第4話 亡き父が残してくれたもの
「いってきます」
そう言うと彩葉は、玄関の鍵を閉めて最寄りのバス停へと向かう。
徒歩で10分くらいのバス停に着く頃に、ちょうどバスが来た。
バスに乗ると見覚えのある人が乗っていた。
「あら?如月さん?」
呼ばれた方に顔を向けるとそこには、小中一貫校時代の校長が乗っていた。
校長に高校はどう?と聞かれたが、昨日が入学式だったからまだわからないと彩葉は答えた。
校長とは羽鳥駅まで一緒だったが、彩葉は電車に校長はタクシーに乗って何処かへ向かった。
彩葉は電車に乗った瞬間にサラリーマンや学生の多さに息苦しくなりそうだった。
今までこんな経験をしたことがない彩葉にとっては、田舎とはいえ茨城の主要路線の常磐線だ。
朝の通勤通学時間には、人がそれなりに乗っている。
こんなツラい思いをしながら5駅先の水戸駅まで行かないとならないのかと思うと嫌になってくる…
電車に揺られること30分ほど経ち、ようやく水戸駅に着いた、ここからまたバスで学校まで向かわないとならない。
彩葉は北口にあるバス停から、学校行きのバスに乗り学校へと向かう。
バスもまた通勤通学者で混雑していた。
車通勤に慣れてる地方民が都内の電車通勤の光景を見て、絶対にこんな環境で通勤などできないと言う人は結構いるが彩葉はその気持ちがよくわかると思った。
学校のバス停にようやく着き、バスから降りた彩葉は深呼吸した。
やっと人混みの通学地獄から解放された…
朝のホームルームまで時間は余裕あるが特に寄り道することもせずに教室へと向かう。
教室に入るとクラスメイト達がLINEを交換したりお喋りしたりと、高校生らしい朝の光景だった。
彩葉も誰かに声をかけてLINEでも交換しようと思ったが、朝の通学で気疲れしてそんな気分になれなかったのでさっさと自分の席に座った。
担任の新庄が来て「皆さん席についてください!」と言うと生徒達が一斉に席につく。
出欠が終わると、1時限目の準備をした。
2時限目、3時限目とあっという間に終わり、昼休みとなる。
昼飯は、お弁当か売店で購入して食べるっていう形になるが学校の売店というものが気になったので彩葉は買いに行くことにした。
この学校の売店で売られてるメンチカツバーガーが人気らしいが、売店に着いた頃には完売していた。
「嘘でしょ、昼休みになってまだ数分しか経ってないけど…」と呆然としてしまった。
とりあえず他のパンを買って牛乳瓶を1本買って教室に戻る。
次はメンチカツバーガーを買ってやる!と思いながら昼食を済ませると、昼休みが終わるチャイムが鳴って午後の授業が始まった。
6時限目も終わり帰りのホームルームで担任の話を簡単にされて下校となる。
彩葉が教室を出ようとしたら、クラスの男子の一部の面子が原付の免許について話していた。
「俺さー?誕生日もうそろそろなんだよねー、原付の免許取って原付通学しようかなと思ってさー」
彩葉は思わず歩く足を止めた。
原付バイク、正式名称が原動機付自転車と呼ばれる排気量が50cc以下のバイクで免許の費用も安く1日で取得ができる為、高校生に人気のある免許だ。
彩葉は校門のところに行くと、1台の原付バイクが彩葉の横を走り去っていく。
彩葉の通う高校は、校長の趣味がバイクということもあり原付バイクの使用を申請を出さなくても許可している。
とりあえずバイクなら小中一貫校時代の担任である京香に頼めば、バイク屋を経営してる京香の父がなんとかしてくれるだろう。
彩葉は、小走りでバス停へと向かった。
バスに乗って行き同様に、今度は水戸駅へ向かう。
朝はサラリーマンやOLがいたが時間はまだ16時くらいなので、社会人達はまだ仕事の最中なのでバスの中は学生がほとんどだった。
