異能脳髄摘出始末 4

「それで? 車は今どこに?」

「恐らく特区かと」

「よりにもよって……」


 そう言って所長はうめいた。ひどく動揺した様子に、秘書はいささに落ちない風で言いかける。


「しかしまだ特区機関に発見されたという報告はありません。急いで回収すれば――」


 だが、所長は首を横に振る。


「最悪の状況を想定すべきだ。それに……特区の犬ども――」

「治安維持部隊IMMU」


 秘書の言葉に所長はうなずく。


「奴らを甘く見ない方が良い。ひどく鼻がく連中だ」



●●●



 巧と龍助の報告を聞いた女は、両手の指を組み――もう一対いっついの両手でカップを取り、コーヒーを口にふくんだ。


「なるほど。話は分かりました。……ところで――」


 首を傾げる四本腕の女。


 この事務所の主。龍助の姉で、立場上は龍助の上司に当たる。


 IMMU隊員、椀田わんだ日向ひなた


 四本の腕の一対は通常の外見だが、もう一対は黒色こくしょくでやや細く、虫の節足に似ている。


 顔つきは柔和にゅうわで、右目の端にはピエロのような涙滴るいてきのタトゥー。


 髪は長く、スカラベのネックレスをしている。


「巧君、どうしてその棒を持ったままなんですか?」

「いえ、最近掃除をしてなかったから汚れていて……雑巾ぞうきんみたいな布はないでしょうか?」

「……捨てようと思っていたタオルが洗面台に。あの花柄の――」

「薄緑の奴ですよね? ……椀田、取って来て貰えるか?」

「わかった」


 巧の要求に素直に応じる龍助。


 巧が「悪いな」と言うと、龍助は部屋を出ていきながら、首を横に振って応じる。


「その様子じゃ仕方がない」


 龍助の視線の先には先ほどトラックの荷台で発見した女。


 今は服を着ており、巧の隣のソファーで身をちぢこまらせている。


 そばの巧にやや体を寄せるようにして、時折ときおり警戒するように、龍助や日向に――正確には二人の武装器官に視線を向けている。


 そんな彼女の上着のそでが余っているのは、日向の四本腕用のものを借りる訳にいかず、龍助のものを借りたことによる。


「男だってことは言ったはずなんだけど……」

「武装器官よりかは『普通』に見えますからね。仕方がない、このまま巧君にも同席して貰いましょう……察するに外――特区外の方ですね?」


 女は顔を強張こわばらせたまま、日向の問いかけに「はい」と小さく答えた。


「お名前をお聞きしても?」

「櫛谷と言います。櫛谷くしたに撫子なでしこ


 そういった直後、撫子は恐る恐るといった様子で、


「あの……ここは外道外科特区なんですよね?」


 撫子の質問に、日向は大きく頷く。


「ええ。外道げどう外科げか特区とっく『バーバー・ショップ』……まあ、『特区』の方が通りが良いのですが」


 それを聞くと、撫子はにわかに腰を浮かせ、必死な様子で言った。


「お願いです、助けて下さい」


 しかし、その言葉を聞いた日向は溜息を一つき、巧にじとりとした視線を向けた。


「はあ。巧君がまた厄介ごとを連れて来たみたいですね。もしかして何かに呪われてるんじゃありません?」

「神社とか行った方が良いですかね? おはらいをして貰いに」

「例のカルト教団はどうでしょう? 案外お友達価格でやってくれるかもしれません」

「おい、井原。真面目に話せ。姉貴もだ。話が進まない」


 放っておけば延々えんえんと続きそうな、益体やくたいもない二人の応酬おうしゅうに、タオルを持って戻った龍助が割り込む。


「で、助けるっていうのは何から助けるんだ? 俺たち特区の治安維持機関が、外の奴のためにしてやれることなんて多くはないぞ?」

「多分まだ狙われてます。国立の……特区外の研究所に」


 撫子のその言葉に、龍助が表情を引き締めた。


 特区住人、中でもIMMUは、特区外への敵愾心てきがいしんが強い。


「国立機関が関わる案件ですか……詳しくお聞かせ願えますか?」


 日向は撫子をうながして事情を語らせる。


 その顔つきはにこやかではあったが、やはりどこか、剣呑けんのんな雰囲気をただよわせていた。

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