1-4.孤島での暮らし
日が暮れるような時間になってようやく質問地獄から解放され、明音は海音ちゃん家のご厚意に甘えてお家にお邪魔することになる。
急な訪問となってとても申し訳なく思っていたのだが、どうやら海音のお母さんは既に明音のことを知っており、連れてきたい人がいると言った段階で明音のことを言っていると分かったらしい。田舎の情報網は恐ろしいものである。
碌な自己紹介をする間もなく家の中へと通された明音は、贅沢すぎるほどの様々な料理をごちそうになっていた。
「うまっ。この
「やだわぁ、そんなこと言わんといて。こんな美味しそうに食べてくれるんやったらもっとよう作っとけばよかったわ。こっちのお刺身も美味しいけ一口食べてみ」
明音はお皿一杯に盛られている極厚の刺身を箸でつまみ、頬張る。ただ魚をさばいただけなんだけどねと当の本人は照れくさそうにしているが、こんな立派なお刺身は高級料理店でしかみない。
回転寿司で比較的値段の高いお寿司を食べて満足していた自分が恥ずかしくなるほどそのお刺身はぷりぷりとしており、いくら醤油をつけても味が薄れないほどには魚の味がしっかりとしている。
急にご飯をいただくことになって申し訳ないと思っていたはずなのに、料理を一口食べた瞬間にその遠慮はなくなり、今では自分からこっちの料理も食べていいですかと聞くほどには食い意地を張って全ての料理を堪能させていただいていた。
「そういえばこのお魚ね、海音が取ってきてくれたお魚なんよ。初めはどうやって食べようかとすごい迷うとったんやけど、武田さんが来てくれるんやったらもっと釣ってきてもらえばよかったわ」
「いやー、こんな立派なお魚がその辺の海辺で釣れるなんて羨ましい限りです。東京にいる友達にこの写真見せたらびっくりすると思います」
「……? 東京で釣れるお魚はもっと小さいん? うち、この島から出たことないからよう分からんわ」
この島で生まれ育った海音からしれみればあのサイズの魚は当たり前なのかもしれないが、一般家庭の料理で大皿一杯に刺身を盛り付けることなんてないし、そもそもそんなサイズの魚は市場に行かないと買えない。しかもかなりいい値段する。
任務がまだ終わってないことにして2,3ヵ月ぐらいこの島にいたら上から怒られるかなと思いつつ、豪華な夕飯を堪能していると、気が付いた頃には食卓に出された料理を全て完食しきっていた。
「いやー、武田さんの食べっぷりを見てたらこっちまで嬉しくなるわ。嫌いなものとか特になかったん」
「全然、どれもすごく美味しかったです。特に魚のすり身が入ったあのお味噌汁、あれ最高ですね。あんなにすり身がゴロゴロ入ってて旨味が出てるお味噌汁初めて飲みました」
「あらそう? お魚が残っとったから適当にすり身にして味噌汁にしてみたんやけど、気に入ってもらえたなら良かったわ。まだお鍋に残っとるから明日も楽しみにしとき。すり身が入ったお味噌汁は一晩寝かせてから食べた方が美味しいんよ」
明音は満腹になったお腹をご満悦気分でさすりながら、海音のお母さんにお礼を言う。なんなら勢いに任せて土下座してもいい気分だ。
半日以上船に揺られ続け、島に上陸してからも船酔いみたいな症状に悩まされてと災難続きの一日だったが、それを踏まえた上で、今日は今年で一番幸せな日だったと言ってもいいほどに、頂いたご飯はとても美味しかった。
「そういえば、武田さんはなんでこの島に来たん。この島は観光するような場所は特になかよ」
「あっ、自己紹介が遅れてすみません。あたし、実は魔法少女をやってまして、ここには任務で来たんです。この島に
「魔法少女? …………あぁ、そういえば風の噂で聞いたことあるわ。なんか悪いやつらをやっつける? みたいな感じなんやっけ。武田さんも大変なんやね」
とても曖昧な返事を返されたが、魔法少女という存在を知っていただけでも説明を省けるので正直ありがたい。診療所で魔法少女を名乗ったとき、誰一人として魔法少女の存在を知らなかったときはどうするべきかと悩んで、結局説明を諦めた。
