第7話

スマホから水槽へ視線を戻すと、すぐに違和感に気が付く。

周りの人々が不自然に止まっていた。

人が多いのに雑音も水の音もしない無音が気持ち悪かった。

何が起こったのか分からず、みんなと同じように動けずにいると「なあ坊主」と後ろから声をかけられた。

驚いて振り向くとそこには五十代くらいの男性が軽く手を挙げて立っている。

身長は僕より高くて体格もいい。

なにより目を引くのはオレンジ色のアロハシャツだ。

「悪いな驚かせちまって」

その男性はまるで僕と知り合いのように話しかけてくるが、全く心当たりがない。

この状況を気にしている様子もないのも異様だ。

彼が言う『悪いな驚かせて』は一体どちらに対してなのだろう。

何の言葉も出ない僕をよそに彼は言葉を繋げる。

「なあ、六月を知らないか?」

彼はそう言うと何かを探すようにあたりを見渡す。

「なんのことですか」

やっと口から出た言葉は緊張の為か震えている。

それを聞くと彼は疑っているように僕の顔を覗き込んだ。

「んー、変だな。似たような気配がしたと思ったんだがな」

「あの、あなたは?」

「わしか?わしは八月。まあ、はづきとでも呼んでくれや」

とはづきは笑う。

「八月?」

「そうじゃ。わしらは季節を運んどるんだ。まあ、わしがここに来たのはほんの気まぐれでな」

「はぁ……」

はづきは嘘を言っているような気はしないが、何を言っているの理解できなかった。

「坊主の近くに変わったやつはおらんか?背丈が変わらんとか、怪我をしないとか、腹が減らねえとかそんなやつは」

「心当たりはないですけど」

そう言うとはづきは「そうか」とため息交じりに呟いた。

「この辺に居るはずなんだがな、二年経っても戻ってこないとは困ったもんだ。」

「その、戻ってこないとどうなるんですか?」

僕の質問にはづきは少し考えこむ。

「自然の均衡が崩れていく、まだそこまで大きな問題になっていないのが不思議なくらいだ。そろそろ上の者たちが動き始めると噂も出てるからの」

「上の者って?」

「簡単に言えば神様みたいなもんじゃな。わしは六月の気配を見つけてしまったからの、上に戻れば報告せにゃならんのだ」

「見つかったらどうなるんですか?」

「強制送還されて、厳しい罰が与えられるらしい。例えば、輪廻の輪に戻れんとかな」

話しているうちに遠くから水の音が戻ってきた。

それに気づくとはづきは「そろそろ時間じゃな」と呟いた。

「もし、六月が居たら北に連れてってやってくれ。わしらはこの世のものではない、わしらを狙っているのは上の者だけではないからな。」

そう言うとはづきは僕の頭をくしゃっと撫でた。

「気をつけろよ坊主、またな。」

はづきが言い終わるのと同時に、左手を掴まれる感覚で現実に連れ戻された。

いつの間にかはづきはいなくなっており、先程の異様な光景も元に戻っている。

まるで夢を見ていたかのような感覚だ。

めいは掴んだ僕の左手を軽く引っ張って言った。

「十二時過ぎちゃった、ご飯食べないと。」

「お腹空いた?」

「わかんないけど、祐樹が十二時過ぎたらお昼ご飯だよって。」

「ん?お腹は空いてるの?」

その言葉が気になり一度聞くと、めいは少し考えて首を横に振った。

「じゃあ、お腹すいたらご飯食べに行こう。そろそろイルカのショー始まるんだって、見に行こうか?」

「行きたい!」

とめいはコクコクと頷いた。

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