ジンパパ感想15-1-9 もう一度、お姉さまの微笑みを

15-1-9 もう一度、お姉さまの微笑みを

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 淡々とそして鮮烈に、静かにそして過激に物語が紡がれていく。そんな形容をしたくなるお話でした。

 上手いなと思ったポイントはたくさんあります。

 黒猫ラナの存在。お姉さまと呼び続けたいのに、戸籍上は自分が義姉となる婚姻。そして、出産と共に突きつけられる姉との死別。


 黒猫ラナについて。冒頭、「壁を突き抜けて、黒猫が現れた。」の一文で始まることで、ラナが異形の存在であること、それを受け入れる世界観であることを読者に示します。その後も、読者や登場人物を牽引し、物語を前へと進めます。ラストでは姉の使い魔であるラナが消失しないことから、姉が死んだわけではない。まだ助けだす余地のあることをも示してみせます。上手いキーキャラクターを設定したものです。

 次に複雑な婚姻関係。元々相思相愛の蜜月関係にある主人公たち。百合という観点からは一種タブーとも言える、婚姻、出産。一方で、女性性という観点からは、親和性の高いイベントです。その相反するタブー性と親和性を逆手に取った巧みな舞台装置を用いることで、二人の愛情の深さを読者は推し量ることができるようになっています。

 そして、最後に姉の出産と死別。ここまで静かに流れてきた作品内時間が急に苛烈に牙を剝いて読者に襲いかかってきます。大きな謎を突きつけてきます。

 限られた文字数の限りを尽くし、茉里奈と玲花の関係を、茉里奈が体験することになる不思議な五十栖家ならではの風習を、結婚、出産と一気に駆け抜けて語られていくこの物語を読者は茉里奈に重ねつつ追体験していきます。

 淡々とそして鮮烈に。静かにそして苛烈に。

 キャラクターの配置。テーマにマッチした舞台装置。静から動へと動き出す物語のターニングポイント。

 こうした仕掛けが功を奏し、物語の面白さに繋がっています。


 ただ、惜しくもあります。茉里奈が抱える思い。すなわち玲花への愛情やこの先に待つ不安。あるいは、これから何が起ころうとしているのかをすべて知る立場にある玲花にしても、それが茉里奈への愛がなせる業とはいえ、相手を不安にさせてしまっていることへの後ろめたさや贖罪の気持ち。なにかそうした感情が、もっとドロドロと胸中に渦巻いているのではないか。そう思うのです。

 作者様の中で、この書き出しで描きたいもの、見せたいもの(二人の愛情の深さや物語が動き出す出産場面など)にフォーカスし、そこを一層掘り下げたような書き出しだと、さらに鮮烈な印象を読者に与えたんじゃないかな。そう思えてしまいます。

 特に茉里奈の心理を表層に表れた台詞以外の部分をもっと覗いてみたかった。せっかく面白い物語なので、つい欲張ってしまう。そんな心境です。贅沢言うなと笑い飛ばしていただいて構わないです。

 ただ、そうすることで、


「玲香さまは、死んではいない。玲香さまが死んだなら、アタシは消滅しているはずだよ」

 玲花の使い魔の猫ラナは茉里奈の肩に乗り、力強く励ましてくれていた。


 このラストがより一層、輝くような、そんな気がします。面白かったです。

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