第13話 マジカル暦750年:7

「お待たせー」

 ドアを開けた「死」は、片手で抱えるようにしてスナック菓子の袋と、2ℓのペットボトルを持っていた。

 「死」が袋を開き、「鋏」「青い鯨」「99番目の雨」がそれぞれ手を伸ばす。

「猫って、スナックOKなんだっけ?」

「私に限っては問題ない」

「そっかー」

 「死」は小皿にスナックを取り分けると、「猫」に差し出した。「猫」は頭を突っ込む。

 てきぱきとコップにジュースを注ぐ「死」を眺めながら、「猫」は独自に頭を働かせていた。

 「猫」たちは今、「死」が暮らす一軒家、そこのリビングに居る。

  木目をあしらったフローリングに、白を基調としたインテリア、黒いテーブルを囲むようにして魔法少女たちは顔を合わせている。

 普通だ。

 数百年前の日本の、一般的なリビングだ。

 南極にたった一人で住む少女の棲家だとは思えない。

 しかもその少女は、人類を滅ぼした魔法少女なのだ。

(退廃の気配もないし、自己主張も薄い。限りなく健全な部屋……)

 けれど。

(生活の匂いが無い。雑誌の写真をそのまま実体化させたような、作り物めいてる……)

「一つ聞きたいんだが」

「私もおねーさんたちに質問したいな」

 「猫」と「死」は視線を交わしあう。

「……先に譲ろう」

「ん、ありがとう猫さん。私からの質問はね、おねーさんたちはここに何をしに来たかを知りたいな」

「お友達になりに来ました」

 この場で最も若い、人造魔法少女である「99番目の雨」は咀嚼を終え、口を開いた。

「そのために来たんです」

「どうして? 私が魔法少女だから?」

(お前が『死』だからだよ。分かって聞いてるなこいつ)

 遊んでいるのか、探っているのか。

 「猫」は冷静に「死」の様子を観察している。

「それももちろんありますが……『死』さんはとても強い魔法少女です。私たち、『青』としては、『死』さんのような強い魔法少女が友達になってくれるのはとても助かるんです」

「『青』?」

 「死」は首を傾げた。

「『青』っていうのは、おねーさんのチーム名なの?」

「はい、我々は『青の魔法少女学園』に所属しているのです」

「ここにいるおねーさんで、『青』は全員?」

「まさか! 『青』は私が最後に接続したデータベースによれば、現在774人の魔法少女と57657体の人造魔法少女で構成されています。我々は青の一端に過ぎません!」

「たくさんおねーさんなのね」

 「死」は驚いた様子を見せた。

 そこに浮かぶ感情は、「猫」には分からない。

 まだそんなに生き残っているのかという執着か、もうそんなにしか生き残っていないのかという後悔か。

 あるいは、人造魔法少女という、終末以前ではメジャーではなかった存在に興味を惹かれたのか。

「でも、どうして私が友達になると助かるの?」

「『死』さんが強いからですよ」

「私が強いと助かるの?」

「『赤』に対抗するためなの」

 「99番目の雨」と「死」の会話を遮るように、「青い鯨」が口を出した。

「『青』と『赤』はずっと戦争状態なの。『死』がこっち側についてくれると心強いの」

「『赤』? 『青』とは違うグループ? また違うたくさんおねーさん?」

「『赤』は、正式名称『赤の魔法少女帝国』。魔王軍が母体になって出来た、人命軽視の超過激で極悪非道なグループなの。数は『青』が勝ってるけど、卑劣さは向こうの方が上だから、中々決着がつかないの。でも、『死』が加わってくれれば、戦いを終わらせて平和にすることが出来るの」

 ふーん、と「死」は笑みを浮かべた。

「つまり、私に『赤』を皆殺しにしろって言いたいわけだ」

 核心を突かれた、と「猫」は思った。

 友達、なんて中央委員会が好きそうな言葉で装飾しても、結局本質は変わらない。

 この世で最も人を殺した少女に、私たちのためにもっと殺してくださいとお願いする。それが、「猫」たちに下された任務なのだから。

「……あくまで抑止力なの。『死』さんがこっち側についた時点で、私たちの勝利が確定するの。だから、実際に殺す必要は……」

「じゃあ私、『赤』につくね」

 こともなげにそう言って、「死」はコップの中の液体を喉元に流し込んだ。

「そう言ったらどうするの? 私だって、友達を選ぶ権利があるよね?」

(……やっぱりこいつ、敏い。数百年引きこもっていた割には、社交性があって頭が回る)

