2-3.思わぬ加戦
腰に負担をかけながらもやっとのことで午前中の授業が終わり、明音は職員室にある自席へと戻って大きく新びをする。
この学校には教育実習生として来ているので授業中は生徒たちと同じように椅子に座って授業を受けていたのだが、ただ座っているだけの時間がこれほどまでに辛いものだとは思ってもいなかった。
連合でも魔法少女としての立ち振る舞いや規則について教えるときもあるのだが、今度やるときは少し改善する必要がありそうだった。
「おぉ、きみが噂の実習生か。どうだ、実際に授業を受けてみて何か得られるものはあったか」
今度から座学の授業をするときは途中で小休憩を取ってあげた方がよいだろうかと考えていると、たまたま近くを通りがかった先生に声をかけられる。
校長先生から他の先生たちに紹介してもらった時に軽く挨拶を交わしていた人で、確か名前は
とても豪快に笑う人で、生徒の面倒見もよさそうな印象だった。
「えぇまぁ。私が学生だった頃は気づけませんでしたけど、皆さん生徒が飽きないように工夫をしながら授業をされてるんですね。私もあんな風にできるようになればいいんですけど」
「おっ、いきなりいい所をついてくるじゃないか実習生。大丈夫、きみならすぐできるようになるさ。生徒の受けもいいみたいだし、これは将来大物になるかもしれないな」
長谷川先生の豪快な笑い声に合わせて周りの先生たちもくすくすと笑っているが、不思議と嫌な気持ちにはならない。他の先生達も温かい目で私のことを見てくれている。
ここで働いているわけではないので労働環境についてまでは分からないが、少なくとも過ごしやすい職場であることは間違いなさそうだった。
「そういえば、武田先生はお昼買ってこられましたか。昔は給食が出てたみたいですけど、生徒の数も減ってきて今ではみんなお弁当を持ってきてるんですよ」
「あー、そうなんですね。困ったなぁ……、この学校ってお昼ご飯が買えたりできる場所ありましたっけ。昔のことだからかどうも記憶が曖昧で……」
「ちょっと、若いんだからしっかりしてくださいよ。私が卒業したのはもう何十年も前ですけど、購買部は昔からありましたよ。焼きそばパンが美味しいからって、みんなで取り合いになってたじゃないですか」
「あー、そういえばそうでしたね。何も買ってきてなかったんで、ちょっと買いに行ってきます。昼休みが終わる頃にはちゃんと戻ってくるようにしますから」
都立の学校で給食が出ないのは珍しいなと思いつつ、このままだと明音がこの学校出身ではないことがバレそうなので急いで席を立つ。
昨日寝る前に軽く調べたのだが、教育実習を行うのは原則的に自分が通っていた学校で行うものらしく、もし明音がこの学校出身じゃないことがバレたら面倒なことになる可能性が高い。
母校が廃校になってしまって……などと嘘をつくのは容易いが、この人たちにはなるべく無駄な嘘をつきたくないのが正直な所である。
なるべくこの学校について知っておくためにも、明音は購買部へと向かうついでに校内をぶらぶらと歩き回ることにした。
校内をしばらく歩いてみた結果、どうやらこの学校は部活動にかなり力を入れているらしいということが分かった。
中庭では吹奏楽部の子たちが楽器ごとに集まって音合わせをしていたり、どこかで走り込みをしているのか掛け声のようなものがあちこちで聞こえてくる。
もう昔のことなので明音にはその青春が分からなくなってしまったが、楽しそうにしている子供たちを見ているとなんだか気持ちがよかった。
「……あれ、隊長? なんでこんな所にいるんですか」
時間に余裕もあることなので木陰のベンチに座ってぼーっと生徒たちを眺めていると、たまたま通りがかった生徒に後ろから声をかけられる。
校内を歩いている間にも物珍しさから何人かの生徒に声をかけられたりもしたので急に声をかけられるのにはもう慣れたが、何だか聞き覚えのある声だなと思いつつそちらの方を振り向いてみると、そこには見知った顔があった。
「ん? ……あれ、幸田さんじゃん。びっくりしたぁ、なんでこんなところにいるの」
「何でってここ私の学校ですよ。……もしかして噂の教育実習生って隊長だったんですか、道理で騒ぎになっているわけだ」
紙パックから牛乳を飲みながら話しかけてきた彼女の名前は
男勝りな性格をしている彼女は動きやすいようにズボンを履いて連合に来ていたのだが、そんな彼女が髪をくくらずに肩まで下ろしてセーラー服を着ている姿はなんだか新鮮な感じがした。
「えー、私ってそんな有名人になってるの……。まぁそれはいいとして、幸田さんも薄々感づいているとは思うけど、ここには任務できてるの。念のためざっと説明しておきたいんだけど、どこか人気のない場所ってない?」
「ん-、今の時間やろ。どうやろう……、校舎裏とかだったらあんまり人居ないかも。まぁ校舎裏だから誰か告白してたりするかもしれんけど」
「若いねぇ。その時は静かに場所を変えるよ。とりあえずそこまで案内してくれない。一応説明はするけど元々はあたしの任務だし、気楽に聞いてくれて構わないからさ」
まさかこの学校に知り合いがいるとは思っていなかったので少し恥ずかしい気持ちになるが、彼女には今回の任務について伏せておく必要はないし、もしかしたらどこかで手を借りることになるかもしれない。
