第33話 妹達の戦い

お盆を過ぎて夏休みも終盤になっていた。

彩葉は日光ツーリングで事故をした打撲は既に完治して、夏休みはほとんどバイトの日々を送っている。

今日は3台ほど修理をした125ccのスクーターを近所まで届けることになっている。


「よし、あと残るは1台だけか」


彩葉は最後の届け先までHONDAのPCX125を運転していく、PCX125は日常使いのスクーターとしては非常に優秀で彩葉も1台欲しいと思った程だ。

届け先に到着すると、家のインターホンを鳴らして呼び出すとスクーターの持ち主が出てきたので修理代を貰うと鍵を渡した。

これで今日の彩葉のバイトは終わりなので、とりあえず剛のバイク屋まで歩いて戻る。


バイク屋に戻ると見覚えのあるGT380と黒紙ロングヘアの女性がいた。

橘 都姫、バイトを始めたばかりの頃に知り合ったヤンキーの女子高生だ。


「久々だな、もうバイトは終わりか?少し話さないか?」


彩葉は特に、この後用事があるわけでもなかったので「構わないよ」と応じた。

彩葉はバイトを上がると、店の横に停めてあるz125proを運んできた。

このバイクは、事故で大破してしまったFXの代わりに剛が自分のバイクとして所有していたz125proをバイトや通学の為に乗っていいと言うことで、彩葉はお言葉に甘えて使わせてもらっている。

z125proは現行のバイクで、普段の生活の足で使う分には何のストレスもなく小回りが利いて扱いやすい。

都姫の待っている空き地まで行くと、都姫はしゃがみ込んでGT380に寄りかかっていた。


「もう怪我は大丈夫なのか?話は聞いたよ、無免許の爺さんがいろは坂を逆走してきて事故ったんだって?よく無事だったな」


都姫は心配してくれていたらしく「奇跡的に助かったよ」と亡き父・啓司が助けてくれたことについては伏せた。

今後のFXについても聞かれたが修理は、ほぼ無理で父親の形見でもあるので家のガレージで保管することにしたと伝える。

しばらくはz125proが彩葉の足になりそうだ。


「いろいろ大変だったな…とりあえず無事でよかったよ、話は変わるんだけどさ?アタシは夏休みが終わったら紫岡のスケバンの頭張ってるやつにタイマンを申し込もうと思ってんだ」


話が変わりすぎだと思ったが喧嘩で茨城最強を目指すという都姫は、まずは自分の学校のトップになろうとしているらしい。

彩葉には喧嘩で成り上がるなんてことは、興味もなかったが今日くらいは話を聞いてあげるのも悪くない。


「相手は3年なんでしょ?その人は強いの?」


彩葉が聞くと「紫岡の一部の不良はストイックに喧嘩で成り上がろうとするやつが集まるからな」と県内でも1、2を争う強者もいると都姫が説明してくれた。

都姫はあの茨城最強の女子だった橘 友紀子の妹、最強の姉を持つ者としてプレッシャーも多いだろう。


「なぁ?彩葉は如月蓮って言う茨城最強の高校生だった兄がいるのに、よくヤンキーにならなかったな…アタシからしたらそれがすげぇよ」


彩葉はそんなことを聞かれたのは初めてだったので、ちょっと返答に困ったが「兄がヤンキーだからって妹の私までそうなるとは限らないでしょ?」と言うと、都姫は確かにそうだなと言った感じで少し笑っている。

彩葉はヤンキーではないが、如月蓮の妹で小学生の頃に護身術を身につけ鍛えられたので少し都姫の実力が気になった。


「そういや、私がヤンキーだったらタイマンをしたかったとか言ってたよね?話を聞いてちょっと都姫の実力が気になったからここでタイマン張ってもいいよ、久々に暴れるのも悪くない」


彩葉から意外な言葉が出てきて、都姫は驚いたが「怪我が治ったばかりなのにいいのかよ!?」と言ってきたので彩葉は頷いて了承した。

茨城最強の兄と姉を持つ妹達が、初めて本気でタイマンを張る時がきた。


「アタシは茨城最強の男に鍛えられたアンタとこうしてタイマンが張れて嬉しいぜ!本気でいくからな?彩葉も本気でかかってこい!!いくぞ!!」


都姫は右のパンチを彩葉の顔面に目掛けて繰り出すと、彩葉の素早い蹴りが都姫の顔面に当たり両者のパンチとキックが同時に顔面にヒットしてお互いが少し吹き飛ぶ感じで距離が離れる。


