第8話


 昼休み。


 佐久良の協力により俺は種巻と最初の被害者、葉土角紀と面会を果たした。俺の秘密を知ったのだからと佐久良には良い働きを期待していたが、早速活躍してくれたらしい。最適なタイミングだ。


 一年の廊下で待っているところに佐久良に連れられた葉土がやってくる。


「君が葉土くん? わざわざ時間もらって悪いね」


 葉土が佐久良からどんな説明を受けたが分からないが、動揺は見られない。先輩である俺らに対しても驚いた様子はない。


「いえ、構いませんよ。佐久良さんに呼び出されたときは何事かと焦りましたけど、例の件の犯人を探しているんですよね。でしたら僕にも協力させてください」


 物腰柔らかそうな少年。見た目も落ち着いていてまともに会話はできそうな感じではある。前情報としておとなしいと聞いていたが想像よりはいい第一印象だ。


「それじゃ、私は友達とお弁当食べるんでここで。葉土くんありがとね。先輩たちもよろしくー!」


 佐久良は葉土を連れてきただけらしい。俺らに意味不明な目配せをして嵐のように去っていった。


 こいつも協力者のはずなのに友達を優先しやがった。別にいてほしいとも思わないけどなんか腹立つ。


「元気な人ですね」


「さふぶとは仲良いの?」


 慣れている様子に種巻が訊ねる。


「特別仲が良いわけではないですね。あの人、誰にでも対応が変わらないじゃないですか。僕みたいな友人が少ない人間にも普通に声をかけてくれる稀代の明朗女子です」


 あいつ、同級生にも分け隔てなくいい顔してるのか。女子は大変だろうな。いつか痛い目に遭わないといいけど。


「同学年では意外と人気者って聞くもんな。なんでいつも、俺らと連みたがるんだか。なー、戸波ー?」


「んー」


「何その顔」


 おっと、危ない。人気者への嫉妬から顔を顰めてしまっていた。自分にないコミュニケーション能力を持っている人間がこうも妬ましいとは。人柄では絶対に俺の方がいいのに一体何が違うんだ。


 息を吐き切り替える。


「本題に入らせて欲しいんだけど、葉土くんが自分の名前が使われているって気づいたのはいつ?」


「それはお二人と同じタイミングだと思いますけど。図書室を利用した人を中心として即座に伝播していきましたから。昨日の朝にはクラス中で話題にされていました」


「情けないことに俺らが知ったのはずっと後なんだよなー」


 項垂れる種巻。情報網の端に位置する俺らとは伝達に時差があったようだ。


 噂で気づいたということは名前を使われたからと言って直接的なコンタクトはなかった。他人から言われてさぞ驚いたことだろう。


「図書室はよく利用する?」


「頻繁ではありませんね。試験の前の週とかに勉強室として利用はしているくらいです。ほら、家に帰ると誘惑が多くて集中できませんから」


 犯行現場との関連性も無しか。これは久留井とは違ったところだ。音楽室は吹奏楽部の活動の主な拠点だから久留井は自分の名前を直接確認することができた。因みに御座下も調理部ではない情報を得ている。


「わかるわかる。一人だと逆に集中できないんだよな」


「一人じゃなくても集中してないだろ」


 テスト前に二人で勉強して雑談をしてしまうという失敗を何度もしている。その点俺らは成長がない。


 図書室か……。


 偶に利用する程度で無理矢理関連させても後々苦しい。予め葉土が図書室を利用する確証があったならまだしも。


「他人の目で自分を律してるんですよね。努力している姿を誰かに見ていてもらうことで安心できるんです」


 テスト勉強を始めるには早すぎるよな。


「昨日は図書室利用した?」


「してません。僕、美術部なんで先輩と同じクラスの秋先輩に聞けばわかると思いますよ。放課後は絵を描いてました」


 確認するまでもないな。俺に嘘は通じない。犯人は俺と同じクラスなのだからそれも合わせて彼は無関係と断言できる。


「自分の名前が使われたことに関して思い当たる節は?」


「気づかぬうちに他人から恨まれていることもあるかもしれないですけど、誰かから嫌がらせを受けたのは昨日が初めてです。今日の集会を聞く限り、被害者は僕の他に二人いるらしいじゃないですか、それが誰か僕にはわかりませんが共通点がないのなら人選は無差別とみてもいいんじゃないですか?」


 話せばわかる、葉土は普通の生徒だ。何も引っかかる部分のない至って平凡な男子だ。


 同じ被害者でも久留井とは違い心の騒めきを持っている。これが通常の反応のはずだ。上の学年から自分がターゲットにされた事件のことを聞かれれば焦りくらいあるだろう。俺の頭のズキズキは十分に許容できる。怪しくなってきたのはどちらかというと久留井の方だ。