水戸駅に着いて電車に乗り継ごうと歩いてるとグッドタイミングと言わんばかりに京香から着信が入った。
『もしもし?彩葉ちゃん?今、赤塚駅付近にいるんだけど学校終わった?』
彩葉は、「終わりました」と伝えると京香が赤塚で電車を降りてくれれば家まで送ると言ってくれた。
ちょうど用事があったので彩葉からしたら好都合だった。
電車に乗って赤塚で降りると、京香が待っていた。
「お疲れ様!彩葉ちゃん!さぁ送るから乗って」
京香がそう言うと2人は車に乗り込む。
彩葉はバイクについて話してみた。
「京香先生…原付バイクが欲しいと思うのですが?私でも乗れますかね?」
京香は驚いていた、まさか彩葉からそんな言葉が出るとは思うはずもないからだ。
「急にバイクなんて驚いたわ!通学の為に欲しいってことかしら?それならうちのバイク屋に原付ならいくらでもあったはずよ」
そう言うと京香は、バイク屋をやってる自分の父親のところに彩葉を連れて行くことにする。
車を40分ほど走らせると京香の実家のバイク屋に着いた、店内に入ると京香の父である剛がバイクの整備をしていた。
「父さん、ただいま!可愛らしいお客さんを連れてきたわよ」
剛は整備をしていた手を止め京香の方に視線を向けて言う。
「おう、おかえり!…って!お客さんってまさか彩葉ちゃんかい!?」
彩葉はペコリと会釈をして「原付を見せて欲しいのですが」と言うと、剛は原付を4台用意してきてくれた。
「うちにあるのは今はこの4台だな、通学で使うのかい?ただこの4台は新車と新古車だからそれなりに値を張るぞ?」
値段を見たら数十万と書かれた紙が貼られていた。
とてもじゃないが買えない…
原付だから中古で数万も出せば買えると思ってたから、こんなに高いものだと彩葉は思ってなかった。
やっぱり原付は無理かと思って周りを見渡していると棚にある写真に目に留まる。
写っているのは、若い頃の彩葉の父・啓司だった。
赤いタンクのバイクと一緒に良い笑顔で写っていた。
写真に釘付けになっていた彩葉に剛が言う。
「それは君の父ちゃんの若い頃の写真だ!俺とツーリングしてた時に俺が撮ったんだよ。あの写真に写ってるバイクあるけど見るかい?」
彩葉は「えっ!?」と言いながら剛の顔を見たあとに、見たいですと言うと剛は外にあるガレージに向かった。
シャッターを開けるとそこには、しっかり整備され磨かれてビカビカのKawasakiのバイクが停まっていた。
ファイヤークラッカーレッドと呼ばれるカラーでサイドカバーにはz400fxと書かれている。
このバイクは彩葉が生まれた時に、しばらくバイクから離れて子育てに専念するってことで元暴走族仲間で親友の剛に啓司が預けていたものだった。
剛は彩葉に啓司が仕事の事故で病院に搬送されたあとに、亡くなる間際までかろうじて意識があった啓司は病院に駆けつけた剛に「俺が死んだら預けたバイクは息子達がバイクを求めてきた時に渡してやってくれ」と啓司が振り絞った声で伝えてきたという。
それから少ししたあとに容態が急変し啓司は50代の若さで息を引き取った。
剛から話を聞き、自分達の為に大事にしてきたバイクを残してくれたことを知った彩葉の目から大粒の涙がこぼれた。
そして剛に彩葉は言った。
「このバイクに乗りたいです!こんなチビな私でも乗れますか?」
剛は彼女の本気で乗りたいと思う気持ちが伝わってきたのか「バイクは身長や力じゃねぇ、乗りたいって気持ちだよ」と彩葉の背中を押してやった。
このバイクは排気量が400ccなので普通二輪免許が必要になってくる、免許取得するのにもお金がかかる為それも3人で考えていかなければならない。
だが目標はできた!
それを考えてる時が一番楽しいものだ。
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