で彼女を拘束こうそくした」


 しかし、所長はそこで眉をひそめた。


「だが、異能を持った櫛谷の器官は脳の一部だった。デリケートな器官を完全な状態で手に入れるために、確実に摘出てきしゅつできる外道外科医が必要となる」


 所長は幾分いくぶんかなげやりな様子で続ける。


「そこで長期間にわたる軟禁なんきん。こちらに出向こうとしない偏屈へんくつな医者のもとに届ける細工。そして、……散々さんざん手間をかけた末にこの結果か。口惜くちおしいものだ。櫛谷の生命を犠牲にしても、無理やりこちらで取り出しておくべきだったか」


 そう言って、所長は自嘲じちょうの笑みを浮かべた。



●●●



 いまだ動揺している割には、撫子の説明は整然としたものだった。


 日向は一つ二つ質問をした他は、静かに耳を傾けていた。


 撫子の隣では巧が、こちらは話を聞いているのかいないのか、念入りに棒を古布ふるぬのみがいている。


「なるほど……、器官を提供した場合、しわい国立機関であっても櫛谷くしたにさんには相応の謝礼ははずむ。まあ、当然でしょうね。異能器官を培養ばいよう、量産すれば戦力増強につながりますし、莫大ばくだいな利益を見込める」


 日向はそう言って、改めて撫子に視線を向ける。 


「ですが、あなたは兵器と成り得る器官を提供したくない。むし摘出てきしゅつして廃棄して欲しい、と、まとめるとそう言うことですか」


 日向の問いに、撫子は頷く。


「はい。変異した器官を廃棄してしまえば、例えその後私を捕らえたとしても、器官の異能は再現できないと聞きました」

「あちらもあなたに関するデータは大量にとっているでしょうけどね。とはいえ、現在の技術ではそこから異能を再現することはできません。元となる器官そのものがなければ。ですからあなたの脳髄の一部を取り出して廃棄してしまえば、異能器官の製品化は防げるでしょう」


「なら、どうか――」


 そう言って、すがるように日向を見つめる撫子。


 だが、日向は首を横に振った。


「ですが残念です。そういった理由でしたら、恐らく我々はあなたの力になれないでしょう」

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