第9話

 

 放課後。空き教室。


「では、まとめると──5月24日、図書室にて最初の犯行がありました。第一発見者は一年女子生徒。前日に勉強の為利用した図書室に忘れ物をし、朝礼前に取りに行ったところ窓ガラスに鋭利なもので傷がつけられているのを発見しました。また、この傷はただの傷ではなく【1-5 ヨウドツノキ】と特定の生徒を思わせるような悪質なものでした。そして、5月25日、同じ犯行が二箇所で起こりました。一つ目は音楽室。第一発見者は吹奏楽部二年生部員。吹奏楽部の朝練に来たところで発見しました。窓の傷には【2-4 クルイサキ】。二つ目は調理室です。第一発見者は事務職員のひとり。図書室の件により見回りを強化したところ同じく朝発見。窓の傷には【3-6 オザケタクオ】。とまあ、二日間での大まかな犯行内容です」


 黒板に時系列を大まかに書いた佐久良がドヤ顔でチョークを置く。


「うん。わかりやすくまとめてくれてありがたいんだけどさ、なんでいんの?」


「えぇ!? 私も捜査一課の仲間じゃないですか! ここまで情報集めるだけでも私の尽力は大きかったでしょ」


 いつから捜査一課になったんだよ。探偵ごっこだったはずだ。あくまで推理で犯人を特定するだけで取り締まるつもりはない。俺の頭痛が根本であることを理解してもらわねば。


 それに俺には佐久良に対し少し腑に落ちないことがある。


「別に駄目じゃないんだけどさー、お前葉土連れてきただけですぐいなくなったじゃん」


 仲間と主張するからには足並みは揃えてもらわないと。ここは先輩として後輩の立ち回りを教えてやる。


「まあまあ、先輩たちと違って私にも友達との付き合いがありますから。こういう地道な付き合いの積み重ねが今日みたいないつでも利用できる人脈作りに繋がるんですよー」


「ぐうの音も出ないわ」


 正論カウンターが心のみぞおちに抉り込んだ。俺が普段からコミュニケーションをとる努力を怠ってることを遠回しにディスっているのか。


 実際、佐久良がいなければ葉土に怪しまれずに会話できたとは思えない。


「早く話進めようぜー。部活遅れ過ぎると先輩にキレられるからー」


 隣で真剣に話を聞いていた張り切り気味の種巻が急かしてきたので推理に入る。サッカー部は既に始まっているが顧問は諸々の事情で顔を出せないと予想している。適当な理由をつければ多少遅れても問題ないだろう。


「まず、犯人を特定するにあたってある程度こちらで仮定を立てるわけだが疑問に思うことが有れば言って欲しい。ここが全くの見当違いならなんの意味もないからな」


「わかってる。根本に関わる矛盾は慎重に見極めていこう」


 間違ったまま進んでしまうことは一番避けたいところだ。途中が絡まって何が本当かを見失ってしまう。


 推理の基本、前提条件を全員で考える。


「一つ目はこの3件の犯行を同一人物が行っている、あるいは同一人物の指示のもと行われたものであること」


「異論はないよ。最初の1件目に触発されて翌日に同じ行動をとる異常者がいるとは考えにくい。だけど協力者がいる線は残した方がいいと思う。特に二日目。犯行時刻が絞れないから断言できないけど、別棟の対角線上にある部屋を狙うには二人いるのが効率的だ」


