酒飲み魔法少女は夢を見る

桜花

1章 決別の井戸

1-1.新入り魔法少女は夢を見る

「緊急事態発生、緊急事態発生。和内わうち区内にCランク相当の魔物グールが出没したとの情報あり。繰り返す。和内わうち区内にCランク相当の魔物グールが出没したとの情報あり。現在、3名の魔法少女が戦闘を行っています。近隣住民の皆様は速やかに安全な場所へと避難してください」

 空腹が満たされ、ゆっくりと眠気にいざなわれ始める午後2時頃。突如、和内わうち区内の緊急警報装置が警笛を鳴らす。

 住民たちは通帳等が入ったカバンを持って速やかに避難所に向かっているが、その顔からは緊張感は感じられても焦りの表情を浮かべている者は誰一人としていなかった。

「ねぇ、お母さん。このお菓子食べていい?」

「いいから早く逃げなさい! お菓子は避難所に着いて食べればいいから!」

 母親に連れられながら避難をしている6歳ぐらいの少年は、食べかけのポテトチップスの袋を両手にしっかりと持ち、人々の波に身を任せながらてくてくと歩いていく。

 彼にも場の緊張感は伝わってきているのだが、彼にとって魔物グールは産まれた時から存在しているものであり、警報が鳴ったら避難所に避難することはただの生活の一部にすぎなかった。



「うぇ、なにあれ。腕がタコみたいに動いててすごく気持ち悪いんですけど。あたしたちあんなのと戦わないといけないの……」

「落ち着きなさい、ダリア。これは私たち『フラワーズ』にとって大事な1戦。一瞬たりとも気を抜くことは許されない。……あと、あの魔物グールをタコとしてとらえるならば正しくは足。まぁタコにしては足が2本足らないのだけれど」

「ローズさん、気にするところはそこじゃないです! 早くしないとこの街がめちゃくちゃにされてしまうかもしれないんですよ。しっかりしてください!」

 マリーは魔物グールの様子を悠長に眺めている先輩2人に対し、思わず声を荒らげる。

 既に住民の避難は終わらせているはずなので住民への被害はないだろうが、それでも自分たちが住んでいる街が破壊されている様子を見ているのは気分がいいものではない。

 連合から報告を受けている魔物グールの強さはCランク。正直、Dランクの『フラワーズ』が請け負う任務としては荷が重い。

 しかし、彼女たちが魔法少女として魔物グールの前に立っている以上、いくら自分たちが倒せない相手だったとしてもここを引くわけにはいかなかった。

「うっし、気合入ってきたー。マリー、ローズ。準備はいいよね」

「当たり前。むしろあなたを待っていたんですが、早くしてくれない。魔物グールは私たちのことを待ってはくれませんよ」

「おっ、言ってくれるねぇ。ローズこそ、あたしに後れを取らないようにしてよ。わざわざ待ってあげたりとかはしてあげないんだから」

 ダリアはローズに向かって挑発するような笑みを浮かべ、魔物グールとの距離を一気に詰めて魔力のこもった拳をたたき込む。一度で効かないのであれば二度、二度で効かないのであれば三度。相手に効くまで何度でも、叩き込む。

 『フラワーズ』にとって、格上であるCランクの魔物グールを倒すことは容易ではない。攻撃を続けていればいずれは倒せるかもしれないが、決定的な一打はないまま終わるだろう。

 連合から与えられた任務は魔物グールの気を引き、街がこれ以上破壊されないように守ること。そして、他の魔法少女が応援に駆けつけてくるまで時間を稼ぐこと。

 しかし、彼女たちはこの命令が下された時から魔物グールを討伐するつもりで戦いに臨んでいた。

「ローズ!!」

「いちいち言わなくていい。あなたこそ、攻撃の手を緩めないで。じゃないとやられる」

 ダリアは身をひるがえして相手の攻撃を躱し、ローズは魔力を流した剣で相手の攻撃を受け流す。

 敵の攻撃が弱まったら攻撃に転じるつもりでいるのだが、2人だけの力だけでは魔物グールの攻撃を防ぎ続けるのがやっとであり、身体中に切り傷やあざを作り続ける一方だった。

「…………!! 準備できました、2人とも避けてください」

 はっきりと言うならば、ダリアとローズの力だけではこの魔物グールを倒すことはできないだろう。純粋に力不足である。

 しかし、マリーの魔法であればこの魔物グールを倒すことができるかもしれない。マリーの魔法こそが、この魔物グールを倒すための唯一の方法だと思っていた。

黄金魔道砲マジックゴールドキャノン!」

 マリーが魔法を放つと同時、2人は視線を交わして大きく跳躍する。

 拳や刀に魔力を流しながら戦う近接戦闘タイプの2人に対し、マリーは杖の先端に魔力を溜めて放出する遠隔戦闘タイプの魔法を得意としている。

 魔力を溜めるのに時間が必要になるのがこの魔法の難点だが、魔力を溜めれば溜めるほどこの魔法は威力を増す。

 その準備ができるまでは命を危険にさらしてでもマリーの邪魔をさせない。

 それが前線に立って戦う、ダリアとローズの覚悟だった。


「やっ、た……? ……やりましたよ、ダリアさん! ローズさん!」

 マリーが限界まで魔力を溜めた魔法は魔物グールの頭に直撃し、大きな爆煙を上げる。

 先ほどまで猛攻を振るっていた魔物グールは苦しそうに足をばたつかせ、ひとしきり暴れるとやがて動かなくなった。

「マリー、後ろ!!」

 自身が放った黄金魔道砲ゴールドマジックキャノンに確かな手ごたえを感じ、魔物グールが倒れたのを見てほっと肩の力を抜いていたマリーは不意を突かれて後方へと大きく飛ばされる。

 マリーの黄金魔道砲ゴールドマジックキャノンは、確かに目の前の魔物グールを倒すことはできた。しかし、ここは戦場。魔物グールが1体だとは限らない。

 予期せぬ方向から攻撃を受けたマリーはそのまま壁へと叩きつけられ、思わずうめき声をあげた。

「だ、大丈夫です。私はまだ、やれますから……」

 駆け寄ってきてくれたダリア達を心配させないようにとマリーは見栄を張ろうとするが、足がおぼつかずにその場でへたれこんでしまう。

 壁にぶつかる寸前に自身の身体を魔力で包み込んだのでなんとか致命傷を避けることはできたが、全身から感じる痛みで意識を保つのがやっと。傷の回復をしようと試みるが、思うように魔力の制御ができない。

 とてもではないが、もう魔物グールと戦えるほどの余力は残っていなかった。

 ダリアとローズは先ほどの戦闘で全身あざだらけ。マリーは意識を保つのもやっと。ほぼ壊滅状態にまで追いやられた『フラワーズ』だったが、当初の目的である魔法少女が来るまでの時間稼ぎには十分すぎるすぎるほどの役割を果たしていた。

「ダメじゃない、目の前の相手に全力を出しちゃ。少しでも相手が強いと思ったら迷わず逃げること。これ、魔法少女として長生きするための鉄則だから」

「……た、隊長!!」

 今にも『フラワーズ』に飛びかかろうとしていた魔物グールを彼女は一蹴し、確実にとどめを刺してからこちらに向かってすたすたと歩いてくる。

 魔法科学連合5番隊隊長、武田明音たけだあかね。それが彼女の肩書であり、魔法少女として最も長く戦い続けている者の名前だった。

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