異能脳髄摘出始末 3

「男、なのか?」


 巧の低い声に、牛山は意外そうな顔で言った。


 無理もない。巧は顔や体の各部を、女性用の身体で統一している。


 膝の露出したパンツをはじめ、衣服も明らかに女性ものであり、腕時計の文字盤も小さい。


 両耳には女性用のイヤリング。男性にしては長い栗色くりいろの髪を、丁寧に編み込んでいる。


 右腕のタトゥー。巻き付いたつると赤い薔薇ばらの絵柄も、どちらかと言えば女性を連想させる。


「男だよ。この格好は趣味でね」


 自身の手の甲の赤い薔薇を見ながら、巧は軽く答える。さらに、何気なにげない風をよそおって牛山に言う。


「……それより牛山って言ったっけ? 謝礼を払ってくれるんなら、ついでに荷台の肉を少し分けて貰えるか? たまには豪勢ごうせいな飯が食いたい」


「おい井原いばら、お前にそんな権限は――」


 龍助は言いかけるが、牛山は俄然がぜん乗り気になって走り出す。


「話が分かる奴で助かる。鍵を開けるからちょっと待ってろ」


 牛山はトラックの後ろへと回った。


「井原、何を勝手に――」

「俺達も見に行くぞ。……ちょっと面白いものが見られるかもしれない」


 龍助は文句を言いかけるが、巧は思わせぶりな様子でさえぎる。


 龍助はそれ以上は何も言わず、巧の後についてトラックの後ろへと回った。


「言っとくが俺も中を見たわけじゃないから、たいしたものがなくても勘弁してくれよ?」

「大丈夫。多分その心配はない」


 確信ありげな巧に、牛山がいぶかな顔で何かを訊こうとした。


 けれど、その 丁度ちょうど扉が開き、荷台の中身があらわになる。


「ほら、結構なものが入ってた」


 どこかたのしげに言う巧。


 それとは対照的に、龍助は眉間みけんに深いしわを刻み、左手で牛山の二の腕をがっちりと掴んだ。


「おい、説明してもらおうか? 一体なんだこれは?」


 荷台の内壁はクッションのような素材でおおわれていた。


 食肉は見えない。


 代わりに目を閉じた全裸の若い女が、拘束こうそくされた状態で仰向あおむききに横たわっていた。


 牛山は狼狽ろうばいして言い訳する。


「いや、俺は何も知らない。肉なら売っぱらう当てもあるし、ちょいと小遣い稼ぎをしようとしただけで」

「少なくとも食肉には見えないな。これを食うのは猟奇的りょうきてきだ」

「……井原。もっと有益な見解はないのか?」


 呆れたように尋ねる龍助に、巧は女の傍に寄りつつ告げる。


椀田わんだと正面衝突した割には、怪我はほとんどないみたいだ。この緩衝材かんしょうざいのおかげか。『抜け出そうと藻掻もがいてた』って感じでもないから、元から薬か何かで眠らされてたんじゃないか?」

「生きてるんだな?」

「そりゃあ車の外に心音しんおんが漏れるくらいだからな」


 笑みを浮かべる巧の言葉に、牛山は一瞬、怪訝けげんな顔をした。


 だが、すぐに何かに気づいたようで、遅まきながら巧に問いかける。


「ちょっと待て。……もしかして、あんたが『姫』か?」


 牛山は改めて巧の顔をまじまじと見つめる。


 より正確には、その視線は、時代遅れのイヤリングをした、時代遅れのデザインの耳に向けられていた。。


「……そう呼ばれてるな」


 牛山の言葉にそっけなく答えつつ、巧は女のももにある、古く大きな傷跡きずあとをちらりと見た。

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