「実は今日、君と会う前に既にもう一人の被害者から話は聞いているんだ。その人から得られた解答も大凡、君と同じものだった。身に覚えはない、勝手に名前を使われて迷惑しているとね」


 実際に苦言を呈していたのは根武家や久留井の周りの人たちだが。久留井自身は無関心。本当にあの凪のような静けさは怖いくらいだった。


「でも、ただの愉快犯なら捜すのなら難しくなるな。こういう推理って動機から犯行を辿っていくだろ?」


「人を巻き込んでいる以上、思惑がないとは考えにくいけどな。注目を浴びたいだけならガラスに傷を付けるだけでいい。丁寧な名前を書くのなんて時間がかかるだろう」


 刻んだ名前に理由がないとすれば誰の名前も刻まない理由にもなるはずだ。丸や四角の幾何学模様だって名前よりは簡単だ。


 何故、名前に拘ったのか。ただ悪戯に思わせぶりなヒントを与えて俺らを撹乱しようとしているのか。だとすれば難なく術中に嵌っている。


「どのみち、僕の証言からは犯人を割り出すことはできなそうってことですね。すみません、力になれなくて」


「いや、とても貴重な証言だったよ。君に非がないことが確定して、こっちの考えも絞れなかったわけじゃない。ありがとう」


「それは良かった。必ず犯人を見つけてくださいね。名前を使われた身としてはこのままじゃ気持ち悪いですから」


「一刻も早く止めるべきだけど、まだ犯行は続く場合、必然的にヒントは増える。愉快犯だとしても警戒される中での犯行は不可能に近い。すぐ解決するさ」


 種巻が胸を張る。


 どのみち継続はあり得ない。着地がどこになるかが問題だ。


「広く見渡すことで見えてくるものもあるかもしれませんね。目には見えなくても繋がりはありますから」


 最後に曖昧なアドバイスを受け取って葉土とは別れた。

 教室への帰り道、種巻と感想を共有する。


「なんか良くも悪くも普通の奴だったな」


「悪い要素あった?」


 どんな奴を期待していたんだか。質問にも嫌な顔せず答えてくれて俺としては好印象だ。


「狙われた側からの話を聞けば何か分かると思ったけどここまでなにも得られないとは。やっぱり、無差別なんだろうな」


「動機が見えてこないよな」


 久留井との共通点も見えてこない。久留井の名前を出して反応を窺っておくべきだったか……いや、あまり意味はない。今日だって昨日のように噂は蔓延しているはずだ。嫌でも耳には入る。触れてこなかったのは面識がないということだろう。となると三年の御座下拓夫に話を聞く必要性もない気がしてくる。同じ結果なら労力の無駄だ。


「やっぱり、クラスで一人ずつ潰していくしかないんじゃね?」


 投げやりになってきた種巻。


「協力してくれます?」


 俺と教室程度の広さに二人きり、これを39回。俺一人では到底達成できない。


「んー、無理かな。既に苦労する未来が見えてる」


 種巻も自分への負担を想像してか珍しく難色を示す。散々無謀なことを押し売りで協力してきたのに線引きがしっかりしてやがる。


「薄情者が」


「全校集会での俺の立ち回りを知っても言えるか? こんな厚情な漢が側から消えるぞ」


「冗談じゃんか!」


 掌返し。種巻には絶対にいなくなってもらっては困る。数少ない理解者だ。

 機嫌を取る為に肩を揉んで茶番は終了。


「でもまた同じように明日犯行があれば絞れそうじゃないか。何なら早朝から張り込んで現行犯でもいい」


「憶測だけど、もうこの手の犯行はもう起こらないんじゃないかと思ってる」


「なんで?」


「種巻の言う通り、警戒された中ではリスクがあるからだよ。犯人としては見つからないことに美学がある。謎を残し疑問を持たせるのがこだわりなんだ。そのために今日、調理室と音楽室を同時に狙ったんだろう。どちらかは明日でも良かったはず。おそらく一日目の教師たちの反応から警戒の目が強まるのを恐れたがためのシフトチェンジだったんだと思う」


「なるほど。意外と理解できなかっただけで謎が犯人を表すって線もあるんだな。いいじゃん、推理っぽい!」


 犯人を直接暴くことができなくとも今の材料で思惑くらいは掴めるはずだ。


「現状、被害のあった三箇所の目立った情報は集められた。あとは比較して何が見えてくるか」


「つまり、ヒントはもう出尽くされたってことだな……。よし! いよいよ謎解きといこうじゃないか!」



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