2-6.喧嘩で高ぶる問題教師
「おーい、授業を始める前に1回集合してくれー。今日は特別ゲストを紹介するぞー」
週が明け、明音はスポーツ用品店でセールをしていた時に買ったお古のジャージを身に着けて長谷川先生の授業にお邪魔することになった。
熊騒ぎの一件もあるのでしばらく休校になるのではと思っていたのだが、問題となっていた大人熊は私たちの手によってもう捕らえられたし、他に熊の目撃情報もないので無事授業が再開されることになった。
今日が今週に入って最初の授業になるのだが、久しぶりの授業ということもあって心なしか生徒たちの顔も明るい。
だが、明音には1つの懸念事項が残っていた。
連合に届けられた予告状ではこの学校に魔物を送り込むと書かれていたのだが、もう予告期限を過ぎているというのにその気配が一切ない。
単純に考えればあの予告状はいたずらで、連合はその嘘に振り回されただけになるのだが、それが100%嘘であると断言できるまでは気を抜かずに行きたいところだった。
「えっと、もう知っている人も多いと思うけど一応自己紹介しておきます。教育実習生としてこの学校にお世話になっている、武田明音です。今日は長谷川先生にお誘い頂いて授業にお邪魔することになりました。よろしくお願いします」
この学校に居られる時間はあと1週間ぐらいしかないが、その間は魔物が出たとしても私が全力で守っていくつもりだ。
そして、この学校を守ってくれる魔法少女達は他にもいる。簡単な挨拶を終えて顔を上げてみると、そこには彼女たちの姿があった。
魔法少女『フラワーズ』のメンバーであり、近接戦闘を得意としている
幸田と篠宮は隣同士で座りながら何やらひそひそと噂話をしているようだが、羽賀は誰ともつるまずに1人でポツンと座っているのが少し気になる。
羽賀は平日休日問わず任務に引っ張りだこなので学校にはあまりいけていないみたいだし、誤解されやすい性格でもあるので仲のいい友達はあまりいないのかもしれない。
そんな彼女を見ていると、明音の心の中にはなんとかしてあげられないだろうかというおせっかいな気持ちが芽生え始めていた。
「なぁ、羽賀ちょっと聞いていいか。俺さぁ、この前羽賀が空を飛んでるところ見たんだよね。お前って一体何者なの」
武田教官(ここでは武田先生と呼ぶべきなのかもしれない)のあっさりとした挨拶が終わり、長谷川先生のどうでもいい小話も終わったので軽いウォーミングアップをしていると、クラスのお調子者らしき人に声をかけられる。
あまり他の人に興味がないので名前は覚えていないが、何度か教室内ですれ違ったことがあるような気もするのでおそらく同じクラスメイトなのだろう。
最初は何のことかとしらばっくれるつもりだったが、あまりにもしつこく聞いてくるので適当に肯定してしまった。学校には自身が魔法少女であることは公表しているし、正体を明かしたとしても大して問題にはならないはずだ。
私が魔法少女であることを知った彼は何やら興奮している様子だったが、もう何年も魔法少女やってきている私にとっては心底どうでもよかった。
「ならさ、少しでいいから魔法を見せてくれねぇか。俺、魔法少女の人と喋るのはこれが初めてでよ。他の奴らには絶対秘密にするから」
「そんなことするわけないじゃん。連合でも無暗に魔法を使うことは禁止されてるし、邪魔だからあっち行っててくれない」
「れんごう? よく分かんねぇけど、別に減るもんじゃないんだしいいだろ。この前は遠目でしか見れなかったし、な」
な。と言われても彼に魔法を見せてあげる義理はない。羽賀は首から下げているペンダントを無意識に触りながら、丁重にお断りしておく。
このペンダントは魔力を吸収する素材でできていて、無暗に魔法を使わせないようにと連合から課せられた足枷でもあるのだが、彼から発せられたその一言に羽賀はそのペンダントを引きちぎりそうになっていた。
