1-8.隠された真実

 井戸の中から現れた魔物グールを倒した後、明音と海音は一言も言葉を交わさずに家へと戻る。

 これまで我が子のように可愛がってきたクロを目の前で亡くし、虚ろな目をしながら夕飯を食べている海音のことは心配だが、魔法少女としての任務が終わった以上もうこの島にいる必要はない。

 明音は海音とその母である高田さんに今日あったことについて説明し、明日の定期便で本土に帰らなければならないことを伝える。

 急な話で2人とも驚いていたが、ここへ来る前にやり残してきた仕事のことを考えると帰れるときに帰っておかなければならない。明音はこれまでお世話になったお礼を2人に言い、自室へと戻って本土に帰る準備をする。

 この島に来た時は必要最低限の荷物だけを持ってきたはずだったのだが、明日帰ってしまうならと高田さんにあれよこれよとお土産を持たされ、気がついたら一人では抱えられないほどの荷物を持たされる羽目になった。


「ごめんくださーい」

 次の日、船が出るまでしばらく時間があったので明音は島の中をのんびりと散歩しながらこれまでお世話になった人に別れの挨拶を済ませていた。

 この島には1週間ほどしか居られなかったがいつの間にかたくさんの人に慕われるようになり、涙ながらに止められたりしたら明音もついもらい泣きしてしまう。

 散歩をしながらあらかた挨拶を済ませた後、家に荷物を取りに行ってから明音は港へ向かわずにある場所へと向かう。この島での暮らしが楽しかったからこそ、ここには最後に訪れるつもりだった。

「あれ、急にどうしたんだい。ここに来るなんて珍しいね。ちょっと待ってて、今お茶を入れてくるから」

 そこは、明音がこの島に来てすぐに船酔いで治療を受けた診療所だった。間先生はキッチンから熱々のお茶と島の人からもらったせんべいを出してもてなしてくれる。

 船が出るまではまだ時間があるのでありがたく頂くが、もしかしたら聞くのが怖くて問題を後回しにしていただけなのかもしれない。

 明音は軽い世間話を交えながらお茶を飲んだ後、この島を安心して出るためにも勇気を振り絞って聞いてみるしかなかった。

「そういえば、この島を出る前に1つ確認しておきたいことがあるんですよね」

「急にどうしたんだい、そんな真剣な顔をして。船が出る時間は……まだ大丈夫だね。私が答えられるようなものであれば別に構わないけど……」

 間先生は壁に掛けられた時計を見て船の出航時間を気にしてくれているが、もし船に乗り遅れそうになったとしてもこの問題を解決してからでなければ明音は安心してこの島を出ることができない。

 これは魔法少女としてではなく、武田明音個人として解決しておきたい問題だった。

「間先生って、本当に先生なんですかね。まさか、自ら人を殺したなんてことはないですよね」

 その質問を投げかけた瞬間、先ほどまで笑みを浮かべていた間の顔が固まり鼻がピクリと動く。図星を付かれると鼻が動く人がいるのは本当らしい。

 とぼけることも否定することもなくただ黙って話を聞いている間に対し、明音はただの思い違いであってほしいと願いながら話を進めていった。

「昨日、この島でお墓と呼ばれている井戸で一匹の魔物グールが発生し、私たちを襲おうとしました。私が気になっているのはそこです。なぜそんなところに魔物グールがいたのでしょうか」

「なぜって、別に不思議なことではないんじゃないか。魔物グールは人の感情から生まれやすいってこの前説明してくれただろう」

「えぇ、確かにしました。けど、魔物グールは生きている人の感情からしか生まれないんです。死人に感情なんてあるはずがないですからね。ここで先ほどの質問に戻ります。魔物グールはなぜ井戸の中から出てきたのでしょうか」

 今回の本題はそこである。亡くなった人を埋葬するためにある井戸でなぜあれほどまでに強力な魔物グールが生まれてしまったのか。

 魔物グールの強さは負の感情の強さに影響されるため、よほど強く人を憎まねばあれほど強い魔物グールは生まれない。

 島の人に話を聞いてもここ最近で亡くなられた人は天寿を全うした方か例の海難事故で治療を続けていた人だけである。行方不明になっていたり不審な死を遂げた人は誰一人としていなかった。

