第6話 半クラッチ

土曜日の朝7:00、相変わらず耳障りなアラームで彩葉は目覚める。

今日からバイクの乗り方を教えてもらうことになっているので、早速動きやすい格好に着替える。

バイクに乗る際は、基本的には肌の露出が少ない長袖長ズボンの着用するのが普通だが夏の季節になると半袖でラフに乗っているライダーも見かける。

確かに暑い季節になってくると半袖で乗りたくなるものだが、転倒したり事故に遭った際に大怪我をするリスクが高くなってしまい非常に危険だ。

彩葉は上下水色のラインが入ったジャージにハイカットスニーカーを履き、家を出て玄関の鍵を締めた。


クラクションを軽く2回鳴らす音が聞こえたので、後ろを振り返るとちょうど京香が迎えにきたところだった。

彩葉は「おはようございます」と挨拶すると京香は「おはよう!じゃあ練習場へ行きましょ」と言って京香のBMWの助手席に座った。


目的地に到着すると既に洸平がバイクやカラーコーンを設置して準備が完了していた。

洸平は彩葉にプロテクターを手渡し、安全の為に着用するように言う。

149cmで30kg台後半しかない小柄で細身の彩葉には、プロテクターを調整しても少し大きかった。

肘当てや膝当ては緩すぎたので、洸平が「次回の時に彩葉ちゃんに合ったやつを用意するから今日は無しで」ってことで今回はプロテクターのみで練習する。

準備体操をしっかりして、まずはバイクに跨った時の足つき確認から始まる。


洸平に跨ってみてと言われて彩葉は恐る恐るバイクに跨った、まぁ言うまでもなく足つきは両足の踵が浮いてとても足つきが良いとは言えない。

とりあえず両足のつま先はつくので停車時のシフト操作はできるだろう。

次にバイクの取り回しを確認する。

約200kgあるバイクを押して歩くのは男性でも傾斜があったりすると苦労するものだ。

それを身長149cmで細身の彩葉にはなかなかハードだろう。

しっかりハンドルを両手で持ち、小さい身体で車体を支えながら八の字を描くように押して歩く。

重い…こんなに重い物に父や兄は乗っているのか…

そう思いながら必死にバイクを押し歩く。

3周ほど八の字をやり、今度はバイクを乗る上で重要な車体を転倒させた際の引き起こしの練習だ。

引き起こしのやり方は、倒れた車体の地面側のハンドルのグリップを握りもう片方の手でグラブバーがある車種ならばそこを握る、あとは車体に身体をくっつけて押し歩くイメージで車体を起こしていく。

文面だけ見れば簡単そうに思えるが、コツがわからないと小柄な女性にはなかなか厳しい。

彩葉は教わった通りに車体を起こそうとするが、なかなか起こせない…

何度も試行錯誤をしてるうちに、コツがわかってきたのかなんとか車体を起こすことができた。

彩葉は既に汗だくになっていた、続いて次はセンタースタンドを立てる練習だ。

京香が「スタンドを立てられたら休憩にしよう」と言うので洸平も彩葉も同意する。

センタースタンドを立てるコツは左手でハンドルグリップを持ち、センタースタンドを右足で下ろし車体を水平にして右手でグラブバーを持ちスタンドを下に踏み込む力と手で上に持ち上げる力を同時に勢いよくやる。

まぁテコの原理の要領だ。

彩葉はセンタースタンド立ても苦労したが、全体重をかけ上に持ち上げる最大限の力でセンタースタンドを立てることに成功したので休憩時間を取る。


「1人で引き起こしやセンタースタンドまでよくできたわね!15分休憩の後に早速バイクに乗って発進の練習するわよ」


京香は彩葉の頭をポンポン軽く叩いて、ポカリを差し出す。

貰ったポカリを一気に飲み干した彩葉は両手で顔を叩いて「よしっ!」と気合いを入れた。


15分経ったのでバイクに乗る練習を始める。

まずは周りの安全確認、両手でハンドルを握りサイドスタンドを解除して車体に跨がる、ミラーを調整して右足はステップの上に乗せる。

クラッチレバーを握ってキーをONにしてNランプが点滅したことを確認したら、セルスイッチを押してエンジンを始動させる。

洸平が発進の方法を彩葉に説明する。


「クラッチを握り左足でシフトレバーを下に踏んで1速に入れてスロットルを開けつつクラッチをゆっくり戻していくんだ、走り出したら京香の立ってるところまで行ったらブレーキを軽くかけながらクラッチを切るんだ」