「…………ねぇ、いまなんて言った」
「いきなり怒んなって。今日は体操服を着てるんだから人目を気にする必要もないって言っただけだろ。だからなんだって……あっ、やべ。やっぱ今のなし」
あれほどしつこく私の後を追いかけまわしていたにもかかわらず、彼は急に態度を翻してその場を後にしようとするが羽賀はそれを許さない。
彼は、私が空を飛んでいる所を見たと言っていた。ある程度距離はあったようだが、それでも私の顔を視認できるぐらいには近かったのだろう。
なぜ彼が私の服装を気にしていたのか最初は分からなかったが、今なら分かる。
あまり思い出したくない記憶なのであえてぼかすが、私はその時学校指定のスカートを履いていた。
「こっっの!」
羽賀は恥ずかしさのあまり頭の先まで茹で上がり、近くに落ちていたバスケットボールを拾い上げて彼に向って思いっきり投げつける。
しまったと思うがそれはもう遅く、ボールをぶつけられて地面に倒れ込む彼の姿まで想像できていたのだが、幸いにもそのボールは武田先生の手によって叩き落とされており、彼の元に届くようなことはなかった。
「はーい、そこまで。なんでこんなところで喧嘩してるんだか。羽賀さんも相手の同意も得ずにボールを投げつけるのは反則だからね。喧嘩するならもっとスポーツマンシップを持ってやること」
「いや、先生違うんだ。これは俺が変なことを口走ってしまったからで、羽賀が一方的に悪いってわけでは……」
「ふーん、そうなんだ。まぁそんなことどうでもいいんだけど、そこの君ちょっとこっちに来てくれない」
「え、まぁいいですけど…。一体なんなんっすか」
なんだかよく分からない怒られ方を武田先生からされたが、彼を体育館の隅に連れて行った時の横顔を見ているとなんだか嫌な予感がしてならない。
武田隊長とはこれまでに何度か任務を共にしてきたし、手放しで尊敬できる先輩でもあるのだが、気を抜いたらすぐに子供みたいなことをしてくるどうしようもない大人でもあった。
「なぁ、やっぱり俺はお前を許せねぇよ。武田先生が居てくれたからよかったけど、もしあのボールが俺に当たってたら絶対に怪我をしていたと思う。だから、俺と勝負してくれないか」
「…………は?」
その予感は的中したというか、もはや確約されているようなもので、私の元に戻ってきた彼はいきなり私に喧嘩をふっかけてきた。
確かにさっきの行いに関しては私にも非があるし、私も謝らなけれならない所はあるのだが、その隣でにやにや顔を浮かべている武田先生の姿を見ると心底腹が立つ。
彼に対して何かしらよからぬことを吹き込んでいるのは雲を見るよりも明らかだった。
「それじゃ、松本君もこう言ってるみたいだから今回の喧嘩はバスケットボールの試合で決めるってことでいいかな。いやー、子供の喧嘩ってなかなか手間がかかりますな」
「それにしてはやけに嬉しそうですよね、
「ん-、別に気のせいじゃなーい。ルールは5on5で先に10点入れた方が勝ち。勝負は10分後に始めることにするから、それまでに人を集めておいて。私は長谷川先生にこのことを話してくるから」
そう言って、武田先生は私たちにひらひらと手を振りながら長谷川先生の元に許可を取りに行く。あの人は筋肉馬鹿だし、試合形式で練習をしたいから体育館を半分使わせてくれと言えば喜んで差し出してくるだろう。
ダメ元で松本と呼ばれていた彼に謝罪をしに行くが、案の定こっちの話は全く聞いてくれずにお互い頑張ろうとしか返ってこなかった。もはや会話にすらなりそうにない。
結局、羽賀は全く人の話を聞こうとしない2人に諦めを覚え、このぐだらない勝負に付き合ってくれそうな人を探して体育館内を彷徨うことになった。
酒飲み魔法少女は夢を見る 桜花 @ouka391
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