第10話 納車

GW前の日曜日の朝の6:30に目が覚める。

彩葉は休日でも朝が早い、休日だからと言って寝てばかりいると損した気分になるからだ。

それに今日は、彩葉にとって記念すべき納車日なのだ。


朝食を簡単に済ませて、顔を洗い、歯を磨いて私服に着替える。

新品のArai classic modと、新品のデイトナのカウレザーのグローブ、免許証を持って家の外に出ると京香が迎えにきていた。

この2つは、京香が免許取得祝いで買ってくれた。

ちなみに練習の時と試験の時は、京香から借りたSHOEIのフルフェイスとグローブを借りてやっていた。


「おはよう!ヘルメットとグローブは持ってるわね」


京香がそう言うと、彩葉は頷いて車の助手席に乗って京香の実家のバイク屋に向かう。

バイク屋の前に着くと、ピカピカに磨かれたファイヤークラッカーレッドのz400fxが置かれていた。


「おはよう!彩葉ちゃん!バイクの準備はできてるぞ、整備もバッチリだ」


剛が店の中から出てきて、基本的なバイクの説明をする。

わからないことがあったら、いつでも聞きにきてくれて構わないよと剛は彩葉に言った。

彩葉はバイクのマフラーが、以前見たときと変わってることに気づく。

エキパイからエンドテール黒い鉄製に変わっており、「トーキョー鉄管」と書かれたステッカーが貼られている。


「このマフラーは、啓司…彩葉ちゃんの父ちゃんがこの鉄管の音が好きでこれを付けてたんだよ」


啓司が亡くなってから、剛がFXを預かっていたが彩葉が乗ると決まったときに父親が好きだったトーキョー鉄管のマフラーを装着して彩葉にバイクを渡そうと思ったそうだ。

剛も息子と娘がいる身だ、父親を亡くしている彩葉に少しでも父親の形見として何かしてあげたくなったんだろう。

剛が「エンジンかけてみな」と言うので、彩葉はキーONにしてNランプを確認してセルスイッチを押して始動した。


エンジンの初爆の炸裂音が、周辺に響き渡る。

「す、すごい…」あまりの音圧で語彙力を失う彩葉。

数分経ったくらいで剛がチョークレバーを半分くらい戻すとアイドルアップしていた回転数が少し落ちつく、そこからさらに1分ほど待ってから完全にチョークレバーを戻して回転数が落ちつく。

チョークとはその名の通り塞ぐと言う意味で、空気の穴を塞いでガソリン量の多い濃い混合気をエンジンに送り、寒冷期でもエンジンを着火しやすくするものだ。

今の車やバイクは電子制御になっているので機械が自動で調整してくれる為、チョークが不要である。

それにしてもチョークを引いて、アイドルアップしてる時のマフラー音が凄すぎて住宅街だとかなり気を使うなーと彩葉は思った。

これでもキジマのインナーサイレンサーが入ってるのだが、直管だったら完全に爆音だよって剛に言われて想像を絶する彩葉。

ただチョークを引いていなければアイドリングは問題なさそうだ。


京香が自分のバイクのSR500を運び出してきた。

これから納車祝いとして、二人でプチツーリングに行く予定だ。


「さて、早速走りに行きますか!教え子とツーリングなんて不思議な感じだわ」


確かに高校生になったばかりの小中学校の教え子とツーリングする教師なんて普通いないだろう…

まぁ、教師と教え子という関係より兄の友人っていう感覚の方が正しいだろう。

彩葉が小学生になる以前から京香とはよく遊んでいたし、担任と教え子から今後はバイク女子のツーリング友達になりそうだ。

女子が通じるのは彩葉だけだが…なんて京香に言ったら殴られそうだ。

新品のヘルメットとグローブをして、FXに跨がろうとしたら京香が「これあげるからかけなさい」と薄めのサングラスをくれた。

彩葉のArai classic modはシールドが付属してない為、完全にオープン状態になってしまう。

バイクを乗る上で目を保護するものを着用しないのは大変危険で走行中に虫が目にぶつかる危険がある、実際にカナブンなどが目に直撃して視力低下や最悪の場合は失明に至るケースもある。


彩葉がサングラスをかけると、小柄で童顔なので大人ぶった子供にしか見えず京香は思わず吹き出して爆笑していた。

彩葉は「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!」と顔を赤くしている。

気を取り直して京香もキックでSRのエンジンをかける、キックスタートはやはりロマンだ。


暖機運転を十分にしたので、2人はバイクに跨った。

京香が前を走るので、彩葉はそれに付いていく感じだ。

京香は彩葉がFXに跨っている姿を見て、どこからどう見てもバイクに無縁そうな可憐で小柄な少女がKawasakiのz400fxに乗っているギャップが凄すぎて自分がギャップ萌えしそうになる。


「それじゃ、行くわよー」


京香はそう言うと、ギアを1速に入れてゆっくり走り出した。

彩葉もクラッチを握り、ギアを1速にいれてクラッチの感触を確かめつつ繋いで発進していく。

目的地は決めてない、当てもないプチツーリング。

バイクってのはそういうのも楽しいものだ。

京香は、細道を抜けて県道64号線を宇治会の交差点の方へ向かう。

宇治会の交差点の信号を左に曲がりフルーツラインを朝日の方面に走っていく。

フルーツラインは、休日でも比較的空いていて天気が良い日はツーリングをしているライダーも結構いる。

京香が少しスピードを上げたので、彩葉も3速で回転数を上げて引っ張り4速にあげて京香についていく。

エンジンを回したときの音が最高に良いと思った彩葉は父・啓司がこのマフラーを気に入っていた理由がわかった気がした。


当てもなくバイクを走らせて気になった蕎麦屋で蕎麦を食べて、また当てもなくバイクを走らせる。

八郷の道を走り回って京香の家のバイク屋に戻ってきた。

剛から「バイクは絶好調かい?」と聞かれたので、笑いながら頷く彩葉。

明日からはバイクで通学と思うとワクワクしてきた。


しばらくすると洸平が仕事から帰ってきた。

彩葉のFXに跨ってる姿を見て「ギャップが凄いな」と笑っている。

彩葉がFXでライダーのスポットに行ったらオジサン達にモテそうだ。

京香が「今日はうちで晩ごはんを食べていって」と言うのでお言葉に甘えることにした。

京香の家の今日の晩飯は、カツカレーだった。

大勢で囲んで食べるのは両親が生きていた時以来だったので久々に家族の食卓って感じでよかった。

そういえば洸平がFXをフェックスと呼んでいたが、聞いてみたところFXの愛称らしい。

晩飯を食べ終えた彩葉は、遅くならないうちに家に帰る準備をする。


京香達に挨拶を済ませると、彩葉はFXのエンジンを始動する。

やはり彩葉とFXのミスマッチ感が否めないが、ここまでくるとギャップ萌えの塊でしかない。

彩葉は「今日はありがとうございました」と言うとスロットルを小刻みに2回吹かし、ギアを1速に入れて走り出した。

京香の家から彩葉の自宅までは7分くらい。

あの可憐な見た目な少女が、漢Kawasakiと呼ばれるバイクで走っていく姿に剛と洸平はキュン死しそうだった。

やばい…既にここにギャップ萌えにやられてる野郎が2人…


彩葉の姿が見えなくなってもFXの音だけがしばらく響いていた、やはり良い音だ…

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