Bloom Of Youth's Season

@aw-m0

はじまり




     1◆





「美音のせいで嫌な汗かいちゃったじゃん。……今度からもう少し早く起きなよ」


 動き出しで揺れる電車の中、隣で肩を上下させている幼馴染は小さく私を睨んだ。今日は高校二年生での初登校日……つまり、始業式である。事もあろうに私はそんな日に二十分という大幅な寝過ごしをかましてしまったのだという。どうしても春は眠たくなるものである。いつもは座席が空いている間に乗り込めるのだが、今回は満席のようだ。諦めてつり革へと手を伸ばす。

 何の弁明もしないで黙っている私に、息を落ち着かせたらしい彼は、軽く笑って顔を覗き込んだ。


「今年、どうかな。同じクラスになるかな」


 彼の口調が優しいものに変わっている。どうやら思ったより怒っていないみたいだ。

 幼馴染の、立花優。保育園の頃からの付き合いで、名前の通りこいつは誰にでも優しい。よって、周りからも慕われている。――が、かなりの外面人間だ。端麗な顔立ち、長年の水泳経験で培ってきた体つき、頭の良さなど、彼の全てが相まって特段女子人気が高い男であるが、私が知る限り女の子と付き合ったという話は聞かない。そこまできて、同性からも支持が厚い。そんな人間を私は彼以外に見たことがない。ここ数年の優は、「とにかくうまくやっていきたい」という思いが先行しているように思う。持ち合わせすぎた人間は大変なのだな、とたまに心配になる。

 またもや何も答えない私を不思議に思ったのか、優は私の顔を覗き込んできた。目が合うと、「どうしたの?」と微笑まれる。笑って顔を覗き込むのは彼の癖だ。なんだか子供扱いされているようで、私はあまり好きではない。


「別に。クラス同じじゃなくたっていいよ。今年一緒になったら四年連続になっちゃうもん」

「確かに、今年はさすがに離れるかあ」


 友人に、「立花くんと付き合ってるんでしょう!」と聞かれることがあるけれど、断じてそんなことはない。偶然家が近くで、年齢が同じだった。そこまで悪い奴じゃなかったから、ここまで一緒にきた。他と違う居心地の良さみたいなものはあるけれど、それに依存はしていない。おそらく、優も同じような感覚だと思う。どこの幼馴染もそんなものだろう。


「美音、そろそろ行くよ」


 名前を呼ばれて、一気に周囲の情報が頭に流れ込んでくる。次の停車駅は私たちの通う空宮高校の最寄り駅だった。電車は徐々に速度を落とし始めている。ここまでくれば、もう遅刻の心配はない。安堵の息を落とす。

 県内でも規模の大きい空宮高校や、商業施設が近くにある空宮東駅は、比較的大きいほうだ。降りる予定であろうスーツの男性や、私たちと同じ制服を着た空宮高校の生徒も、ドアの近くに曖昧に並びだす。

 ドアが開いた瞬間、優が思いついたように呟く。


「でもやっぱり、同じクラスがいいかも」

「え?」


 電車を降りてから流れるように改札へ向かう。思いもしない優の言葉に間抜けな声が出た。人に執着しない、……というか、あまり興味を持たない彼が、そんなことを言うのは珍しい。

 なんで? と問いかけながら、定期を探すためにポケットに手を入れる。ややあってから優が答えた。


「うーん、なんとなく? 春だから、素直に言ってみた」


 優が屈託なく笑う。左右対処に美しく上がった口角を見て、私も思わず笑顔になる。おそらく、本気でそう思ってくれているのだろう。嬉しかった。

 改札を抜けて外に出ると、春の風が桜を運んで私の前を横切った。暖かい陽の匂いが鼻を掠め、大きく息を吸い込む。

 毎年のように、何かとの出会いの期待を感じる春。私――浅見美音は今日から、高校二年生になる。




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