「まさか、まだ死んでもいない人を棺桶に入れて亡くなったことにしたなんてことはないですよね」

 昨日それについて考えていたとき、明音は気づきたくもないことに気づいてしまった。これまで亡くなった人は全て、この診療所で治療を受けていたことに。

 この時期に魔物グールが生まれたことを考えると、間先生が何らかに関与していると考えた方が自然に思えた。

「……絶対にバレることはないと思っていたんですけどね。どこで気が付いたんですか」

「気が付いたというよりか、そうとしか考えられなかったんですよ。誰にも怪しまれずに人を殺すなら、医者ほど適した職業はありませんからね」

 本来、医者は人の命を救うのが仕事だが、それと同時に人の死と向き合わなければならない職業でもある。

 明音の読みでは間先生が患者に対して医療事故を起こしてしまい、それを隠蔽するために井戸の中へと遺体を放り込んだのだろうと推測していたのだが、彼の口から語られる真実はそれとは全く違うものだった。

「確かに、私のせいで今回のような事件が起きてしまったのかもしれません。ですが、君は大きな勘違いをしている」

「勘違い?」

「えぇ、魔物グールは私が人を殺めてしまったせいで生まれたわけではありません。私がしたのは既に魔物グール化し始めている人間をあの井戸の中に封印しただけなのですから」

 最初、明音は彼が何を言っているのか分からなかった。確かに魔物グールは人間の負の感情から生まれるが、人間が魔物グールになるなんてことは聞いたことがない。

 初めはただ罪から逃れるために嘘をついているだけだと思っていたのだが、あまりにも詳細に当時のことを語る間先生を見て、明音はその話を信じざるをえなかった。

「じゃあ、もしかして井戸に貼られていたお札も……」

「あぁ、あれは私が色々な文献を参考にしながら作った紛い物だよ。作りが甘かったのか、毎週のようにお札を貼り変えないと魔物グールが出てきそうになるんだけどね」

 間先生は机の中に入っていた参考書を取り出しながらこれまでのことについて話し始める。

 どうやら、一度お札の貼り変えを行っているときに魔物グールの一部が井戸から逃げ出してしまったことがあるらしい。

 すぐに蓋をしたので大事には至らなかったらしいが、その時に生まれたのがクロだったのだろう。道理でクロがあの井戸から離れたがらなかったわけである。

「けど、それならなぜすぐに連合へと報告してくれなかったのですか。本部に連絡が取れなかったとしても、私がこの島に着いた時に教えてくれれば誰も危険な目に合うことはなかったのに」

「それは本当にすまなかったと思ってる。だが、もしこのことを話したら君はすぐに魔物グールを殺しに向かっていただろう」

「それはそうですよ。この島の人に被害が出てからじゃ遅いんですから」

「あぁ、けどそれじゃ駄目なんだ。それが君の仕事なのは分かってる。だが、それでも彼らは間違いなく人間だった。もう助かる見込みがなかったとしても、この島に来たばかりの人に終わらせてほしくはなくてね……」

 間先生は涙を流しながら悔しそうに拳を握りしめる。

 彼の気持ちも分からないわけではないが、魔物グールの存在を知っていながらも個人的な理由でそれを隠し、島民を危険な目に合わせた罪は重い。

 たまたま魔物グールが活性化し始めるときに明音がいたのでよかったが、もしそこに明音がいなければ海音はどうなっていたか分からないし、村は間違いなく崩壊していただろう。

 魔法少女の任務としてこの島に来ている以上、明音は彼に対して何らかの罪を与えなければならなかった。

「……分かりました、私は間先生の話を信じることにします。ですが、私は魔法少女としてあなたに罰を与えなければなりません」

「分かっています。まだ完全に死んではいない彼らを見放したのは事実です。煮くなり焼くなり好きにしてください。私にはこの島で医者と名乗る資格なんてないんですから……」

「そうですか、それならあなたにとっておきの罰があります。この島に住んで、医者をやってはくれませんか。ちょうど前任者が辞めたいとか言い出していたので困っていたところなんですよね」

「…………はい?」

 椅子に座ってうなだれている間に対し、明音は今の彼にとても重い罪を彼に与える。時代が違えば島流しなんて死刑に等しい罪だ。

 私は一介の魔法少女であり、別に警察の真似事をしたいわけではない。彼がさっきしてくれていた話が本当か嘘かも分からないのに、正確な罪なんて下せるはずがないのである。

「じゃ、私はお暇させてもらいますね。くれぐれも他の人から追い出されるまではこの島に居てくださいよ。じゃないと罰になりませんから」

 罪の重さに気づいてお礼を言おうとしてくる間を置き、明音は診療所を後にする。

 もしまたなにかあれば連絡してくれと名刺を置いてきたのでまぁ大丈夫だろう。今度はよそ者扱いしないでくれるとありがたい。

 久しぶりの遠出で振り回されてばかりの任務だったが、たまにはこんな任務があってもいいかなと、明音は強く思った。

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