1-6.怪しげな井戸
あくる日、明音はいつものように島内を歩き回りながら、新たな
結果としては相変わらずで、今日もいつも通り世間話しかせずに終わったが、それはまだ
本土へと帰る定期船が明日に出るのでできることなら今日中に方を付けてしまいたいところではあったのだが、この調子では来週になっても任務が終わっているか微妙なところだった。
「そうなんですか。赤羽さんはまだぎっくり腰が良くなられてないんですね。私も気を付けないと……」
「そうよぉ。明音ちゃんも若いけんど、ぎっくり腰は若い人でもなるからねぇ。腰を冷やすといけんみたいやから、毎日しっかりと腰のストレッチをしとくんよ。腰を痛めてからじゃ遅いけんねぇ」
そう言って、小佐田さんは大きく腕を振ったり腰を曲げたりしながら、ストレッチのやり方を実演してくれる。
小佐田さんに何か変わったことがないかと聞いたのが大体1時間ぐらい前のこと。それから昨日の夜に見た夢の話から始まり、家で飼っている犬の話やご近所付き合いの話へと発展していって一向に終わる気配がない。
この日差しの強い中でずっと立ち話をしているにも関わらず、小佐田さんは汗一つかかずに涼しい顔で喋り続け、まだまだ若いはずの明音の方が先に熱中症になってしまいそうだった。
「そうや。明音ちゃん、ちょっと頼まれごとをしてもろうてもええかい。今から畑仕事に行かないけんのやけど、ジャガイモを掘るのを手伝ってもらえんやろか。この腰ではどうも座り作業はきつうてなぁ」
「えぇ、特に予定もないですし全然いいですよ。その前に一度このお土産たちを置いてから向かいますね。たぶん30分もあればそっちに着いてると思います」
明音は小佐田さんからのお願いを安請け合いし、手に持っている大量のお土産を見せて後で畑へと向かう旨を伝える。
この島に来てからもうそろそろ一週間。明音の頭の中には島の地図が精密に作られており、誰かの家や畑ぐらいであれば最短距離で辿り着けるようになっていた。
小佐田さんが所有している畑は島の高台にあり、荒れ狂う太平洋が一望できる場所にある。
歳を取るとここに登ってくるのも一苦労なんだよねと小佐田さんは言っているが、正直まだ30歳を迎えていないはずの明音でさえも膝に来るものがある。
やっぱり歳は取りたくないものだわとも言っていたが、それはこちらのセリフだった。
「そういえば、なんで私のことを明音ちゃんだなんて呼ぶんですか。こう見えても私、そろそろ三十路を迎えようとしている身なんですけど」
「なんね、私からしてみれば20も30もまだまだ若いもんよ。明音ちゃんも海音ちゃんも、まだまだ若くてええねぇ。羨ましいわぁ」
明音は小佐田さんに借りた軍手をはめて畑の土を掘り返し、ジャガイモについた土を払ってバケツの中へと入れていく。
この島に来てから何故か明音ちゃん呼びが定着し、少しむず痒い思いをしていたのだが、明音の何倍も長い時間を生きている人からそんなことを言われたら返す言葉がない。
そりゃ80年以上生きている人からしてみれば20年も30年も似たようなものだろう。
だが、当事者である明音からしてみれば、歳を取っていくにあたって増えていくシミやしわの数々は、なによりもの重大事件だった。
「それにしても、海音ちゃんは本当にええ子よ。お父さんが亡くなってまだ半年しか経っておらんのに、あんなに元気に振る舞って」
「えぇ、私から見ても海音ちゃんはすごくしっかりしてると思いますよ。島の人から好かれているのも納得です」
「そうやろ、そうやろ。海音ちゃんはこの島の宝物みたいなもんじゃけ。いくら明音ちゃんと言えど、海音ちゃんを泣かすようなことがあったら容赦せんよ」
小佐田さんは冗談めかしく言っているが、たぶんその思いは本気だろう。目が笑っていない。それほどまでに海音はこの島にとって大切な存在なのだろう。
明音は海音の昔話や思い出話を聞かされ続けながら、ジャガイモを次々に収獲していった。
「さて、もうそんぐらいでええよ。手伝ってくれてありがとうねぇ。そっちのバケツに入っとるジャガイモは今日のお駄賃やけん、カレーでも作って美味しく食べり」
「えっ、こんなに頂いていいんですか。バケツ一杯分ありますけど」
「ええんよ。年寄りは若い子と話すのが楽しくて楽しくて仕方のない生き物じゃき。こんなに持って帰っても家で腐らせるだけやしなぁ。私は先月おらんようなった旦那に挨拶をせないけんから先に帰るわぁ」
それなら土から掘り出さなければよかったのではないかと思うが、せっかくのご厚意なのでありがたく頂くことにする。
ついでに小佐田さんの家までジャガイモを運ぶことになったが、数キロもあるバケツを持って歩くのは辛いだろうし、お駄賃も多めにもらっているのでそれぐらい引き受けてもいいだろう。
どうせ玄関の鍵は開いていると思うので勝手に上がらせてもらうつもりだが、明音には一つ気になっていることがあった。
「……すいません。亡くなられた旦那さんにご挨拶するって言ってましたけど、お墓ってどこにあるんですか? この島にそんなところありましたっけ」
明音はここ数日で形成された脳内マップを取り出してみるが、この島にあるのは畑か家屋ぐらいで、どこにもお墓らしい場所は見当たらない。
「お墓の場所か? ……あぁ、そういえば普通は墓石っていうものがあって、そこに骨を埋めるんやったかねぇ。この島にはそんな場所ないから、みんな井戸の中に骨を入れとるんよ。うちの旦那もそこですやすや眠っとるわ」
小佐田さんに話を聞くと、この島には昔からのしきたりがあって、人が亡くなると遺体を焼いて井戸の中に散骨しているのだそうだ。島に住んでいるみんなが家族で、同じ場所に眠るというという意味が込められているらしい。
最近では亡くなる方が多くて火葬をせずにそのまま井戸の中へと入れているらしいが、なんだか嫌な予感がしてならない。
明音は
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