異能脳髄摘出始末 2

流石さすがだな」


 近づいて来た龍助の言葉に、巧はかすかに笑って首を横に振った。「特に賞讃しょうさんされるようなことじゃない」とでも言うように。


 龍助は肩をすくめた。


「さて、と――」


 そう言って、龍助は運転手の胸ぐらを掴み、無理矢理引き起こした。


 そして街灯に照らされたその顔を見て、呆れたような声で言った。


「やっぱりお前か。牛山うしやま


 運転手の眼が泳ぐ。


「ああ、いや。その……久しぶりだな、龍助。最近どうだ? IMMU隊員は忙しいだろう?」


 ひきつった愛想笑いを浮かべた牛山の言葉を聞きながら、巧は二人の傍を離れた。


 そうして路上に止まったままの、前面が変形したトラックへと歩み寄る。


 何かに気づいたふうの巧は、怪訝けげんそうな顔をしてその荷台を見つめた。


 ――描かれている文字からすると、運んでいるのは精肉のはずだが。


 そんな巧を気にすることもなく、龍助はうんざりしたような口調で牛山に言った。


「ああ、お陰様で商売しょうばい繁盛はんじょうだ。凶悪犯だけでも手一杯なのに、お前らみたいな小悪党がはしゃぎまわるせいでな。……それで、またりもせずに『外』で盗みか?」


「外」という言葉を聞き、巧は二人の方をちらりと見た。


「外」。即ち特区外のことを指す言葉だ。


「いや、そのまあ……ちょっとな」

「精肉店のトラックを奪っといて『ちょっと』はないだろう? しかもその血……殺したのか?」


 龍助は牛山の着衣に血の痕跡こんせきを認め、胸ぐらを掴む左手にやや力をめた。


 牛山は慌てて答える。


「いや、死んではない……はずだ。まあ、よっぽど運が悪くなけりゃ」

「お前、最近『外からしか盗まない義賊ぎぞく』って感じに扱われて調子に乗ってないか? 小悪党の強盗のせいで抗争勃発こうそうぼっぱつなんて御免ごめんだぞ」


 不機嫌そうに呟いて、龍助は忌々いまいまし気に舌打ちした。


「安心しろ。俺みたいな『出稼ぎ』が流血事件を起こすなんてことが今までなかった訳じゃない。外だってそれはわかってるし、ケチな強盗くらいで目くじらは立てない。一寸ちょっとした嫌味は言うかもしれないけどな……そういう訳だから、さ」


 そう言って、牛山は追従ついしょうするような笑みを浮かべた。


「悪いとは十分思ってるから、この場は穏便おんびんに済ませてくれないか?  確かに龍助をき掛けたかもしれないけど、俺はビビらせて車道から追い払おうとしただけで、傷つけるつもりはなかったんだ」


 牛山はぬけぬけと言って、さらによどみなく続ける。


「結果的に龍助に怪我はなかった訳だし、そもそもお前の体なら、トラックにかれた位じゃ死なないだろう? 車はこっちでどかしとくから迷惑はかけないし、謝礼なら今この場で払える。『後日』なんてふざけたことは言わない」


 そう言いながら、牛山は巧へと意味ありげな視線を向けた。


「……なあ、良いだろう? あいつは同僚か? 眼球といい鼻といい唇といい、良い顔のセンスの女じゃないか。耳だけは……あー、ちょっと古臭いが。とにかく折角の二人きりなんだ。無風流ぶふうりゅうな不良の応対なんてしてる場合じゃないはずだ」


 しかし、龍助はその言葉に不快そうに顔をゆがめる。


 それを見て笑みを浮かべながら、巧は面白そうに言った。


「深夜のオフィス街をデートコースに選ぶ男はお断りだな。……たとえ俺が同性愛者だったとしても」

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