第5話

 

 駅の自販機で二人にジュースを奢った。佐久良がアイスがいいと喚いたがコンビニに寄る時間が惜しかったのでジュースで黙らせた。


 種巻は腕を組みながら難しい顔で缶コーヒーを受け取る。本当はそんなに考えてないくせに探偵ごっこでテンションがあがっているのだろう。普段缶コーヒーなんて飲まないくせに。


「さふぶは今日の朝何時に登校した?」


「8時半くらいです。いつもと一緒。種巻さんと多分同じ電車ですよ。朝見たし」


「俺もたまに見るな。てことは、朝のことはわからないか」


「あーもしかして窓ガラスに悪戯されてたってやつですか? うちのクラスの教師も怒ってましたよ。私も何もしてないのに怒られた気分になって最悪でしたよ。あれ、先輩たちがやったんですか?」


 察しはいいが何でそうなる。事情聴取しているのは種巻なのに俺まで勝手に共犯にさせられた。


「種巻と朝一緒の時間だったならわかるだろ。俺はそれよりも遅く登校したからアリバイがある」


「いつも早いのに珍しいですね」


「長いものには巻かれるべきだと知ったよ」


 目覚まし時計業界には悪いがスマホが便利になればなるほど衰退は免れないだろう。朝起きるという目的に対しての最も重要な点は確実性だからな。


 佐久良は俺のズレた答えに首を傾げた。


 種巻が話を戻す。

 

「何か知らないか? 噂でも誰が怪しいとかでもいいから」


「先輩たちが怪しいです」


「俺ら以外で!」


 怪しまれるのは仕方がない。事情を知らない佐久良では俺らが興味を示していることを不思議に思う。だからって犯人に疑われるのは侵害だ。無関係もいいとこでアリバイからも一番遠いと言える。


「犯人とかは知りませんけど窓ガラスになんて書いてあったかは知ってますよ。ほら私、先輩たちよりも友達多いから」


「いちいち俺らを傷つけないと喋れないのかお前は」


 友達が多くても俺らと下校している時点で同じようなもんだ。同級生のマネージャーもいるはずなのに。仲悪いんじゃないか。


「なら教えてくれよ。誰かの名前なんだろ?」


「いいですけど、私にも教えてくださいよ。なんで二人がそんなに必死になって犯人を探すんですか?」


「ただの遊びだよ。最近の高2は探偵ごっこが流行ってるんだ」


「真面目に答えてくれないなら私も言いません。それか適当な名前を言って捜索を撹乱させます。私の友達にもデマ情報を流すように根回ししておきます」


「厄介すぎる。助っ人かと思ったら地雷だったわ」


 理由なんて気にせず言ってくれればいいものを。先輩相手に勿体ぶるな。


「さふぶなら話していいんじゃないか。別にこんなことで戸波への接し方が変わるようなやつでもないし、言いふらしたりもしないだろ」


 種巻の助言。

 いや、言いふらすんじゃないかな。残念ながら口が堅いイメージはない。現に今だって情報を貰おうとしているし。


 信じてもらえるかはさておき、佐久良がこの事実を知って俺と疎遠になることは致し方ないことではある。今までも散々あったことだ。耐性もついている。だが、言いふらされるとなるととても俺一人で処理できるようなことじゃなくなってくる。


「私、他人の秘密とか絶対に言わないですから」


 友達多い奴って大抵陰口や噂話が好きだからなー。少なからずそういうストレス発散の吐け口として人望を集めていることが多い。信用するのはいかがなものかと。


 ただ、話を進めたいのも事実。


「まあ、秘密が漏れたら佐久良をボコボコにすればいいか」


「考え方が暴力的過ぎません?」


 効果があるか分からない釘をとりあえず刺して、俺の頭痛の悩みを打ち明けた。



「えー! じゃあ、先輩はずっと私の心の声をきいてたってことですか!?」


 当然ながらこんな反応をされる。


「いや、声が聞こえる訳じゃないよ。感情が音になって頭に伝わってくるというか……、それもネガティブなものだけ」


「どんな音ですか?」


「表現が難しいけど、怒りだったらチクチクしたり焦りだったらズキズキ、恐怖だったらガンガン……」


「……」


 佐久良の眉間に皺が寄り口をぽかんと開ける。


「あれ? もしかして疑われてる?」


「いえ……普通に引いてます。不思議なこと言い出したなって」


「恥ずかしっ!」


 初めからすべてを理解してもらうのは難しい。関係性があっても無条件では信じてもらえないか。俺の説明にも曖昧な部分があったのせいもある。俺自身この頭痛を深く理解できていない。