彩葉は「はい!」と返事をして、言われた通りにクラッチを握り1速に入れる。

スロットルを開け、クラッチを戻した瞬間に急にエンジンが止まって「えっ!」と彩葉は焦った。

クラッチの繋ぎ方をミスすると起こるエンジンストールと呼ばれる通称エンストをしてしまう。

洸平がエンストした際は、クラッチを握って再びセルスイッチを押してエンジンをかければいいと説明した。

再びエンジンをかけて今度はエンストしないように少し回転を上げてクラッチを繋ごうと思った彩葉は、自分が思ってる以上に回転があがってしまってエンジンが唸ってしまいビックリしてクラッチを早く戻してしまいまたエンストし、そのショックでバランスを崩して転倒してしまう。

彩葉は「難しいなぁ…」と声を漏らすと、京香が近づいてきて彩葉にアドバイスする。


「最初から上手くできる人なんていないわ、コツは1500回転をキープしつつクラッチを戻して徐々に繋いでいく際にエンジン音の変化をよく聞いてみて」


車体を起こし、エンジンをかけて今度は京香に言われた通りにエンジン音の変化に注目してみる。

スロットル開けつつクラッチを戻して繋いでいくと回転数が落ち前に進み出すのがわかった、洸平が「それが半クラッチ状態だよ!ゆっくり完全に戻して」と言うので彩葉はクラッチをゆっくり完全に繋いだ。

彩葉は発進に成功し京香のいるところまでゆっくりと進んでブレーキをかけつつクラッチを切ってゆっくり停車して左足をつく。

京香はそのまま同じことをあと5回繰り返そうと彩葉に言って再び彩葉はクラッチを繋いで発進して停車を繰り返した。

だいぶクラッチ操作に慣れてきたので、次はシフトチェンジの練習をする。

バイクのMT車は一般的にリターン式と呼ばれるものを採用していて、1→N→2→3→4→5とシフトレバーを下に踏んで1速に入れたらレバーをつま先で上に持ち上げてシフトを上げる。

逆に下に踏んでいけばシフトを下げられる。

洸平から一通り説明を受けて早速練習を開始する。


彩葉はバイクを発進させて練習場を大回りするように走り出した、発進して回転数が上がってきたのでスロットルを戻してクラッチを切りシフトレバーを2速にあげてゆっくりクラッチを繋いで再びスロットル開けて加速していく。

彩葉は思わず口元が緩んで笑みがこぼれる、自分で初めてギアを変えて走らせることができた喜びと感動はMT車の醍醐味と言ってもいい。

練習場の外周を2周くらいして洸平の近くで停車した彩葉に「今度は3速まで上げてみよう」と言った。


彩葉は「わかりました!」と楽しそうに言うと、ギアを1速に入れて走り出した。

短時間で随分スムーズに発進できるようになり、シフトチェンジもさっきよりテンポよくできるようになってきた。

2速から3速に入れてさっきより少し加速した彩葉は「楽しい!」言いながらと目をキラキラさせていた。

何周もしてる間に3速から2速に落とすシフトダウンもスムーズにできるようになり基本はできるようになった。


洸平が「飲み込みが早いな」と呟くと京香が横から言う。


「ほんと誰に似たんだか(笑)流石にバイク好きの血を引いてるってことかしらね」


啓司と蓮がこの光景を見たらどんな表情をするだろうと京香は笑った。

149cmの小柄で見た目が童顔で可愛らしい少女が中型バイクに乗ってるのはなかなかギャップが凄いだろう。

女性がバイクに乗る姿は、男性には真似できない独特な雰囲気があるのは間違いない。

彩葉は減速しながら洸平と京香の横で停車しギアをNにしてエンジンを切った。


「短時間でよくここまで乗れるようになったね!そろそろ休憩にしよう、その後は次の課題をやるよ」


洸平がそう言うと彩葉は愛くるしい笑顔で「はいっ!」と返事をした。

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