「筆跡みたいに同じ字で比較したらいいんじゃないですか? 戸波先輩、全部見て違いありませんでした?」


 佐久良指摘はいいところを突いている。もっと早く聞きたかったものだ。


「うーん。あんまり気にして見てなかったな。一応写真撮ったけど見る?」


 俺はスマホを佐久良に差し出す。


「えー、なんか光が反射して見にくいなー。ツノキの「キ」とサキの「キ」、クルイの「ク」とタクオの「ク」ですか。似てると言えば似てるし違うと言えば違うかなー」


「つまりわからないってことだな」


 結果は曖昧に終わった。これは写真を拘らなかった俺も悪い。もう一回見に行くにも全校集会でもない限り誰にもバレないことはあり得ない。


「面目ないです。私が筆跡鑑定の資格を持っていないばかりに……」


「誰もお前にそこまで求めてないよ」


 明後日の方向の反省をする佐久良を種巻が励ます。


「なら、種巻の言う通り、共犯の可能性も視野に入れるとして。二つ目、犯行はもうこれ以上起こらないこと」


「それは昼休みに戸波がした説明で納得してるよ。二日目に2件の犯行を起こしたのは犯人の焦りからって話だろ」


「敢えて調理室と音楽室を同時に狙ったわけではないんですね」


 可能性はある。だがそこに動機が見えない限りスルーしてもいいだろう。全て早朝を狙っていることからも第一に犯行現場を見られないことを念頭に置いているのが窺える。


「仮定だから納得いかない根拠があれば言ってくれよ」


「いやいや、ないです。ひとまずそれで推理していきましょ」


 確認されると自信はなくなる。何か見逃してることがあるかもしれない。だが、踏み切らないと先に進まないのも事実。


「三つ目、窓に名前を使われた被害者たちには共通点がなく、無差別に選ばれていること」


 一番自信のない点。何より御座下拓夫には話を聞いていないためサンプルが二人での比較の結果だ。見落としている点があっても不思議じゃない。


「普通に考えて全学年にそれぞれ恨みを持ってる生徒がいるって稀だもんな」 

 種巻は佐久良からスマホを受け取り写真をスワイプして見ていく。


「もしかしてこの被害者の中に犯人がいるんじゃないですか? なんかそういう展開の話よく聞きません?」


「漫画の読み過ぎだろ。登場人物が犯人とは限らない。それに、その場合犯人は必然的に久留井なるぞ。元はと言えば俺がクラス内で頭痛に悩まされているって話からなんだから」


「久留井さんと話して頭痛しませんでした?」


「全くと言っていいほど。むしろあそこまで注目されていたのに何も感じていないことに気味の悪さを感じたくらいだよ」


 あれはあれで不自然さはあった。大抵の人間の感情を受け止めてきた俺からすれば何考えているかわからないあいつは新鮮で違和感がある。この件に関わっていなくても今後注視してしまうだろう。


「なーんだ」


 あくび混じりに感想を口にする佐久良。こいつ、飽きてやがる。


「ちなみに、葉土に対するクラスの反応はどんな感じ?」


「本人に対しては気の毒だとか心配する反応でしたよ。裏ではふざけ半分で茶化したりする人もいるけど大体そんなもんでしょ」


 犯人だと決めつけたり、名前を使われた理由を予想してみたり、適当なことで盛り上がる。関係ない人間からすれば話題のひとつでしかないからな。心から心配している方が少数だろう。


「お前も混ざって言ってそうだな」


「付き合いがありますからね。思ってもないことでもノリで言っちゃうことがあるんですよ」


「性格悪いな」


「女子に幻想を押し付ける方がキモいっすよ」


 悪びれることもなく淡白に自白してくる。俺には何を言ってもバレると思っているからだろうか。他の人なら得意の外面を使っていい子ちゃんアピールで誤魔化したはずだ。その努力もしてもらえないとは。覚悟していたが接し方が目に見えて変わるとが思ってたよりショックだ。


「あー! 俺わかっちゃったかも!」


 俺と佐久良が醜い小競り合いをしていると写真を凝視していた種巻が突然机を叩いて立ち上がった。


「マジ?」


「これ見て!」


 三人で俺のスマホを覗き込む。窓ガラスの画像がズームインされていただけで何が言いたいのかはまだわからない。


「まさか種巻さんって筆跡鑑定の資格持ってたんですか!」


「ちげーよ。この名前の横の学年クラスのとこ、久留井だけ少しずつずれてんだよ。そして見事に学年クラスで1から6が重ならずに使われている」


【   1-5

  ヨウドツノキ 】

【 2-6

  クルイサキ 】

【   3-4

  オザケタクオ 】


 言われてみれば久留井だけが名前のラインに合わせられて学年クラスが刻まれている。俺は最初、単なる人為的なミスと考えてスルーしていたが、数字の視点を持ち出されれば流石に気づく。


「並び替える?」


「そう、数字順に下の文字を並び替えると……」


 葉土のド、久留井のク、御座下のケ、拓夫のタ、角紀のツ、久留井のル。思いもよらない人物の名前が浮き上がってくる。


「ドクケタツル!」


「毒毛? 毒毛って先生じゃ……」


 どういうことなのか佐久良は理解が追いつかない。

「そう、毒毛なら俺たちのクラスだ。戸波の頭痛の範疇にも入る」


 意図も簡単に条件を満たす人間が現れた。明らかに偶然ではない。名前の謎をすべて消化して浮かび上がった答えだ。


「えー! すごいです、種巻さん!」


「やべえ、謎解きみたいでちょっと楽しかった」


 拍手で種巻を讃える佐久良。自分でもびっくりしているのか興奮が収まらない種巻。


 見にくい画像の中よく気づいてくれたと思う。人の名前だけでなく学年クラスまで刻んだ意味をここで知ることになった。


 しかし、解せないことがある。


「どうしました? 戸波先輩」


「いや、毒毛先生が犯人とは思えなくて」


 前提として教師がこんな悪戯するか? 学校全体を巻き込むなんてリスクがでかすぎる。


「これ以外のしっくりくる答えなんてあるかよ。確かに教師とのギャップはあるけど誰がどんな考えを持っているかなんてわからないだろ。たとえお前でも」


「俺も答えはそれで合ってると思う。でも、犯人に結びつけるには安直じゃないか?」


 同じクラスという俺個人が持ち合わせているヒントに当てはまる人間は学校全体で考えると少ない。条件に合えばその人を断定してしまいたくもなる。だからこそ冷静に。もし、俺に頭痛がなかったとしてこの答えで納得できるか……頭痛、あれ? 昨日っていつ頭痛が起きたんだっけ? 確かに毒毛先生と教室に入ったはずだがその前から頭痛は起きていたんじゃなかったか?


