第32話 愛する娘の為に

目が覚めると彩葉は病院のベッドだった…

なぜこんな状態になったのか思い出せない…

身体中が打撲をしたような痛みが走り、身体を起こすのがつらい…


「彩葉!!」


ちょうど病室に戻ってきた愛琉が思わず目を覚ましてベッドの上で身体を起こしている姿を見て思わず大声で叫んでしまった。

愛琉が慌ててルナを呼びに行くと、目を覚ました彩葉を見てホッとしたのか「彩葉ぁ…良かったよぉぉ…」と泣き出してしまった。


「彩葉?アンタ事故ったこと覚えてる?もう5時間は寝たきりで心配したんだから!」


彩葉は「なんとなく…まだ頭が追いつかない…」と返事した。

外はすっかり暗くなっていた。

日光ツーリングの帰り道、いろは坂の上りと下りの一方通行を間違えて第一いろは坂を逆走してきた高齢者の運転するコンパクトカーが橋の区間の下りきったところの緩いカーブの死角から突然現れて、不運にも先頭を走っていた彩葉は避けることが出来ず正面衝突事故が起きてしまう…

彩葉はそのまま吹き飛ばされて意識を失ってしまった。

後ろを追走していた愛流とルナは車間が空いていたので無事だったが、ルナが急いで救急車と警察を呼び愛琉は彩葉のバイト先に訪れたことがあり、剛と京香のことを知っているので急いで京香に連絡を取り2tトラックで剛と京香に日光まで大至急来てもらった。

剛と京香は、事故で大破したFXの処理で後で病院にくると言っていた。

彩葉が目を覚まして30分くらいすると京香と剛が病室に入ってきた。


「よかったぁ…彩葉ちゃん!あんな大事故で打撲だけで済むなんて奇跡よ奇跡!普通なら即死よ…」


京香の目から涙が溢れ病室の床に崩れ落ちた、すると彩葉が驚くべきことを口にした。


「逆走してきた車とぶつかる瞬間だったかなぁ…私はフェックスのシートの後ろ側に座ってる感覚になって前にお父さんが座っていて運転してたんだよ…忘れもしないあの背中…ほんの少しの時間だったけど懐かしい感じになったと思ったら急に身体がふわっと浮いてぶつかる寸前にバイクから投げ飛ばされたんだ」


彩葉の話を聞いてその場に居た全員が言葉を失って蒼然となった。

おそらく彩葉が見たのは亡き父・啓司で間違いないだろう、死の淵に直面したものが不思議な霊的なスピリチュアル体験をしたというケースは珍しくない。

本来であれば即死していてもおかしくない大事故にも関わらず、彩葉は打撲程度で済んでしまった。


「たぶんアイツが守ってくれたんだろうな…全く啓司の野郎…泣かせるじゃねぇか…死んで尚、愛する娘の為に現れるなんてよぉ…」


剛は涙をこらえて言葉を少し詰まらせながら言った。

京香も「ほんと、おじさん親馬鹿ね」と泣きながらも少し笑いながら守ってくれたことに感謝している。

愛琉とルナは2人につられてたのか涙を流している。

病院の駐車場から6発の旧車の良い音が聞こえてきた、こんな音を奏でる車のオーナーは1人しかいない。

兄の蓮が話を聞いて大慌てで彩葉が搬送された栃木の病院までやってきた。


「彩葉!大丈夫か!え?あれ?みんないたのか」


慌てて病室に入ってきた蓮は、彩葉より京香や剛、愛琉とルナ達が大勢いることに驚いている。

京香が「静かにしなさいよ!」と注意すると、蓮は「あ、悪い…」と気まずそうにしている。

さっきの彩葉の話を蓮にも話すと、「あーあの親父らしいかもな…霊感強い人だったしよ」と話すとまた周りの全員は蒼然となったがそれなら納得と言った様子。


「とりあえず彩葉が骨折することなく軽い打撲程度で済んで安心したわ、とりあえず今日は病院に泊まって明日退院って感じだろ?明日は俺のZの横に乗れや、家まで送ってやんよ」