 「猫」がイメージしてきた「死」は、不安定で、依存的で、衝動的な、とびきり幼い少女のイメージだった。

 そうでもなければ、あそこまで大量殺人をこなせる魔法の使い手になれるとは思えなかったからだ。

(こいつは、ひどく理性的だ。こちらを値踏みし、自分の価値を理解している。手ごわいが、とても即死魔法を使うような人格には見えない)

 あるいは、人類を滅ぼしたにも関わらず、こうも理性的に振る舞える逸脱性こそが、即死魔法の担い手たりうるのかもしれない。一回の処刑に引きずられていては処刑人にはなりえない。人の命を奪うことをまるで問題にしない人格。それこそが「死」を「死」たらしめた要因なのか。

(太陽が眩しかったから、か。異常者め)

「私がそっちに付くメリット、何かあるのかな」

「『卒業魔法』は、あんたにも都合が悪いんじゃないの?」

 スナックを口に入れながら、「鋏」が言った。

「あんたは『死』であって、『不死身』じゃないんだから、死ぬでしょ、普通に」

「『卒業魔法』ってなに、おねーさん?」

「『赤』が開発した、強制変身解除魔法よ。今の状態で変身解除するとどうなるのか、あんたも知らないんじゃないの?」

 「死」は、沈黙した。じっとコップの水面を眺め、ため息をつく。

「…………『赤』につけば、それの餌食にならずに済む。ますます『青』へ行くメリットないんじゃないかな」

「はぁ? あんた馬鹿なの? 『卒業魔法』手に入れた『赤』が、抑止力になるあんたを生かしとくわけないじゃん。『赤』はあんたを殺したい。『青』はあんたと友達になりたい。どっちにつくか、考えなくても分かるでしょうよ」

 「鋏」の挑発的な態度に、「猫」は生きた心地がしない。

 「死」が理性的なことと、「死」がこの場の魔法少女全てを殺傷できることは、両立する。極論、「死」がその気になっていないという理由だけが、「猫」たちの生存を許しているのだ。

「…………私はここから出るつもりはない」

 と、「死」は言った。

「でも、そっちに付くよ。おねーさんたちは私と友達になったって、仲間に報告しなよ。『赤』にも宣伝すればいい」

「上にも敵にも証拠を見せなくちゃでしょ。『学園』まで着いてきてくれない?」

「ねぇ、私、今ここから出たくないって言ったんだけど」

 苛立ったように、まるで普通の少女のように、「死」は声に不機嫌さを滲ませた。

 「99番目の雨」と「青い鯨」が怯えた表情を見せる。

 「鋏」の顔に恐怖は見受けられない。絶対的な存在を前にして、彼女だけは怜悧な態度を崩そうとしない。

「友達に、強要はできないさ」

 と、「猫」は言う。

「いいんじゃないか。零だった関係性が少しは進展したんだ。今回は、友達になれただけで良しとするのも」

「猫ちゃんは話が分かってたすかるねー」

 よしよし~と「死」は「猫」の頭を撫でた。血塗られた手だ。「猫」から何もかもを奪った手だ。「猫」は甘んじてそれを受け入れた。跳ねのける意味が無かった。

「…………そうね。お友達になるって任務は達成したわけだし」

 「鋏」も僅かに残念そうな様子を見せながら、それでも受け入れる。

 残り二人の魔法少女も同様だった。

(……終わったのか?)

 これで任務達成だ。

 想定していた以上に、簡単な任務だった。

 拍子抜けもいいところだ。

(何か見落としているのか?)

 疑問に思うところは多い。

 「死」の態度には、拭えない違和感がある。

(……彼女は何かを隠している)

 それは確かだ。

 それは、何なのか。

 本当にこのまま帰っていいのか。

「あのー『猫』さん、ちょっと相談が……」

 と、「99番目の雨」が言った。

「せっかく来たんですし、1時間くらい観光してもいいですか」

「……まぁ、1時間くらいなら」

「なんなら、泊まっていってもいいよ、おねーさん」

「いや、さすがにそれは悪い」

 1時間。

 適当な時間だ。

 「猫」が抱えた違和感を解消するのには。

「どうせなら別行動しましょう。四人で散策するほうが広範囲を見て回れるわ」

「……そうだな」

(一人なら、思索に耽ることができるな)

「1時間だけかー、残念」

 と、「死」は肩を落とした。


(やっぱりそうだ。「死」は、私たちの前に

 マジカル暦750年、「猫」は「死」に向き合い続ける。





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