 俺は必死に記憶を辿る。だが、時系列が曖昧だ。教師まで選択肢に入るとは思わなかったからいつ頭が痛くなったかなんて気にしてなかった。教室に入った後かなとは思うが自信がない。


 すると横から久留井が口を出してきた。


「毒毛先生ってお二人の担任ですよね。私、あの先生なんか変だと思ってたんです」


 でたよ。こうやって後出しで煽る奴。厄介極まりないな。


「変って?」


「噂ですけどあの先生、前の学校で不倫してうちの学校にきたって」


 聞いたことない。嫌いな生徒が創るよくありそうな捏造話だ。


「信憑性無さそうな噂だな。あの人結婚してないだろ」


「自分が結婚してなくても相手が結婚してる不倫パターンあるじゃないですか」

「うーん。その情報を信用する気にはならないな。佐久良って芸能人が不祥事を起こしたときに率先して、わかってましたと言わんばかりに掌返しするタイプだろ」


 やると思ってた。とか、昔から嫌いだったんだよねぇ。とかいかにも言いそうな女だ。安全とわかってから否定から入るからな。少しは同情してやれ。


 痛いところを突かれたのか佐久良があからさまにムッとした。俺の腕をキツくつねる。


「先輩、自分が解けなかったからって嫉妬してます?」


「痛いし、そんなに器小さくねえわ」


 佐久良の手を力強くで腕から引き剥がす。


「確かにわからなかったけど考え方としては単純だろ。俺だって後で写真見返そうと思ってたし、毒毛の名前が出るのだって時間の問題だった」


「戸波……」


「先輩……」


 二人が憐れみの目を向けてくる。


「やめろ、そんな目で見るな!」


 二人の憐憫の情まで俺の頭痛に影響してきた。こいつらマジで可哀想に思ってる。


「って、いいんだよ、そんなことは。俺が言いたいのは名前が出てきたからと言って犯人には断定できないってことだよ。まず犯人が自分の名前が出てくるような謎解きにするか? 余程自己顕示欲が強くない限り見つからないように手を尽くすだろ」


「言われてみると確かにそうだ。犯人が自分であることを匂わせるなんて意味ないもんな。むしろ関係ない誰かの名前にして擦りつけるそうなると誰かが毒毛先生を犯人にしようとしてるってことになるな」


 種巻はすぐに理解してくれた。


 教師なら尚更自分の名前は伏せる。リスクを楽しむにしても謎解きが簡単すぎだ。怪盗ごっこにもなってない。


「本当に疑いの目を向けさせたいだけなんですか。仮に毒毛先生が犯人じゃなかったら否定されて終わりじゃないですか。犯行の擦りつけはできませんよ」


 それでもいいんだろう。目を向けさせることに意味があるとすれば犯行自体はそのきっかけにすぎない。高みで俺らを嘲笑っている奴がいる。


「動機は見えてきたわけだ。毒毛先生に恨みがある人物、心当たりある?」


 種巻が俺に問う。俺の答えは当然、


「いたかなー?」


「くそっ。友人の少ない俺らには酷だ。同じクラスなのに情報がない!」


 項垂れる男子二人。


「自分たちで言ってて悲しくないんですか……」


 久留井は呆れてた。


 ふと冷静になって考えるとまだ謎のままのことがある。毒毛辰流という名前が出てきて大きな足掛かりにはなりそうだ。でも、全てがまとめられたとは言えない。ここは自分で確認するしかないだろう。壁にかかった時計を見上げると部活に行く予定の時間を過ぎていた。これ以上は怪しまれる。


「現状、考えられるのはここまでかな。二人ともありがとう。あとは、俺でどうにかするよ」


「いいのか? できれば今日解決しておきたいだろ」


「まあそうだけど。いよいよ部活行かないといけないしな。気になる疑問もいくつかあるから一旦考えをまとめる時間が欲しい」


「そうですね。私も怒られたくないんで早く行きましょ。また、明日です」


 自然な形で二人を教室から出し、俺は一つ考える。この事件は誰を不幸にしているのかを。



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