「では、私は今どんな感情でしょうか」


 佐久良は困惑しながらも嘘だと即座に否定はしない。


 すっと真顔になり俺を見つめる佐久良。俺の頭にズキズキと攻撃がくる。


「焦ってるだろ。まあ、この状況じゃそれ以外の感情にはならないだろうから信憑性に欠けるけど」


「ぶっぶー。正解は怒ってるでした」


「なんで怒ってんだよ。怒らせるようなことしてないだろ」


「私に隠し事をしたこと許しませんよ。別に隠すようなことじゃないです。なんで真っ先に教えてくれないんですか」


 まるで長年の付き合いであるかような口ぶりだが知り合ってたった一ヶ月だ。

 その事実を確認してハッとした。まだ一ヶ月程しか彼女とは向き合っていない。秘密を打ち明けるには気を許し過ぎている。


 種巻といるからか最近緩んできている傾向にあるのかもしれない。孤独と向き合った過去を思い出し自分を律さなければ。


「内に秘める感情がバレるっていうのは俺に恥部を曝け出しているのと同じなんだよ。感情は自分でコントロールできるものじゃない。その人の深層心理、隠したい本性を他人が知ればそれまでの関係なんて平気で崩れる。佐久良にだって他人に触れられたくない悩みがあるだろ? 他人の弱点を熟知している人間がいれば気味が悪がられるし、警戒されるということは昔痛いほど味わった。それに、口頭で説明したって頭痛が治る訳じゃない。高確率で余計に悩みを増長させてしまう。自分の身を守るための最適解は他人を巻き込まないことだと結論づけた」


 近しい人間なら特に内に秘めるネガティブを触れてしまうことに罪悪感を感じる。


「へぇー」


 軽く相槌を打つ佐久良。


「もしかして信じてない?」


「信じてますよ。ずっと不思議でしたから戸波先輩の頭を抑える癖。そんな事情を知ってしまったら気味の悪さよりも同情の方が勝ってしまいます。心の声が聞こえるとかなら羨ましいけど感情が痛みとして伝わるっていうのはなにがなんでも可哀想でしょ。メリットの裏腹のデメリットとも言えないじゃないですか」


「そう考えもらえるなら楽だけどさ」


 どこまで信じてもらえたのかは分からない。でも、そう言われて心が軽くなった。秘密を打ち明けた迂闊さも佐久良の人柄に救われた。


 もしかしたら俺は怖かったのかもしれない。他人の為とか大層な理由を並べといて本当は誰にも嫌われたくないのが本心なんだ。


 佐久良から同情を戴いたところで隣の種巻に目を向けるとスマホを操作しながらにやにやしている。二人に話していたのにいつのまにか佐久良としか会話していないことに気づいた。自分には関係ないと聞き流していたと思うと腹が立つ。


「何やってんの?」


「もしかして彼女ですか?」


「いいだろー」


 やばい。この状況でこの話題はよくない。


 すぐさま横目で佐久良を窺うと瞬発的に目が合ってしまった。お互いに心中を察する。


 まるで蛇口を開けたかのように次第にズキズキが強くなっていく。俺は思わず顔を顰めてしまった。


「先輩……。さっき言ったこと撤回します」


「やめてよ」


 消化しきれない気まずさだけが残りそれ以上の言葉は何も出てこない。幸い、種巻には気づかれてはいないが俺は自分がどうするべきかわからないでいた。何もせず何にも干渉しないことが理想でありそれがベストなのだが、佐久良に事情を知られてしまった以上、知らないふりを貫くのは薄情ではないかという感情が蠢き始めている。必死に抵抗し感情を抑えるが結果としてただの置物と化している。


「さふぶも理解してくれたところだし、教えてくれるよな、何が書かれていたんだ?」


「え? あ、はい。名前ですよ名前」


「それは知ってんだよ。誰の名前だ?」


「1年4組の葉土角紀くんです」


 固まったままの俺はその名前だけを頭に残した。


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