(なんて速い蹴りしてやがんだ…しかも重い!あんなのを何度も食らってたら、下手したら男でもノックアウトだ)


都姫は心の中で先程のぶつかり合いで、最初から全力でいかないとマズイと悟った。

逆に彩葉もパンチの重さに都姫の強さを把握した感じのようだ。


今度は彩葉の蹴りが横っ腹にヒットしそうになるのを都姫は左腕でガードするが、重い蹴りを腕で受け止めたことで左腕にかなりダメージを受けた感じがした。

都姫はすかさず受け止めた彩葉の足を掴み、その場で振り回すように回って彩葉を投げ飛ばした。

投げ飛ばされた彩葉は、空き地にあった看板に背中からぶつかった。


(ぐっ…私の蹴りを受け止めて、そのまま私の足を掴んで投げ飛ばすなんて…流石に喧嘩で成り上がろうとしてるだけはあるな、コイツは強い)


彩葉は立ち上がると都姫のパンチがすかさず繰り出される、パンチをかわしてみぞおちに膝蹴りを入れようとすると、それを都姫は手でガードして防いだ。

両者どちらも引かないと言った状況で、今のところ全くの互角だ。

彩葉は今度は左の蹴りで横っ腹にヒットさせようとするが、都姫が今度は右腕でそれを防ぐ。

彩葉が蹴りを繰り出せば、今度は都姫がパンチを繰り出すようにお互い気合いの勝負になる。


タイマンを開始して15分が過ぎた頃に戦況が変わる。

都姫のパンチが彩葉にヒットするがさっきまでの威力とスピードがなくなっている、彩葉の速く重い蹴りを腕で受け止め続けてダメージが残らないわけがない。

都姫の左のパンチをかわすとすかさず都姫の腹に強烈な蹴りをいれた、もろに食らった都姫はそのまま腹を抑えてしゃがみ込む。

都姫がやばい!と顔を上げた時には、彩葉の蹴りが都姫の右頬に入りそのまま都姫は吹き飛ばされる。


「いっ…いってぇ………ハァハァ…ハァハァ……つえーな………彩葉…アタシの負けだ」


激しいレベルの高いタイマンを彩葉が勝利して、結果として如月兄妹の完勝となった。

彩葉は倒れている都姫の横に座った。


「都姫は強かったよ!こんなにスッキリした喧嘩をしたのは私も初めてかもしれない!」


痛みが引いてきたのか身体を起こした都姫は「全く…お前ら兄妹は強すぎなんだよ」と言うと清々しい気持ちなのか笑っている。

辺りが暗くなり始めてきたので2人は帰ることにした。


「まさかヤンキーじゃない奴と喧嘩して負けるなんてなぁ…だから人生って面白いのかもな…なぁ?アタシは紫岡の頭張ってるやつに勝てるかな?」


都姫が聞いてくるので「うーん…たぶん大丈夫!」と彩葉が返すと「たぶんってなんだよ」と都姫が笑いだした。

都姫はGT380のエンジンを始動すると、彩葉に「またな」と言うとバイクに跨って帰っていった。


夏もそろそろ終わろうとしていて日も短くなってきた。

彩葉もそろそろ帰ろうと思い、バイクを見るとそこにはFXではなくz125proが停まっている。

もう啓司が残してくれたFXは不動車で彩葉の思い出の中にしかない。

FXに乗ることはもう出来ないがそれでも彩葉はバイクに乗り続ける、それは父との約束だから。

今すぐ本命のバイクを買うのは難しいけど、バイト代を貯めたら探してみよう。

ただ…現在の中古バイクは高すぎるが…


「しばらくはz125proが私の相棒だな、よろしく頼むね!…うーんFXがフェックスだから…なんて呼ぼうかな?」


まぁ呼び方なんてどうでもいいかと思った彩葉は、PROのエンジンを始動すると家に帰っていった。


彩葉はバイクを手にして半年も経たずに初めての愛車を失ってしまった。

これは車やバイクに乗っている人なら誰にでもあり得る話で、納車したその日に事故って数時間あるいは数十分で廃車なんてケースもある。

愛車を失うショックは計り知れないもので、公道を運転するものは安全運転を心がけなければならない。

悲惨な事故を起こさない為に…


彩葉の夏は終わり、少し早いが第2のバイクライフが始まろうとしている。


またFXに乗れる日がいつになるかわからないが、彩葉は明日もバイトに励むことだろう。


バイクを楽しむ為に。



【第1章1年生編 完】

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