蓮がそう言うと彩葉は「ありがとね、あんちゃん」と今日くらいは素直に従うことにする。

京香と剛も今夜は病院近くのホテルに泊まるみたいなので、ついでに蓮も同じホテルに電話したところ空き部屋があるみたいなので泊まることにした。

愛琉とルナは別のホテルを予約取っていたので、そこに泊まるらしい。

彩葉は1番気になってることがある、それはFXの現状がどうなっているということ…

直せるのか?直せないのか?それを知りたかった。


「剛さん?私のフェックスの損傷はどんな感じですか?直せそうですか?」


彩葉の言葉に剛は険しい表情をして少し沈黙が続いたが、黙っているわけにもいかないと剛は思ったのかようやく口を開く。


「彩葉ちゃん…立ち上がれるか?歩けるなら看護婦さんに言って駐車場まで一緒に行こうか、実際に自分の目で確認した方がいい…」


彩葉は「歩けます」と言うと、看護婦に許可を貰って全員で駐車場に向かった。

剛と京香が乗ってきた2tトラック荷台を見ると見るも無惨に大破してフロント部分は原型が留めてないほど大破していた。

本当によくこれで生きていたものだ…

彩葉は愛車の変わり果てた姿に何も言えなくなってしまい思わず涙が溢れ出して、その場に座り込んで俯いてしまう…


「彩葉ちゃん…こりゃあもう修復は無理だ…フロントフォークは変形しすぎて使い物にならねぇしフロント周りは全てお釈迦だ、エンジンも完全に逝っちまって啓司の好きだったトーキョー鉄管もぐにゃぐにゃだ……残念だけどコイツはもう直せねぇ…仮に直すとなるとフロント部分とエンジンは違うFXから移植するしかねぇし、そうなると心臓と手足を移植された別のバイクになっちまう…それでもいいなら直すけど啓司の…父ちゃんのバイクじゃなくなっちまうし一度大破したバイクや車は剛性が保証できねぇ…」


剛は説明するのがツラかった…

彩葉は廃人のように座り込んで俯いたまま涙が止まらない…

周りのみんなもなんて言葉をかけていいのかわからない…

とても元気出して!なんて軽はずみで言える状況ではないし、ショックなのは彩葉本人だ。

そりゃあそうだ…父の形見でなんだかんだ言っても16歳の女子高生だ…平気な訳がない…

普段はお調子者の愛琉でさえ口元を手で抑え泣いている。


「あの時…事故る瞬間に…お父さんが私に何か言ってたんです…うまく聞き取れなかったけど、どうしてこんなことに…あと少し…走っている時間が違ったなら…私が事故ることはなかったかもしれない…お父さんの…大事なフェックスがこんな姿にならながっだがもじれないのにぃぃうっうわわあああああああああああ!!」


彩葉は取り乱して大声で泣き出してしまった…周りのみんなは見ていられなくなり声すらかけることもできない中、京香だけは彩葉に寄り添い座り込んでいる彩葉を我が子のように泣きながら後ろから抱きしめた。


「違う!それは違うわ!彩葉ちゃん!あなたは…お父さんに助けられた!だから生きているの!お父さんが…フェックスがあんな姿になってまであなたを助けてくれたのよ…お父さんにとって好きだったバイクよりも彩葉ちゃんの命の方が1番大事なの!娘が大事じゃないお父さんなんているわけない!だって…亡くなってもこうして現れてあなたを守ったんだから!」


彩葉は泣き止むことはなかったが、泣きながら落ち着かせようと話してくる京香の言葉に少し落ち着いた様子だった。

彩葉はしばらく泣いていたが、泣き疲れたのか京香に抱きしめられたまま眠ってしまう。

蓮が「俺が病室まで連れて行く」と言うと、彩葉のことを抱えて病院内に入っていった。

愛琉とルナは「アタシ達もそろそろホテルに行ってみます」と言うとバイクでホテルに向かっていった。

彩葉を病室に寝かせてきた蓮が戻ってくると京香と剛と共に3人で予約したホテルに向かう。


もう世間の人達は就寝して静まり返った日付が変わった夜中の1:00くらいだった。

彩葉のことを呼ぶ男の人の声が聞こえてきた。

病室から聞こえる感じではない…そもそも彩葉は完全に熟睡していて眠りが浅い訳ではない。


〚彩葉?父ちゃんだ!久しぶりだなぁ〛


彩葉の亡き父・啓司が夢枕に立って夢の中で彩葉に話しかけてきた。

蓮が言ってた通り霊感が強かった人みたいなので啓司らしいと言えばそうなのだが、亡くなった親族の故人が物事を伝えに夢枕に立つのはよくある話。

彩葉は夢の中の精神世界のようなところで啓司に〚助けてくれてありがとう〛と言うと、啓司は少し頷いて微笑んだように見えた。


〚もう4年か…まさか彩葉が俺が残したフェックスに乗ってるなんてなぁ…もうバイクに乗れる年齢になったってことか…どうだ?バイクは楽しいだろ?、覚えてるか?お前が7歳の時に俺の後ろに乗りたいって言ってお前と同じ名前のいろは坂を走ったっけなぁ〛


