1-5.崖下の洞穴

「お姉ちゃん、そこに居るウニ取ってくれへん。その一番大きかの」

 明音は海音が指さしているウニをトラバサミで掴み、家から持ってきたバケツの中へと入れる。今日のご飯はサザエのつぼ焼きとウニご飯らしく、想像しただけでもよだれが垂れてきそうだ。

 東京であれば、いくらサザエやウニが浅瀬にいたとしても、許可なく採ると密漁になってしまうのだが、この島では小さすぎるものでなければ自由に採っていいらしい。

 なんだかいけないことをしているような気分だが、島の浅瀬には素足で歩けないほどのサザエやウニがごろごろと転がっていたので、問題ないだろう。

 ここに来てから早5日。明音はこの島での暮らしにようやく慣れてきた。

「よしっ、こんぐらいあれば大丈夫そやね。ちょっとそれ貸してもろうてもええ? さすがに素手でウニを触るのはちょっと痛いんよ」

「サザエはいいけどウニを素手で触ったらそりゃ痛いでしょうよ。……で、なにしてるの?」

「昨日、風間のおばちゃんから漬物もろうたやろ? だからそのお返し。風間のおじちゃんとかも居るし、こんぐらいあれば足りるやろ。食べきれんかったら他の人にも配ってもらえばいいしな」

 海音はバケツの中にトラバサミを突っ込み、サザエやウニをビニール袋に分けて大体半分ぐらいにする。少し足りないと思ったのか、その辺に落ちていたサザエもおまけで追加していた。

 明音が海音の家にお邪魔していることは島中に知れ渡っており、聞き込み調査をしていたらほぼ確実に何かしらのお土産を持たされて返される。

 たまにご飯をご馳走になったりして、まるで島全体で歓迎されているような気分だった。

「そういえば海音ちゃんに一つ聞きたいことがあるんだけどさ、この島にあまり人が近づかない場所とか一部の人しか知らない場所とかあったりしない? もしあったら教えてほしいんだけど」

「あぁ……、お姉ちゃんのお仕事に必要なんやね。けど、そんな場所なんてこの島にあるんやろうか。この島元から小さいし、みんなが知らない秘密の場所なんてないと思うんやけど……」

 ふと気になったので念のため確認してみるが、海音からは予想通りの答えが返ってきてまぁそうだろうなと納得する。

 明音も情報収集の一環で何度もこの島を散策しているが、大体30分もあれば島を一周できるほどには小さい。明音ですら島の地図が大体頭に入っているのだから、この島に何十年と住んでいる人からしてみればもう庭みたいなものだろう。

 もしかしたら自分が知らない何かがあるのではないかと思っていたのだが、どうやらそんな都合の良いものはこの島にはないらしかった。

「あー、けど島の人がまず行かない場所やったら心当たりあるよ。そこに行けるのはうちぐらいしかおらんと思う」

「んー、人気のない場所って考えたら可能性もなくはないか……。念のためそこまで案内してもらってもいい。何か変わったものがないか調べておきたいの」

「すぐそこやから別にええよ。おっかあからもお姉ちゃんの仕事を手伝ってあげなさいって言われとるし、晩御飯までに帰れば怒られんやろ」

 これまで魔物グールに関する情報を集め続け、一つ分かったことがある。この島はとても平和で、魔物グールが発生しそうな事件は一切起きていないということだ。

 大きな事故と言えば1年前の海難事故ぐらいだが、それは津波によるものだったので島民からも仕方のないものだという認識であり、魔物グールを生み出す要因である負の感情が感じられない。

 なにより、事故が起こった1年前から今日まで魔物グールが生まれていなかったことを考えれば、今回の魔物グール騒動とは無関係と考えていいだろう。

 この島には、島の人たちでも知らないような、隠したい過去があるのではないかと、明音は思っていた。


「……え、ここを通るの?」

「そ。ブロックとかで足を切らんように気を付けてね。傷口に塩水がかかったらだいぶ痛かよ」

 海音から教えてもらった場所は先ほどまでウニやサザエを取っていた海岸からそう遠くない場所にあった。明音も海音に続き、消波ブロックの上を跨ぎながら移動していく。

 何度か足を滑らせそうになりながらも慎重に進んでいくと、その先には小さな洞窟のようなものがあった。

「まさかこんなところに洞窟があったなんてね。ここのことについてはみんな知ってるの?」

「たぶんみんな知っとると思うよ。おっかあも子供の頃にここを秘密基地にして遊びよったって言いよったし。まぁ今ではうちぐらいしかここに来れんのやけどね」

 確かに、日頃から魔法少女として活動を行っている明音でさえもここに来るまでに息が上がっているのだ、腰を痛めたりしているような人がわざわざこんなところに来たりはしないだろう。

