春成は何でも屋
お互いに二十歳そこそこ、お相手もいない者同士、どうにかなるのだろうか、これから――。
そんな不安はすぐ消し飛んだ。
あろうことか、彼には秘密があるらしく、この屋敷は好きに使って良い、これからどこかに行くと言って出て行ってしまった。
こんな所に一人、さみしい。
寂しいって何だ? と思い、片付けを始める。
確かに自分は今まで都に居た。
だが、それは家族がいない私を
ずっとそこに居ようとは思っていなかったし、訳の分からない手紙を見られたからには出て行こうと思った。
男の気など今までなかったのに! と心配されたが、それは私とて同じ。
この
今の自分にやれる事は何だろう? 考えに考えて、掃除に洗濯、霊感のない、見えない人間で良かったと思いながら自分が住みやすいようにして時間を潰す。そうして数日が経った頃に春成は一人で帰って来た。
「変わった事は?」
「特にないです」
「そうか、俺は何でも屋なんだ」
突然の事にびっくりとなる。
「え?」
「だから、困った事があったら何でも言ってくれ!」
そう言って、この人は頼もしく笑った。
「冬野だったな? お前、家族の反対とかは」
「ありません」
遮ってしまっただろうか、でも事実はさっさと述べた方が良い。
「なら、良かった。かえって都合が良い。俺には両親も姉も弟もいるが、お前にはいないんだな?」
鋭い質問に私は答えてしまっていた。
「いや……家族というか……従姉妹の家族ならいます。その方達と今までは」
「そうか……で、反対はされなかったのか?」
「心配はされました。だけれど私は出て来ました」
「それでは家出だな」
そう言って彼は少し困ったように笑った。
何と明るいのだろう。そうしていてもそう感じられるほど、この男の笑顔は陽の気に満ちていた。
全ては明るく照らす太陽のようで、美しい薄桃色の桜を咲かせるに十分な温かさがあり、眩しかった。
「この屋敷の全容は?」
「はい、掃除をしましたから大体は」
「そうか、で、どこか気に入った所はあるか? 俺は誰も使わなくなってもう何十年というのに誰かが手入れでもしたのかと思えるほど状態の良い屋敷に感動したが」
「私は……静かな所です」
庭にある四季折々の花々があることも承知の上だし、見れない者達がいることも知ってはいるが、ここなら誰も来なそうで平和だ。
そういう所が気に入ったのだが。
「静か……そうか――お前には聞こえないんだな、やっぱり」
そう言って春成は他所の行きの洋装から和服へと着替えた。
こちらの方がやっぱり良いと言いながら笑い、こちらを見て「冬野」と呼んだ。
「食事にしようか」
「はい」
と言って、その支度をするのは自分だ。
他の誰もここには居ないのだから。
「人を雇っても良いと俺は思うが、俺は何でも屋だからな……。実家の力を使えば何とかなるかもしれないが、それはさすがに嫌だろうしな」
そう言って、上座に座わらせた彼はこちらが作った一般庶民の家庭によく出る料理を怪しむことなく一口食べた。
「
「それは言わないでください」
私はそうだ、この人をまだ信じてない。だから手伝わなくても良いと言った。
人なんていろいろ改ざんができる。
「実家にお金でもあるのだろうか? という顔が気になったが、俺の家はたぶん金持ちだ。代々そういう家だから」
説明しながら食べる彼にこちらの箸は止まりそうになる。
「どうして、そんなことを言うのですか?」
「金目当てでないのは分かるよ、冬野はそうしてここに来たんじゃないからな」
そう言って味噌汁をすすった。
「仕向けたのは俺だし、応じたのはお前だ。それが俺達の関係だ、冬」
そう言ってから私のあだ名は『冬』になった。
「春成さんは」
「春で良い」
だからそこで私もこの人のことを『春さん』と呼ぶようになった。
「春、さんは……そういうお家の方なのに、私と食事をしたいのですか?」
「そうして欲しいからそう言っている。俺はな、冬、気に入っているんだよ。会ったその時から、お前を」
「何故?」
「とても愛しく思えたからだ」
その言葉はまるで私が固い蕾なら無理矢理にでも花開かせる魔法の言葉のようだった。いや、この
とても誰かを愛しているような――それが私? 嘘だ。
「何故?」
「ん? そうだと言っても冬は信じてくれそうにないな。だが、俺はそれで良いさ。お前が俺の側に居てくれる事実があれば良いんだ。嬉しいよ」
そう言って彼は食事を続ける。
「この魚はどうした?」
などと言って話題をくれる。
何も恐れることはない。
つまらない時間はないのだと自覚させてくれる。
この人と居ればとても楽しい時間になるのだ、どんなものでも。
だからこそ、私は耐えなければならない。
何も知らない者であれば、私は普通で居られる。
だけれど、この人はそうではないらしい。
何故、この人は真夜中に私が一人で寝るはずの部屋の布団の隣に
「お前には感謝しているんだよ、冬、普通なら相手になんてしないのに。来てくれた、それだけで嬉しいんだ」
この男を信じてはいけない。
優しく触れ、喜ぶこの手のぬくもりを一心に感じてもだ。
何故まだ触っているのだろう、不快だ……。
理由が分からないこその不快、それ以上にない。
やっぱり、自分の直感は正しかったのだと実感した。
この男は何が目的なのだろうとそればかりで結局、春成が気の済むまでそれをして出て行った後も静かにすることしかできなかった。
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