2-2.都立中学への潜入捜査
「今日からこのクラスでお世話になることになることになりました、武田明音です。担当する教科は体育になってますけど、簡単な内容であれば他の教科でも答えられると思うので気軽に質問してください。短い期間にはなりますがよろしくお願いします」
明音は朝日ヶ丘中学校の生徒の前で軽くお辞儀をし、簡単に自己紹介を済ませる。
朝なのにもかかわらず誰も机に伏せて寝たりせずにこちらに目を向けてくれているのは正直嬉しい。
明音がまだ中学生だった頃はほとんどの授業を寝て過ごしていたような気もするが、さすが都立の進学校といったところだろうか。明音は自分の生徒達でもないのに勝手に感動してしまう。
いつもは教官として魔法少女たちの教育を行っている明音がなぜ都立中学校の教壇に立っているのかというと、それは連合宛に届いた一通の手紙から始まっていた。
「……というわけなんだが、武田くんはその手紙を見てどう思うかね」
「どうって言われても……、これだけじゃ判断できないですね。いたずらにしては凝りすぎてるようなっていうのが正直な感想です」
明音は連合の頭脳とも言える参謀総長に放送で呼び出され、出合頭に一通の封筒を渡される。
その封筒には新聞の文字を切り貼りして作られた、一種の予告状のようなものが入れられていた。
「『今から1週間後、朝日ヶ丘中学に魔物を送り込む。彼らを救いたくば魔法少女を派遣せよ』。これって都内にある普通の学校ですよね。あの激安で美味しい焼き鳥が食べられる居酒屋の近くにある」
「……きみが言っている居酒屋がどこのことかは分からんが、おそらくそこだ。他の者に調べさせたんだが朝日ヶ丘という名の学校は全国に一校しかないそうだ。まずその学校が狙われているとみて構わんだろう」
どうやら参謀総長はこの予告状は本物であると考えているらしく、学校に魔物が出の対応について相談するために私をここに呼んだらしい。明音はもう一度その予告状を読み直してみる。
予告状には1週間後に魔物を送り込むと書かれているが、正確な日付は書かれていないしその約束が守られるという保証もない。魔法少女にはこの騒動が落ち着くまでその学校に潜入してもらう必要があるだろう。
そして問題なのは送り込まれてくる魔物の強さについてだ。相手の実力がはっきりとしていない以上、ある程度実力を持っている人を派遣させなければならない。
最近、単独で行動するはずの魔物が一度に複数体出没する事例が多発しており、連合では何者かが魔物を操っているのではないかと調査を行っていたのだが、まさかあちらから顔を出してくれるとは思ってもいなかった。
「とりあえず今すぐにでも魔法少女をこの中学校に派遣する必要はあると思います。念のため2,3週間ぐらいは見ておいた方がよいかと」
「あぁ、それは私も同感だ。しかもこの任務は何が起きるのか分からない不安要素もある。それらを踏まえた上で私はこの任務に最適な人を派遣するべきだと思っているのだが、どうかね」
明音はその言葉を聞いてなんだか嫌な予感がした。
なぜ参謀総長が訓練時間中にもかかわらず私を呼び出したのか、今なら分かる。参謀総長はこの任務を私にやらせるつもりでここに呼んでいるらしかった。
「ちょっと待ってください。まさかその任務を私にやらせようだなんて思っていないですよね。私が中学生に変装できるわけがないでしょ」
「だろうな、それは期待してないよ。ところで、風の噂で聞いたんだが武田くんは教育免許を持っているそうじゃないか。生徒としてではなく教員として潜入する方が都合がいいとは思わんかね」
「悪かったですね、無理があって。確かに大学で取れる機会があったので持ってますけど実際に教えたことはないんですよ。私より他の子を派遣させた方がよくないですか」
「それだと彼女たちを朝日ヶ丘中学に転入させる手間がかかるだろう。長期間ならまだしも短期間の潜入なら教師として……、いや教育実習生の方が都合がいい。他の者を派遣するよりも武田くんが潜入した方が色々と都合がよいと思うのだが、どうかね」
どうかねと言われても、明音にはそれを言い負かせるほどの知能がないので口を紡ぐしかなくなる。この人に対して口で勝てるはずがない。
結局、明音は参謀総長に言い包められる形で任務を受けることとなり、部屋を出された数時間後にはリクルートスーツを求めて街を歩き回る羽目になった。
「それじゃ、武田先生の挨拶も終わったことだし……。まだちょっと時間があるから武田先生への質問タイムってことにしようかしら。誰か武田先生に質問ある人」
参謀総長への愚痴はさておき、明音は翌日には教育実習生として朝日ヶ丘中学に潜入することとなった。
情報漏洩を避けるためにも明音が魔法少女であることを知っているのはこの学校の校長だけであり、このクラスの担任である藤田理恵子先生にも伝えていない。
今も私の緊張がほぐれるようにとホームルームの時間を削って雑談の時間を設けてくれている。生徒の反応を見ても藤田先生がどれほど生徒たちから慕われているのか分かる。
任務としてこの学校に来ているので身分を隠しているのは仕方のないことなのだが、そんな藤田先生に嘘をついているようでなんか申し訳なかった。
「ん-、じゃあはい! 先生って結婚してるんですか」
「残念だけど結婚はしてないね。いつかできたらいいなーとは思ってるんだけど、なかなかいい人と巡り合えなくて……」
朝から元気よく手を上げたその男の子は悪気のない笑顔で中学生らしいベタな質問をしてくる。お年頃の子にとって恋愛話に興味を持つのは当たり前なのかもしれない。
しかし、その質問は明音にとって心を傷つける質問でもあった。
「えっと……、じゃあいま彼氏さんとか居たりとかしますか。居なかったらどんな人と付き合いたいですか」
「……彼氏はいま居ないかな。少し前には居たんだけど振られちゃいました。好きなタイプに関しては恥ずかしいからノーコメントで」
同じ子が立て続けに質問してきたがそれも似たような質問だった。もしかしたら彼氏はいるけどまだ籍を入れてないだけなのかと思ったのだろう。もしそうだったらどんなによかったことか……。
生徒の前に立っている立場なのでなるべく顔には出さないようにしているが、彼の純粋な質問は明音の心をズタボロに引き裂いていった。
「…………つまり行き遅れ?」
「おい、誰だいま行き遅れって言ったやつ表出ろ!! 私がどんな思いで日々を過ごしているのか小一時間ほど語りつくしてやろうか!!」
結果として、この教室に馴染みやすいようにしてくれた藤田先生の計らいは大成功だったといえよう。
明音は教室の中で誰かがポツリと言った言葉に思わず反応してしまい、声を荒らげる。その反応を面白がった生徒たちは気兼ねなく話しかけてくれるようになった。
藤田先生には生徒相手に大きな声を上げるのはどういうことなのかときっちり怒られたが、生徒が誰も怖がっていたなかったので今後は絶対にしないようにと厳重注意だけで済んだのは運がよかったのかもしれない。
学校に来た初日から先生に怒られた教育実習生がいるという噂はみるみる学校内へと広まっていき、潜入捜査でできるだけ目立たないようにしなければならない明音は一躍有名人になってしまっていた。
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