孤島という閉鎖的な場所ということもあるのだろうが、これまで
明音は二人に、人が抱く負の感情から
「恐れられとる場所というか……、怖がられとるのは沖田さんのとこやない。あの人いつも怒っとるから島の皆はあんまり近づかんようにしとるんよ」
「いや、それは関係ないかな。他にあったりしない? ……この島で心霊スポットになっている場所があったり、誰かに大怪我をしている人がいるとか」
もしただの人間トラブルで
不謹慎な内容で申し訳ないとは思っているが、明音が知りたいのはもっと人が亡くなられていたりしているような事件だった。
「怪我って言ったら先週赤羽さん所の旦那さんがぎっくり腰になったんやけど、たぶんそれも関係ないんよね……。だいぶ前のことやったら一つ心当たりがあるんやけど、それでもええやろうか」
「はい、是非聞かせてもらえると助かります。どんな些細な情報でも、私からしてみればとても有益な情報なので」
高田さんは一瞬寂しそうな顔をし、居間でテレビを見ていた海音に声をかけて先に風呂に入ってしまいなさいと言う。
明音はなぜ高田さんがそんな悲しそうな顔をしているのかよく分からなかったが、この島で起きた悲惨な事故の話を聞いて、明音は高田さんにこの話題を振ってしまったことをすることになった。
「……すみません、そんな悲しい出来事を思い出させてしまって。私の配慮不足でした」
「いいんよ。私らもそろそろ現実と向き合わないけんと思っとったし、過去のことばかり見よったらこれから来る幸せも逃げてしまうけんね。武田さんが気にすることはこれっぽっちもなかよ」
結果だけ見れば、高田さんからはとても有力な情報を聞けた。
確かにこの島ではたくさんの方が亡くなられていた。今から約一年ほど前、この島に大きな津波が押し寄せてきたのだという。
震源地はここからかなり遠い東南アジア付近で、この島は一切揺れていなかったらしい。何も知らずにいつも通り漁に出かけていた三十数名の漁師が津波に飲まれ、その多くが行方不明となった。
幸いにも、そのうちの数人は海辺に打ち上げられたので診療所で治療を行っていたのだが、誰も息を吹き返すことなく全員亡くなられたらしい。高田さんの旦那さんもそのうちの一人のようで、半年前に死亡が確認されたそうだ。
いくらこの島を仕事で訪れ、いずれは聞かないといけないことだったのかもしれないが、明音は高田さんの話を聞いてただ謝ることしかできなかった。
「なに武田さんが謝っとるんよ。うちの旦那が亡くなったのは津波のせいなんじゃけ、武田さんが気になることはあらへん。それより武田さんもはよ風呂入ってき。せっかくの風呂が冷めてしまってはもったいなかよ」
「いえ、私はそろそろお暇させていただきます。ご飯もごちそうになってそこまでご迷惑をおかけするわけには……」
「なにを今さら、そんな気にすることないんよ。さっきも話したと思うけど、旦那が亡くなって海音も寂しがっとるんよ。あんなに嬉しそうに喋っとる海音を見るのも久しぶりやわ。迷惑やないんやったらしばらくここに泊まっていき。うちとしては大歓迎やけん」
「……ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
正直、この話をされた後でそんなことを言われたら断れるはずもない。明音はしばらくの間、高田家にお邪魔させてもらうことになる。
任務がすぐに終わったとしても定期船は1週間に一度しか出ないので本土に帰れるのは最低でも1週間後。
その間、ただ泊めさせてもらうだけでは申し訳ないので、食料の調達や料理などの家事を手伝うことを約束し、熱々のお風呂を頂く。どうやら海音がお風呂から上がった時に薪を足してくれたらしい。
まさか薪風呂をこんなところで体験することになるなんてと思いつつ、明音はお風呂を堪能させてもらい、客間に敷いてくれていた布団に入った途端、一日の疲れを思い出したかのようにぐっすり眠りに落ちた。
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