 ここまで来れる人なんてよっぽど身体が身柄な人なのか海音のような子供しかいるはずがなかった。

「この洞窟の先ってどこに繋がってるの。思ってたより深いみたいだけど……」

「さぁ、うちもそれはよう知らんのよ。潮が満ちてきたらこの洞窟は海の下になってしまうけん、この中には絶対に入っちゃいけんことになっとるんよ」

 洞窟の奥を照らしてたライトを天井に向けてみると、確かに小さな貝のようなものがびっしりと詰まっている。海音が言っていた通り、本当にここまで海面が上がってくるのだろう。

 明音は風邪で乱れた髪の毛を整え、スマホのライトを消す。個人的な好奇心で言えばこの洞窟の先に何があるのかを探ってみたい気もするが、洞窟の奥からは魔物グールの気配はほとんど感じられないので、今回の魔物グール騒動とはまず関係ない。

 いくら任務の終了期限が決まっていないとは言いつつ、この島に来てから5日も経っているのに、魔物グールの情報を全く掴めていなくて、明音は少し焦りを感じ始めていた。


「さっきは案内してくれてありがとうね。じゃ、そろそろお家に戻ろっか」

 明音は岩陰に置いていたバケツを回収し、帰り支度を済ませる。

 この島のどこかに魔物グールが潜んでいるのは気配でなんとなく分かっているのだが、どこかに身を潜めているのか居場所の特定が難しい。

 人が魔物グールに襲われたり建物が不自然に破壊されたりはしていないのでまだ切羽詰まった状況ではないだろうが、できれば被害が出る前に魔物グールを討伐しておきたい所である。

 魔法少女の任務としてこの島に来ているので魔物による被害を最小限に収めるのは当然のことなのだが、この島に滞在しているうちに、それは明音のわがままにもなっていた。

「ごめん、お姉ちゃんは先に帰っとって。うちは今から行きたい所があるけん」

「……あぁ、そういえば風間さんの所にサザエとか持って行かなくちゃいけないんだっけ。もう時間も遅いんやし気を付けて行きなよ」

「大丈夫。ついでにお墓参りもしてくるけん、おっかあにはちょっと遅くなるって言うとって。すぐ戻るから」

 そう言って、海音は近場に生えていた花を一輪もぎ取り、ビニール袋を片手に走り去っていく。朝からずっと動いていたはずなのに、島で育った子供はたくましすぎである。

 そういえばさっき行った洞窟にも海音が持って行った花が落ちていたなと思いつつ、明音は任務のことを一旦忘れて大きく伸びをするのだった。


「遅くなってごめんな。今日はとびっきり美味しいご馳走を持ってきたけん、ちょっと待っといてな」

 海音は海辺で摘んできた花をお墓の前に置き、ビニール袋からサザエを取りだして近くに転がっていた石で叩き割る。

 いつもは野菜とか魚をあげていたのでサザエを食べてくれるか少し不安だったが、どうやら気に入ってくれたらしい。恐る恐るサザエに近づいて匂いを嗅いだかと思ったら、そのままがぶりと食らいついていた。

「クロはええ子やね。明日はクロの大好きなお魚を釣ってくるけん、楽しみにしといてな」

 海音は森の中で拾ってきた木の実も石のお皿の上に並べ、食べさせてあげる。その間、海音はクロの頭を優しくなでながら、今日あったことを一つずつ話していった。

 最近は明音と一緒の部屋で寝ていること。このサザエも明音と一緒にお話ししながら取ったものであること。ついさっき崖の下にある洞窟まで一緒に探検しに行っていたこと。そのどれもが、海音にとっては全部大切な思い出だった。 

「ありゃ、うちはそろそろ帰らんと。また明日来るけん、それまでいい子にしとるんよ」

 クロと話していると時間が経つのが早く、気が付いたら空が暗くなり始めていたので海音はその生物に手を振りながら別れを告げる。

 この島に魔物グールと呼ばれる狂暴な生き物が住み着いているから、明音には魔物グールが狂暴化する夜は絶対に一人で出歩かないようにと言われているので、海音は寄り道をせずにまっすぐ家へと向かう。

 結果として、明音の注意は海音の命を救う形となっていた。しかし、明音が犯した大きな過ちは魔物グールがどのような見た目をしているのか教えていなかったことだろう。

 海音が父親のお墓参りをしに行った際に出会い、クロという名前を付けて毎日のように可愛がっているその生物は、サイズは小さくても紛れもない、魔物グールそのものだった。

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