彩葉は〚よく覚えてるよ、忘れるわけない〛と精神世界で啓司と四年ぶりに話している。

彩葉が事故る瞬間に懐かしい気持ちになったのは、7歳の小学1年生の時に啓司が運転するFXの後ろに乗って父と娘の親子ツーリングをしたこと。

当時はバイクという2輪の乗り物ということだけでFXということをわかっていなかった為、7歳の時に後ろに乗った啓司のFXは外観をカスタムして乗っていて彩葉が剛のバイク屋に訪れた時には仕様が変わっていたので子供の頃に啓司の後ろに乗ったバイクと気づくことができなかった。

今、この瞬間にあの時のバイクが自分が免許を取得して乗っているFXと言うことを彩葉は認識した。

彩葉は〚大事なバイクなのにごめんなさい…〛と謝ると啓司は横に首を振りながら言った。


〚謝るな彩葉!お前は悪くねぇ、なぁ?彩葉?バイクは好きか?父ちゃんは大事なバイクを壊してでも彩葉を守れて嬉しかったぜ!父ちゃんもよぉ…もっとバイクに乗りたかったなぁ…彩葉?バイクは確かに危険を伴う乗り物だけど楽しいことも沢山あるだろ?父ちゃんの分までこれからもバイクに乗ってくれよな!父ちゃんはいつでも彩葉を守ってやる!じゃあな!〛


啓司はそれだけ言い残すと姿が見えなくなってしまった、彩葉は「待って!お父さん!」と発しながらベッドから起き上がると何事もなかったように辺りは静まり返った病室だった。

彩葉はため息をつくと、そのまま仰向けで横になって病室の天井を見つめながら小声で呟いた。


「お父さん…私はこれからもバイクに乗るよ…お父さんの分まで楽しむからね…バイクの楽しさを教えてくれてありがとう」


彩葉はそう呟くと再び眠りについた。

啓司と夢の中で話したおかげで吹っ切れたのか、彩葉はぐっすり眠ることができた。


翌朝、6:00に起床すると看護婦さんが病室に入ってきた、そういえば言い忘れていたが彩葉が運び込まれた病室は1人部屋の個室で他の患者がいない。


「おはようございます、如月さん?夜は眠れましたか?身体の痛みはどうですか?」


看護婦さんが体調について聞いてきたので「昨日よりはだいぶマシになりました」と伝えた。

彩葉は身体には打撲による痣が出来たものの、顔には一切怪我がなく本当に軽傷で済んでしまったことに担当した医師や看護婦が1番驚いていた。

亡き父が助けてくれたと言っても怪奇現象すぎてドン引きされるだけだろう…


彩葉の元に朝食が運ばれてきたので初の病院食を食べることになるが、病院食は不味いと聞いたことがある…

果たしてどうだろう…

彩葉は朝食の味噌汁をひと口飲んでみる。


「うーん…まぁ少し味が薄い気もしなくもないけどそこまで酷くはないかな」


ここの病院はマシな味らしい…

とりあえず朝食を食べ終えると、蓮や京香達が来るまで病室で待機することになる。

愛琉とルナの2人はホテルから先に茨城に帰るみたいだ、突然病室のドアをノックする音が聞こえた。

彩葉が「どうぞ」と入室を許可すると1人の警察官が入ってきた。


「おはようございます、如月彩葉さんですね?御身体の方は大丈夫ですか?あれ程の大事故にも関わらず打撲程度で済んだとお聞きして、私も警察官として長いですが初めてのケースです!奇跡としか言いようがありません!本当にご無事で何よりです」


松本と名乗る警察官は、事故の加害者の処罰について説明するのに日を改めてやってきたみたいだ。

松本の話によると加害者の高齢の男性は家族から運転免許の返納をするように言われていて、去年の夏に返納したばかりだったという。

高齢者の運転免許を返納したことを忘れて運転してしまうケースは少なくないらしいが、どう言い訳してもれっきとした無免許運転で今回は無免許過失運転致傷でさらに一方通行を逆走により正面衝突事故を起こして被害者に怪我を負わせたので懲役刑になるとのこと。

