第15話 マジカル暦750年:8
気づけば、「猫」の四本足は自宅の方へ向かっていた。
自宅、といっても北アメリカ大陸の第七コロニー内にある「ダーウィン寮」と名付けられた魔法マンションの一室、ではない。
また、数百年前まで住んでいた日本列島○○県鈴星市三軒町一丁目の、築17年の一軒家、でもない。
正確に表すなら、南極大陸に再現された鈴星市の、恐らく再現されているであろう「猫」の生まれ育った家を目指しているのだった。
(街の再現。これは、そう珍しい魔法じゃない)
得意不得意はあれど、一定以上のレベルを上げた魔法少女は、簡単な物質創造を可能にする。「猫」にしても、「猫」と関係が深い物質(例えばキャットフード、猫じゃらし、あるいはネコそのもの)は、魔力消費も少なく、短時間の集中で創造できる。
物質創造に特化した魔法少女なら、3分でビルを建てることだって可能だ。
(能力的には全然逸脱していない。全人類皆殺しみたいなぶっとんだ規模と比べれば、街の再現くらい)
可能だ。
それに、実のところ、魔法少女の中で故郷を再現するというのは一定の需要がある行為だ。
皮肉屋で嫌われ者で熟練の戦闘者である「鋏」にしたって、自室に人間時代の子供部屋を再現している。
「猫」の知っている限りでは、北アメリカには「東京」も「大阪」も「京都」も際限されて存在している。
それだけなら遷都と言えなくも無いが、実は南アメリカにも「東京」「大阪」「京都」があり、ヨーロッパも同様らしい。
それぞれの勢力のそれぞれの出身者が思い思いに創り出しているのだ。
「猫」は自勢力の再現された三都に行ってみたが、観光地はだいたい再現されていて、かなり楽しかった。特に「東京」は本来中学三年の修学旅行で行くはずだったのが様々なごたごたで行けなかったので、無くした青春を取り戻したような気分になった。
つまり、南極大陸が氷に覆われた世界(実のところ以前の南極大陸に関して『猫』は殆ど知らないため漠然としたイメージで考えているのだが)ではなく、日本の一地方都市を再現していても、おかしくはない。
「猫」の知る限り、鈴星市出身で生き残っている魔法少女は「猫」と「鋏」だけだが、もしかしたら他にも魔法少女が生きていて、どこかの国に再現をしているのかもしれない。
(どれだけ再現したって、人は返ってこないが)
それが、魔法の限界。「猫」が向かおうとしている自宅にしたって、帰ったところで家族が待っているわけではない。
そんなことは「猫」も分かっている。
「ここは……」
「猫」が足を止めたのは、再現された彼女の生家ではなかった。
その家の外観を、「猫」は妙に覚えていた。
特徴的なものは何もない。ベージュ色の壁に黒い屋根、ガレージには赤いワゴン車。
表札には「日向」と彫られている。
日向ひなたと日向雫。かつて「猫」と同じチームに所属していた魔法少女たちの住居が、南極に再現されていた。
◇
敷地内に入ると、裏手から「鋏」が姿を現した。
「お前、こんなところで何やってるんだ」
「あんたこそ、自分の家はもう回ったわけ?」
これからだよ、と言うと、「鋏」はあーそう、と呆れたように肩を竦めた。
「自分の家より優先するなんて、あんた、この家の子たちと仲良かったの?」
「……どうだろうな」
同じチームに所属していた。家に呼ばれたこともあった。
けれどそれだけだ。親友ではなかったし、友達でもなかったような気はする。
「……仲間、ではあったかな」
「あ、そう」
そう言って、「鋏」はドアノブに手を伸ばした。
「開いてるわね」
「最初から鍵までは再現されてないのかもな。この街が「死」のためだけに作られたとしたら、防犯に意味なんかないだろうし」
「確かに」
先に「鋏」が入り、次に私も玄関に前足を踏み入れた。
整った、小奇麗な空間だった。
品の良いインテリアも、シミ一つない真っ白な壁も、数百年前に来たときから何も変わっていない。
視点はかなり下がっているので、新鮮といえば新鮮だったが。
「猫」はそんな感想を抱きながら、廊下を歩き進んだ。
リビングに入った「猫」の眼に、一枚の写真が目に入った。
以前は無かったものだ。
今まさに「猫」が侵入している一軒家を背景に、4人の家族が映っている。
恐らく、顔バレを恐れて、前回は隠していたのだろう。と、「猫」は推測した。
「猫」は改めて写真を眺める。
日向ひなたと、日向雫の、本当の顔を見るのは初めてだった。
「可愛いじゃないか」
魔法少女の時の顔と比べれば見劣りするが、姉妹はどちらもクラスで三番目に入りそうな美人だった。少なくとも「猫」は、自分よりずっと可愛いと思った。
遊園地での事件が無ければ、あの後も日向姉妹と共に魔法少女を続け、いつか本当の顔で一緒に遊ぶ日も来たのかもしれない。
(私は何をしているのだろうな……)
感傷に惹かれ、仲間の家に(再現されたものとはいえ)侵入し、隠していた素顔を盗み見る。倫理観まで猫レベルだと謗られても仕方ないだろう。
(思い出深いものがあるかと思ったが)
この家には、日向しまいが魔法少女であったことを示すものは何もない。
ふと、「鋏」の方に目を向けると、彼女は写真に向かって手を合わせていた。
「おい、ちょっと悪趣味じゃないか」
日向ひなたの命を奪ったのは「鋏」だ。
今更仇を取ろうとか、糾弾しようとかはないが、それでも愉快な光景ではない。
「別に。彼女には謝らないといけないと思ってね」
「殺したことをか」
「……私はもう行くわ。後30分、このテーマパークでじっくり過ごさせてもらうわね」
そう言って、「鋏」は日向家を出ていく。
後姿を見送りながら、「猫」は写真を見上げた。
誰もが笑っている写真だ。日向ひなたは快活そうに、日向雫は恥ずかしそうに。
二人とも、もはや地上に存在しない。既に失われてしまった。
(しまった、か。妙な話だ。あれから何百年も経っている。失われているのが普通だろうに)
「猫」は写真に尻尾を向けた。感傷に浸るのは終わりにしよう。
(まだ任務は終わっていない。ここは故郷じゃなく、『死』の縄張りなんだから)
「猫」は二度と振り返らなかった。偽りの日向家は静寂に包まれていた。
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