第4話
19時。部活動終了。
二年になったこともあり練習の後片付けもそこそこで帰れる。部室からグラウンド整備を行う後輩を眺めて待遇がこんなに変わるのかと一年の重さを噛み締めてみるとなんだか優越感。
備え付けられた自分のロッカーを開け、練習着から制服へと着替える。
5月といえどすっかり暑く、運動後ともなれば汗で全身が湿っている。思春期の男子には制汗剤が必須アイテムであり聖水。それをふんだんに身体に振り撒いて身を清める。
「せんぱーい。着替え終わりましたー?」
部室のベンチに座って帰る支度をしていると入り口から後輩の女子マネージャーが覗いて来た。背後には種巻の姿も見える。
「誰だお前」
「さふぶも一緒帰りたいってさ。いいだろ?」
佐久良風吹で縮めてさふぶ。すっかり部内で定着したこの愛称も俺にはまだ恥ずかしくて呼ぶことはできない。出会ってほんの一ヶ月程度だ。
彼女とはどういう経緯で話すようになったのかも分からない。同じ部活なだけで接点もなかった。距離の詰め方に恐怖すら覚える。ゆっくり人となりを詮索していきたい俺にとって佐久良は暴走列車だ。
「別にいいけど」
「あれー? あんまりウェルカムじゃない感じですかー?」
俺の脇腹を拳で小突く。距離の詰め方がよもや外国人だ。
「うーん」
正直、あまり歓迎はできない。
佐久良は性格が明るく快活で誰とも仲良くできる人間だ。線引きもうまく、先輩として立てるところと舐めるところを絶妙に調整している。俺自身もこの人懐っこい笑顔に気を許し、楽しく会話ができてしまいつつある。このまま密接な先輩後輩の関係が出来上がることにも抵抗はない。
しかし、俺はこの状況では悩まざるを得ない。俺だからこそ知れてしまうこと。これは佐久良が俺に近づく理由にも関係している。
二人なら問題はない。種巻がいることで俺の心はざわついてしてしまう。別に嫉妬じゃない。可哀想な佐久良が見てられないだけだ。
つまり、彼女は種巻に好意を寄せていて種巻には交際相手が既にいるのだ。この三人で帰るからには神経をすり減らして互いの距離感を維持していかなければならない。
勿論、俺は数少ない友人である種巻に悩みを持たせたくはない。種巻の彼女も知っているしいい関係を築けているのも知っている。だから、ここで佐久良と二人きりにするような真似は決してしない。佐久良をサポートするような立場を取る訳にはいかない。
だけど、だからといって佐久良を遠ざけようとするのも俺としては違うと感じている。同じ部の後輩として彼女のいい部分は知っているし、何より彼女の想いは否定されるべきものではない。俺を利用していることに関しても余裕で目を瞑ってあげられる。
結局、懸念はこの頭痛なのだ。これがなければ俺も馬鹿なふりして何も知らないふりをできた。佐久良がふられて傷つこうが種巻が二人の女子の間で想い悩もうがへらへらと受け流して見せた。なのにこの頭痛が俺に二人の気持ちに共感しろと訴えかけてくる。俺としては進展させずに時を経過させるという方法しか思い浮かばないのだ。
「早く帰ろーぜ。早速さふぶからいい情報が聞き出せそうだからな」
普段当たり障りのない会話を考える俺だが今日に限ってはうってつけの話題がある。すっかり種巻も探偵モードで今日で何かが変わるということはなさそうだ。
「いきましょー。戸波先輩、途中でアイス奢ってください」
「石でも食っとけ──痛っ」
「どしました?」
突発的に頭を抑えた俺を佐久良が不思議そうに尋ねる。
すっかり気が抜けていた。ここは学校。いつだって頭痛の種は落ちている。
水道の前を通ると手を洗っている先輩二人の姿が見えた。その一人は怖いで有名な青篠先輩だ。
「お前今日めっちゃ怒られてたじゃん」
「うっせえよ」
青篠先輩は機嫌悪そうに弄ってくる先輩をいなしていた。仲がいいのだろう。俺がこんな風に絡んだすぐさまパンチが飛んでくる。青篠先輩は普通にそのくらいするし、俺ら後輩にとっては怖すぎる存在だ。
「嫌われてんじゃね? あいつ気に入ってるやつには優しいし」
「マジそれ。あー、あいつマジで殺してやりてー」
きっと練習中に怒られていたときの話だ。内容で誰のことを言っているのかわかる。
青篠先輩が顧問への不満を口にしたところで通りがかった俺らに気づいた。種巻と俺は瞬時で会釈を繰り出す。
「あ?」
「お疲れ様です」
「お先失礼します」
「おう」
先輩たちは俺らに一瞥くれると会話に発展させることなく三年の部室に戻っていった。冷たいと思う反面絡まれよかったという安堵もある。あの人は大柄で威圧感があるからあまり近づきたくはない。部活中でも後輩相手に口論になることは少なくなくひどいときは胸ぐら掴んで怒鳴り散らしていた。あれをみたらこっちだって萎縮してしまう。
だが一方で青篠先輩の気持ちはわからなくもない。うまくいかないことを他人のせいにして自己保身に走ることで精神を安定させるのは俺もよくやる手法だ。陰口だって本人にバレさえしなければいい。そうしないとストレスが溜まっていく一方で自分が苦しくなっていく。
おそらく俺も悪口言われてるな。
チクリと音を鳴らした頭痛が俺にそう予感させるのだった。
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