老い先短いのに悲しいものだと思った…

彩葉は自動車保険に加入しているので保険が適用されるだろう。

警察官は加害者の処罰について説明を終えると「それじゃ私はこれで、お大事にしてください」と言うと病室を後にした。


警察官が病室を出ていって数分後に蓮達が看護婦さんと共にやってきて、彩葉は退院の準備を始めた。


「愛琉ちゃんがパーカーを貸してくれたからこれを着て!ちょっと大きいけど…」


愛琉は自分の私服を京香に預けて彩葉に着させてもらうように頼んでおいてくれたらしい。

メンズ物の服を好んでよく着る愛琉は、オーバーサイズで着ていることが多いので彩葉が着ると超オーバーサイズになってしまうが、それを見越していた愛琉はレギンスも持たせてくれていたみたいでパーカーワンピースのように着ることができる。

流石は愛琉だ…ファッションセンスが良い。


彩葉は病院の入口で看護婦さん達に挨拶をすると、オーバーサイズのパーカー姿の彩葉が可愛らしいみたいで「彩葉ちゃん可愛すぎるぅ」と群がってきた。

隣にいる蓮も元ヤンの雰囲気が残っているが、イケメンなので看護婦達は「これが美形兄妹か!エモい!」と今時の言葉で盛り上がっている。

あまり病院の入口前で騒いでいると、他の患者さんにも迷惑になるので彩葉と蓮は足早にフェアレディZに乗り込んだ。

看護婦達が手を振っているので、彩葉はとりあえず振り返した。

蓮がフェアレディZのエンジンを始動して走り出すと、それに続いて剛と京香が乗る2tトラックがついてくる。


「そういえば夜中にお父さんが夢枕に立って話しかけてきたよ、私にお父さんの分までバイクを楽しんでほしいって…だから私はこれからもバイクに乗るよ!事故は確かに怖いけどね」


彩葉がそう言うと「そうか…あの親父らしいぜ」と蓮は自分の父親の親馬鹿さに笑っていたが、蓮なりに彩葉を助けてくれたことに感謝してるようだった。


「そういや彩葉?おめぇ単車どうすんだ?大破した親父のフェックスは、もう修理不可だべ?」


修理する気になれば出来なくはないがかなりの金額がかかってくるだろうし、他の部品を使うと言うことは啓司の残したFXではなくなってしまう。


「あのフェックスはお父さんの形見として家のガレージに保管しておこうと思う、私としてはまたフェックスに乗りたいけどお金がないしなぁ…後で剛さんに相談してみようと思う」


彩葉がそう言うと蓮は「そうか」と言ってそれ以上は何も言わなかった。

そういえば久々に蓮のフェアレディZに乗ったが、前と乗り心地が違うことに気づいた。


「そういやあんちゃん?Zの足回りのパーツ変えた?乗り心地が前と違う気がする」


彩葉が意外なことを聞いてくるので、「お、よく気づいたな!おうよ、この間サスを変えたんよ」と最高だろう?と得意気になっているのがなんかウザいが今日くらいはいいか。

彩葉のスマホにLINEが届く、事故の衝撃でスマホは壊れたかと思われたがコチラは無傷だった。

LINEを確認すると愛琉とルナからで、無事に帰宅したとのこと。

私達も、あと少しで家に帰宅するよと返信をする彩葉。


「そういやお父さんが、私が事故る寸前の時に急に運転手側の前のシートに現れて私はシートの後ろに座ってたんだけど、お父さんが後ろを少し振り向いて言ってたことを思い出したよ」


蓮は「ん?親父のやつはなんて言ってたんだ」と聞き返すと、彩葉はにっこり微笑んで「●●●●●」と言ってきたらしく「親父ってそんなこと言うんだな」と思わず笑いだしてしまう。

父親にとって自分の好きなバイクを可愛い娘に乗って貰えるのは、今時なかなかない光景だし嬉しいものなのだろう。


大事な父のFXは大破してしまったが、それよりも心に残る言葉を貰ったことを彩葉は決して忘れないだろう。

バイクに乗る以上は今後も事故や死と隣り合わせになる危険も伴うが、それを踏まえても楽しい乗り物だと彩葉は父から教わった気がする。


これからも走っていこう!

バイクと共に!




























「彩葉?父ちゃんの大事なフェックスを好きになってくれてありがとう…愛する娘よ!これからもバイク楽しめよ!」


これが父から愛する娘へ送った最高の言葉だ。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る