1-2.歴戦の魔法少女
「……ぷはぁ、やっぱりひと仕事終えた後に飲むビールは最高だわ。すみませーん、枝豆一つとビール追加お願いします。できればキンッキンに冷えたやつで」
明音は口の周りにできた泡を豪快に拭い、近くにいる店員さんを捕まえて追加の注文をする。
とりあえず最初の一杯目は一気に飲み干すのが酒飲みとしてのセオリーだと勝手に決めつけて実行に移しているのだが、いま注文した次の一杯をゆっくりと味わいながら飲めるかは実に怪しい所だった。
「で、何を報告すればいいんですか。郷田総括」
「総括は止めてくれ、居心地が悪い。ふざけている暇があったら早くしてくれないか。私も忙しいんだ」
電話の向こうで偉そうにしている
組織的に見れば明音の上司に値する人にはなるのだが、明音からしてみれば昔ながらの友人がただ偉くなっただけであり、今でも都合のいい飲み仲間程度にしか思っていなかった。
「えっと……、とりあえず今日討伐した
「……きみの所にいる『フラワーズ』がなぜCランクの
あまり深く追求されないようにとなるべく早口で報告を行ったつもりだったのだが、総括の耳は伊達ではなかったらしく、しっかりと『フラワーズ』の件を指摘したうえで話を次に進めようとしてくる。
本来、Dランク以下の魔法少女が出撃を行う際にはCランク以上の魔法少女が付き添いとして出撃する必要がある。今回のようにCランクの『フラワーズ』が単独で出撃することはしっかりとした規約違反であった。
「実は一つ気になっていることがあるんです。今回、私たちは2体の
「きみ達が討伐した
「はい、それも1体だけではなく複数体。私ですら被害状況を確認するまでその存在に気付くことさえできませんでした。まず間違いなくいたと考えて問題ないと思います。例のやつが」
本来、
何者かが
「とまぁ、この辺りが今回の報告って感じですかね。例の統率者に関しては新しい情報なし。無事に報告も終わったことですし、郷田さんもこっちに来て一緒に飲みません? あたし今日は飲みたい気分なんですよね」
「馬鹿たれ、私はまだ仕事が終わっていないんだ。武田は明日中に今回の騒動についての報告書を提出すること。あと、『フラワーズ』の面々には反省文を書かせること。分かったな」
「えぇー、ちょっと締め切り早くないですか。もうちょっと期限伸ばしてくださいよ。できれば再来週とか」
「それはどう考えても伸ばしすぎだ。集中したら2時間かそこらで終わるような内容なんだからきちんと働け。それより、私からきみに一つ頼みたいことがあるんだが今話しても構わないだろうか」
「もう話長すぎ。ビールがぬるくなり始めてますし、飲みながら聞いてもいいですよね。私お腹ペコペコなんですけど……」
「あー、もう分かった分かった。業務時間外の時間に電話した私も悪いし、飲みながら聞いてくれて構わない。全く、私の話をさえぎってまで酒を飲み始める馬鹿たれはお前ぐらいだぞ」
これだからお前はと呆れた声が電話口から聞こえてくるが、明音は気にせずに冷えたビールを乾いた喉に一気に流し込む。話をしている最中に店員さんが新しいビールを持ってきてくれていたので、早く飲みたくてうずうずしていたのだ。
たまに無茶な仕事を押し付けてくるから仕事中の郷田はあまり好きではないのだが、こういうところを許可してくれる所が憎めないんだよなと、明音の評価は良い人と悪い人を行き来していた。
「で、本題なんだが、ぜひきみに行ってほしい任務が1件あってな。少し遠出にはなってしまうのだが、問題ないだろうか」
「……別に大丈夫ですけど、何かあったんですか。私が行かなければならない任務なんてそうそうないと思いますけど」
本来の流れとしては魔法科連合内にある7つの部隊に対して任務の依頼をされ、その部隊の隊長が任務内容を考慮したうえで部内の人間に振り分けを行うのが普通だ。
今は居酒屋で上司にだる絡みしている、二十代(ぎりぎり)の可愛いお姉さまに過ぎないが、これでも魔法科学連合5番隊隊長を務めている身である。
魔法少女の取りまとめ及び教育を行っている5番隊に依頼するのではなく、武田明音個人に直接依頼するのは何かしらの意味があるはずだ。
明音はスピーカーに耳を近づけ、話の内容を一語一句聞き漏らさないようにとふらつく頭で必死に集中していた。
「あぁすまない、勘違いしている所悪いがきみに頼みたいのはそれほど重大な任務じゃないんだ。そんな重大な任務ならこんな場所で話すような真似はしないさ。酒でも飲みながら気楽に聞いてくれ」
明音の声色で察したのか、本題に入る前に前置きを置いてくれたので明音はとりあえずほっとする。
どうやら今回の任務は本部との連絡がつかない状態で完遂しなければならない任務であり、最近の
それならもっと早めに言ってほしい所である。
「もし引き受けてくれるなら一緒に美味い酒でもと思っているのだが……、どうだろうか。任務としてはそれほど難しいものではないし、きみなら簡単に終わらせてくれると考えているのだが」
魔物探知機が一瞬だけ反応するような微弱な信号だったらしいので、
ランクを考えればかなり簡単な仕事になるのだが、明音としては絶対に確認しなければならないような、重大な項目が一つだけ残っていた。
「……その報酬としていただけるお酒は上等なものなんでしょうね。それが近くのスーパーで売っているような安いお酒だったらただじゃおかないから」
「はぁ……。ちゃんと良い酒を見繕ってやるから安心しろ。全く、お前のその酒へのがめつさだけは尊敬に値するよ」
いくら追加でもらう報酬だからとはいえ、あまりにも質が悪い酒をもらったら今後のモチベーションに関わってくる。
高い酒じゃないとだめというわけではないが、久しぶりに美味しい酒が飲みたい気分だった。
「じゃあ交渉成立ってことで。ちゃんと美味しい酒を買っといてくださいよ。じゃないと途中で職務放棄しますからね」
明音は待ってましたと言わんばかりに今回の任務を快諾し、飲みの約束をこぎつける。電話口からは本日二度目の呆れた声が聞こえたような気もするが、もう聞きなれている言葉なので今さら気にしない。
魔法科連合の総括にもらうようなお酒なのできっととびっきり美味しいものに違いない。そのお酒を飲むときはどんなつまみを用意すべきなのだろうかと、明音の頭の中はまだ行ってすらいない任務の報酬でいっぱいだった。
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