第2話 転勤

「兄さんに頼みたいことって?」


京香には蓮が何をしようとしてるのか何となくわかっていた。

もう長年の付き合いだ、言葉を交わさなくても雰囲気などで察してしまうものだ…


「洸平さんは教習所に勤めてるんだよな?そしたら教習車の400を1台練習用として借りてきてもらいたいんだ。」


京香は「はぁ!?」と驚きを隠せなかった。

予想外すぎる発言に京香も戸惑った。


「教習車を持ち出してどうするつもり?修理して乗るつもり?それとも誰かを個人的に練習させるつもりなの!?」


蓮は少し考え込むように答える。


「彩葉は俺が転勤でしばらく家からいなくなったら移動の足がなくなる…そうなったら自ずとバイクが必要になってくる、幸いにもアイツは4月2日で16歳になるから免許が取れるからな。」


まさか蓮が考えてたことが妹の彩葉に自動二輪の免許を取らせ移動の足の確保をしてもらうことだった。

だが、バイクは車と違い生身で乗るもの。

事故に遭えば命を失くす恐れのある乗り物に彩葉が果たして乗るのだろうか?そう思った京香は蓮に口調を強くして言った。


「彩葉ちゃんにバイク!?流石に足を確保させる為に蓮の考えだけで乗せるのは危険すぎるわ!私はどちらかと言えば反対よ!それに移動の手段なら他にもあるわよ!彩葉ちゃん自らバイクに乗ってみたいと言うなら話は別だけど本人が乗りたいと思ってるかもわからないのに…」


結局バイクに乗るか乗らないか決めるのは彩葉だ。

自分達だけでいろいろ決めても意味がない、それでも蓮は自分なりに何か妹にしてやりたいとの思いで考えたことだ。

そんなことは京香にだってわかっている。

京香はとりあえず兄の洸平には伝えておくと言って、改めてこの件については話し合おうってことで今日はこれで解散となった。


蓮が家に帰ったのは20時頃だった。

彩葉はリビングでTVを観ていたが、帰ってきた蓮を見てとりあえず「おかえり〜」と言う。


「彩葉、大事な話があるんだが今いいか?」


彩葉は「うん、大丈夫だけど」と言うと、蓮は転勤になったことやこれからしばらくお互い1人暮らしになることを話した。

とりあえずバイクの件については話さなかった。

あれは蓮の勝手な考えであり、京香に言われて改めて冷静に考えてみるとリスクが大きいと思えてきた。

彩葉は話を聞かされて、少し困った様子だったが大人には大人の事情があり仕事となれば仕方ないことと考えるようにした。

自分も社会に出て働くようになったら同じ状況になることもあるんだろうと思って、蓮には「しばらく1人で頑張ってみる」と言った。

蓮は、知らない間に考え方も大人になり成長している妹を見て嬉しいような寂しいような感情になったが、妹が頑張ると言ったなら何も言わず信じてみてもいいだろう。

蓮の携帯が鳴った、京香からだった。


『もしもし、私だけど…兄さんに話してみたらバイクを1台借りるのは可能らしいわ。でも練習するのはあくまで彩葉ちゃんだから彼女の意思でバイクに乗りたいってならないと意味がないと言ってたわ。どうするの?蓮』


しばらく黙り込んで考えたあとに蓮は言う。


「それなら彩葉が自分から乗りたいと言ってきた時にサポートしてやって欲しい、その時には俺は転勤先にいるだろうからな」


京香は「わかった」と言うとしばらく話したあとに電話を切った。

蓮は自分の部屋に向かおうとすると彩葉は先に自分の部屋で既に就寝していた。

明日は卒業式だしそろそろ寝よう。


次の日、卒業式は校長と担任の京香と親代わりの兄の蓮と彩葉の4人だけで行われた。

こんな小規模の卒業式もなかなかレアなのでは?と笑い話をしていた。

卒業式と言えば体育館で在校生からの贈る言葉や卒業生によるスピーチなどが恒例だが、この小中一貫校では卒業するのは彩葉だけだ。

なんだか寂しいような物足りないような卒業式だけどこれもまた青春の1ページってやつだろう。

彩葉はこれで義務教育を終え、4月からは晴れて高校生となる。

校長や京香と9年間の思い出話を楽しんだ彩葉は最後にお世話になった校舎に一礼し、彩葉の卒業と同時に役目を終えた小中一貫校を後にする。


「9年間よぉ、生徒は彩葉1人だったけど楽しかったか?」


蓮はずっと1人で学校生活を送る彩葉がどんな気持ちだったのか気になって咄嗟にこんなことを聞いてしまったが、彩葉は「めちゃくちゃ楽しかったよ」と満面の笑みで答える。

京香が常に勉強を教えてくれて、休み時間には遊んでくれたと嬉しそうに話す彩葉を見て感極まったのか蓮は涙を浮かべた。

これからは兄妹それぞれ1人で頑張らなければならないが、頑張らなければならないのは自分だなと蓮は思った。


彩葉の卒業式からあっという間に4月になり、蓮が転勤先の山梨に旅立つ日がやってきた。

彩葉の家には、京香、京香の兄の洸平、バイク屋をやっている京香の父親が蓮の見送りにきていた。


「それじゃ行ってくる、みんな元気でな!」


そう言うと愛車のZ750FXに跨がり、山梨に向かって走り出した。

彩葉は蓮の姿が見えなくなるまで手を振っていた。

京香の父親がバイクで走っていく蓮を見て笑っていた。


「あの悪ガキだった蓮が、立派になりやがったじゃねぇかよ。死んだあいつの親父の啓司も喜んでるだろうよ」


京香の父親の剛と蓮や彩葉の亡き父の啓司は、若い頃は暴走族の総長と副総長として昔はやんちゃばかりしていたという。

喧嘩の腕も相当だったとか?

そんな父親を持った蓮や洸平も当然、不良の道へ進んだわけなんだが…


これから彩葉の1人暮らしがスタートする。

大変なことばかりになるだろうが、それもまた長い人生を生きていく為の試練だと思えばいいんだ。

彩葉はとっくに前を向いて進もうとしている。


今日は4月2日、彩葉の16歳の誕生日。

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