2-1.最強の魔法少女

「ほらそこ、ちんたら走ってないでちゃんと走る。次喋りながら走ってたら罰としてスクワット30回だからね」

 赤名島での任務が終わってから数ヵ月後、明音は連合内にある小さな訓練所で後輩の魔法少女達に魔物グールとの戦い方や魔法の使い方について教えていた。

 連合に所属している魔法少女は10歳から18歳ぐらいの少女が大半で、20歳になっても魔法少女を続けている人はほとんどいない。中学に入学してから16年以上も魔法少女をやっている明音の存在は異例中の異例といえよう。

 なぜ魔法少女が生まれてきたのか、そしてなぜ突然魔法が使えなくなる日が来るのか。魔物グールや魔法少女については分からないことの方が多いが、それを研究するのは第6部隊の仕事なので別に気にしていない。

 魔法の原理なんて分からなくても、その力で人を救うことができるのであれば明音にとってはどうでもいいことだった。

「たいちょー、もう無理……。少しの間でいいから休ませて……」

「ほらそこ弱音吐かない。先週はもっと走れてたんだからこれぐらい余裕なはずでしょ。文句があるならもう何周か追加してあげるけど」

「うぇ、それもやだ……。分かったよ、走ってくるからそんな怖い顔で見ないでくださいよ。あと2周走ったらそれで終わりなんだからさ」

 それぐらいなら文句を言わずにさっさと走ってほしい所なのだが、このやりとりはいつものことなので別に気にしていない。なんならごねられるのを見越してメニューを作っているので他の人よりも少し多いぐらいだ。彼女はそれにまだ気づいていない。

 今週は脚力や持久力の強化を中心としたメニューだったので来週はどのような訓練にしようかと考えながら全員が走り終わるのを見守っていると、ふとメモしていた余白の横に見慣れない名前が書いていることに気が付いた。

「あれ、今日って羽賀さん来てるの。ここには居ないっぽいけど誰か知ってる人いるー?」

「さぁ、どうせいつもみたいにサボってるんじゃないですか。そもそもあの人が真面目に訓練に出てくる方が珍しいっしょ」

 走り終った子たちに彼女の行方について聞いてみるが、彼女の姿を見た人は誰もいないらしい。

 その子の名前は羽賀かおり。魔法少女になって僅か2年足らずで最高クラスのSランクに到達し、歴代最強の魔法少女なのではないかと噂されている中学3年生の少女である。

 類を見ないほどの強さから日常的に任務を任されており、普通の学生生活だけでなく連合の訓練に出ることもままならない程多忙な生活を送っている。

 連合に寄っているのはただお偉いさんに用事があっただけかもしれないが、魔法少女の教育や指導を行っている身からすれば少しだけでも訓練に参加してほしい所存だった。

「それにしても優等生ちゃんは良いですよね。こんなきつい訓練に出る必要もないし、お偉いさんからは特別扱いされるから超VIP待遇。あの子が居たら私たちみたいな中途半端に強い魔法少女はいらないんじゃないですか」

「こら、そんな僻むようなこと言わない。いくら羽賀さんが強いからといって、あんたたちが訓練を受けなくてもいい理由にはならないでしょ。ちょっと羽賀さん探してくるからみんなは休憩してて。すぐもどってくるから」

 生徒の顔を見ても疲労が溜まっている子が多く、この辺りで一度休憩を入れてあげた方がいいだろう。明音は日陰で休んでいる人たちに身体を冷やしすぎないようにと伝え、そのまま羽賀を探しに行く。

 彼女はこれまで与えられた任務を全て1人でこなしてきたので他の魔法少女とのかかわりが薄く、人によれば彼女の顔を知らない人もいたりする。

 彼女の圧倒的な強さを持ってすれば他の魔法少女の手を借りずとも任務を遂行することはできるだろうが、それでも魔法少女同士、仲良くしてほしいという先輩からのおせっかいだった。


 連合内の誰かに聞けば彼女の居場所を知っているかもしれないが、それだと時間がかかりすぎるので明音は全神経を集中させて羽賀の魔力源を探る。

 本来魔力は身体の中を流れているのだが、羽賀は身体の中で生成した魔力を体外へと放出し続けているため、彼女の居場所を探るのはたやすい。

 しばらく魔力がより強い方へと歩いて校舎裏へと導かれてみると、そこには木の上で脚を組みながら読書にふけっている羽賀の姿があった。

「はぁ、こんなところにいたのね。もうとっくに訓練始まってるから羽賀さんも一緒に来な。ここにいるってことはどうせ暇なんでしょ」

「……急に話しかけてこないでくれる。こう見えても私忙しいんだけど」

 彼女は特に驚いたようなそぶりも見せずに目も上げずに応える。普通の人ならばあんな不安定な場所で本を読もうとは思わないだろうが、あれは彼女だからこそできる芸当である。

 彼女には重力という概念がない。自身の周りを凝縮された魔力で覆い、空気中にある魔力と反発させることによって宙に浮かんでいるらしい。

 言葉で言われればなんとなく理屈は分かるのだが、実際にどうすればそんなことができるのかは明音でも見当が付かない。

 それ程までに強力な魔法を彼女はいとも簡単にやってのけていた。

「そんなこと言わずにさ、たまには他の子たちとも交流を持ったら。一緒に戦っていく仲間なんだし、あなたと歳が同じぐらいの子もいたりするでしょ」

「いいよ、めんどくさいし。それに訓練なんてやっても私には関係ないじゃない。地に足をつけて移動することさえほとんどないのに、身体を鍛えても仕方ないでしょ」

 明音は一寸たりともその場を動こうとしない羽賀に頭を抱える。

 もし彼女がただの不良少女であれば叱りやすいのだが、彼女は他の人の悪口を言ったり軽蔑したりしない優しい子である。むしろ彼女との間に壁を作っているのは周りの方かもしれない。

 指導する立場としては同じ魔法少女同士仲良くやってほしいのだが、彼女たちも年頃の女の子。皆で手を合わせて仲良くやっていくというのは難しいらしかった。

「……えー、第5番隊隊長武田明音。至急参謀室へと来るように。繰り返す、武田隊長は至急参謀室へと来るように」

「ほら呼ばれてるよ。こんな時間に呼び出すってことはよっぽど緊急の用事だと思うんだけど、私なんかに構ってる暇はないんじゃない。さっさと行ってあげた方が身のためだと思うけど」

「……はぁ、分かった分かった。じゃあ今日はもういいから次はちゃんと顔出しに来なよ。あなたの顔すらも知らない人だっているんだから」

「まぁ気が向いたらね。ほら行った行った。あの人たち怒らせたら後がめんどくさいよ」

 なんとか訓練に参加してくれないかと頼んでいたのに、急に放送で呼び出される。こういう時は大抵碌でもない任務を押し付けられることが多い。

 それは彼女も同じ意見なのだろう。放送で私の名前が呼ばれると合われるような目でこちらを見て、しれっと悪態をつく。連合のかなり偉い人たちに向かってそんな言葉を言えるのは若さ故だろうか。

 羽賀にもせかされたので仕方なく参謀室へと向かうが、そこには連合に大きく関わっている主要人物が多数集められており、明音の悪い予感は見事的中するのだった。

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