明音は幸田に人気のない場所まで連れて行ってもらい、誰も見ていないことを確認してから連合に届けられた予告状について簡単に説明をすることにした。
「えっ、篠宮さんと幸田さんって幼馴染だったの。道理で昔から仲が良かったわけだ。……そういえば岸田さんはこの学校じゃないの」
「残念ですけど、あの子とは魔法少女になってからの知り合いなんでこの学校にはいないんですよ。たまに遊びに行ったりはしますけど、最近はあまり会えてないんですよね。中学校に入ってだいぶ忙しくなっちゃったみたいで……」
今回の任務についてざっくりと説明を終えたのでそのまま他愛もない話を続けていると、幸田と同じ『フラワーズ』に所属している
彼女は剣道部に入っており、最近は県大が近いので毎日のように部活動に勤しんでいるらしい。篠宮さんが魔物と戦う時はいつも木刀を持っていたし、彼女が剣道部に入っているのは納得である。
3人いる『フラワーズ』の内2人がこの学校に通っているのであればもう1人の
年齢的にいえば岸田は中学1年生で、幸田たちとは違う学年になるのだが、話を聞く限りだと2人には仲良くしてもらっているようで、彼女たちを監督する立場としては少しほっとした気持ちだった。
「それにしても、誰が学校に通っているとかの情報って連合で管理とかされてないんですか。この学校、私たちの他に羽賀さんも通ってまっすよ。あんまり学校には来れてないみたいですけど」
「あっ、そうなの。今はプライベートとか色々あるからね、連合としてはあまり情報を外に出したくないのよ。けどあんたたちがいるんだったらわざわざ私が出張ってくる必要なかったかもね。最初から2人に任せておけばよかった」
幸田から聞いた情報をまとめると、この学校に通っている魔法少女は全部で3名。『フラワーズ』所属のダリアとローズ、そして現役最強で黒バラという名前で活躍している羽賀かおり。明らに戦力過多だ。
だが、今回の任務に対して彼女たちの力を借りるつもりは全くもってない。
いざという時は彼女たちにも協力を仰ぐかもしれないが、ここはただの都立中学校。彼女たちは勉強するためにこの学校に通っているわけで、ここではただの生徒である。
魔法少女は常に危険と隣り合わせでいつ命を落としてもおかしくない職業。ただ適性があるからという理由で魔法少女になり、日々魔物と戦い続けている彼女たちには、学校に通っている間だけでも平和な時間を過ごしてほしかった。
「ほら、そろそろ予鈴がなるからさっさと自分の教室に帰んな。もしかしたら体育の授業で私がいるかもしれないけど、その時は隊長じゃなくて先生って呼ぶように」
「お、それなんだか本物の先生っぽい。分かった、なるべく先生って呼ぶことにするよ。……お願いだから連合にいるときみたいなメニューにはしないでよ」
「さぁ、それはその時によるかも。私は幸田さんの運動神経の良さを知ってるし、あまりにも手を抜いているようだったらちょっと考えるかもね」
「ひどい! これでも私が魔法少女だってバレないように気を付けながら生活してるんだよ。少しぐらい大目に見てくれてもいいじゃんか」
明音は隣で顔を膨らませている幸田をさっさと教室へと帰らせ、スーツについた埃をさっと払って自身も職員室に戻ることにする。
まだあの予告状を出してきた人物については何も情報を掴めていないが、この学校に3人も魔法少女が通っていたことは嬉しい誤算だ。どんなに大量の魔物が襲ってきたとしてもまずこの学校に被害が出ることはないだろう。
そんなことを考えながら職員室へと戻って次の授業の準備をしていると、また長谷川先生に声をかけられる。まだこの学校に慣れていないということもあってか、彼なりに色々と気にかけてくれているらしかった。
「武田先生、さすがですね。さっき窓から見えてたんですけど、3年の幸田と仲良さそうに歩いていたじゃないですか。どうやって仲良くなられたんです」
「いや、そんな持ち上げないでくださいよ。実は幸田さんとは前からの知り合いでして、久しぶりにどうでもいい話をしていただけですよ。今のクラスはどう、とか。ちゃんと勉強についていけてるかー、とか」
「おぉ、そうでしたか。それはいい心がけですな。幸田は他の女子と比べても運動神経がいいですし、他人に優しくできるいい生徒ですよ。味方を頼らずに個人プレーに持ち込みがちな所もありますが、それも彼女の個性なんでしょうな」
午後になって元気が有り余っているのか幸田のことについて語り始めた長谷川先生はさておき、明音はとても重大なことに気が付いてしまう。
なぜ自分が職員室で休憩をせずに校内を歩き回っていたのか、目的を見失っていた。
明音はお腹の虫が鳴りだしそうになっているのを必死に抑えながら、長谷川先生の熱弁に対して適当に相槌を打っておく。
今から購買部へと向かおうにも場所が分からない上に次の授業が始まるまで十分程しかない。運よく昼飯を買ってきたとしてもそれを食べる時間はもう残っていないだろう。
結局、明音は腰痛や眠気に加えて空腹も我慢しながら夕方までの授業を受け続ける羽目になってしまった。
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