第6話 西暦2015年:3

 


「討伐クエストはどうだった?」

 と、新藤桃は学校の帰り道に声をかけられた。

 声の主は、塀の上を器用に歩く黒猫。妖精プーホ。

 普通の中学生だった桃を、魔法少女にした存在。

「ちょっと、急に話しかけないでよ。誰かに見られたらどうするの?」

「安心してくれ。今周囲には誰もいないよ」

「そんなの分かんないじゃん」

 プーホは黒猫らしくない、優雅な笑みを浮かべた。

「誰も居ない。僕には分かる」

 桃は周囲を見渡した。確かに誰も居ない。人影は見えず、声も聞こえず、車さえ走らない。ひどく不気味だった。まるで人類が滅亡してしまったかのようだ。

 そういえば、と桃は思い出す。初めて遭遇した時も、不自然な程周囲から人が消えていた。今の時間帯は帰宅する学生がちらほら目に入るはずなのに。

「もしかして、これも魔法?」

「人払いの魔法。妖精が得意とする魔法の一つさ」

 なるほど、と桃は合点する。一つの街に複数人も魔法少女が存在し、ポイントのようなシステムまで用意されるほど体制が確立しているにも関わらず、表社会ではまったく魔法少女は話題に上がらない。

 いくら人目を忍んで活動しても絶対に噂には上るはずなのに、街の七不思議には魔法少女のまの字もない。

 実のところこの数か月気にはなっていたのだが、桃はようやく答えに辿り着いた。

 妖精の仕業だったのだ。

「人を魔法少女にしたり、完全に隠蔽したり。すごいんだね、妖精って」

「いいや。僕たちは所詮サポーターで運営に過ぎない。プレイヤーは君たちだよ」

 それで、討伐クエストはどうだった? とプーホは再び訊いた。

 きっとそれを訊きたくて姿を見せたのだろう、と桃は当たりをつける。

「思ってたより危険だった。ポイント高い理由分かったよ」

「そうかい。それで、どうする? やはり簡単なクエストでこつこつ稼ぐかい?」

 桃は立ち止まって考え込んだ。

 脳裏に浮かんだのは、あの黒コートに眼帯の鋏女である。

「もしさ、私が今後討伐クエストに参加しないとするじゃん。簡単で安全なクエストこなしてちょっとずつポイント貯めるとしてさ」

「それも一つの方法だよ。僕たちは討伐を強制しない」

「でもさ、そうやってこつこつ貯めてる時にさ――敵に襲われたらどうなるの?」

「敵?」

 鋏の白刃が、ちらつく。

「昨日は結局、先輩たちが追い払ってくれたけどさ。もし私がのんびりゴミ拾いやってるときにあいつに襲われたら、私死んじゃ……大怪我するよね、きっと」

 死ぬ、という言葉を桃は意図的に避けた。現実になりそうな気がしたからだ。

「ねえプーホ。どうして魔法少女を襲う魔法少女が居るって教えてくれなかったの。あんなのが居るなら、のんびりポイント集めてられない。討伐クエストでどんどんポイント集めて、最低限自衛できるように強化しないと」

 っていうかさ、と桃はプーホを睨んだ。

「あんな危ないやつどうして野放しにしてるのさ! ちゃんと管理してよ! 私、昨日殺されかかったんだよ!?」

 実のところ、昨夜、マッド・シザーが撤退してすぐは、桃は興奮であまり上手く物事を考えられなかった。日が昇り学校に行っている間も、昨日の討伐クエストで頭が一杯でほとんどフリーズしていた。

 今、妖精プーホに会い、情報を整理したことで徐々に怒りが募ってきたのだ。

「すまないね、新藤桃」

 と、プーホは落ち着いた声で言った。

「実のところ、彼女のようなイリーガルには僕たちも手を焼いているんだ」

「魔法少女の力を没収とか出来ないの?」

「捕まえて無力化しようとはしているけど、中々上手くいかない。僕たち妖精はサポートは出来ても、直接戦闘は苦手だしルール上出来ないんだ。だから魔法少女に手伝ってもらって何とかしようとは思っているんだが……」

 プーホは人間のようなため息をついた。

「新藤桃にも出来れば手伝ってほしい」

「すぐには無理だよ。ポイント集めて、私も強化しないと」

 昨日、先輩魔法少女から提案された。

 後2回ほど一緒に討伐クエストを受けて、参加点をゲットするのはどうか。そこで集まったポイントで自己強化をして、新藤桃メインで討伐クエストを受ける。その際は近くに経験者を置いておき、危なくなればすぐ助けに入るようにする。

 先輩曰く、魔法少女はそうやって協力して強くなっていくらしい。

「私としても、桃やくじらが強くなって、一緒にもっとレベル高いクエスト受けれるようになりたいのよね。三人から五人に増えるのはやっぱり大きいからさ」

 一度試しに受けようと思っただけで、何だかすっかりレールが敷かれてしまった気がしないでもないが、桃としてもある程度安全が確立された状態でポイントを大量ゲットできるのは願ってもない話だった。

「しかし安心したよ。討伐クエストを始めて受けた後、魔法少女を辞めたいと言うパターンも少なくないからね」

「確かに、ジャンルが一気に変わる感じあるもんね。魔獣普通に怖いし。

 でも、私は今のところ大丈夫。もう少し続けてみるつもりだよ」

 っていうかさ、と桃は続けた。

「魔法少女って辞められるの?」

 プーホは柔和な笑みを桃に向けた。

「辞めようと思えばいつでも辞められるよ。君がそれを望めばね」

 そう言って、妖精は姿を消した。

 周囲から帰宅する子どもの声が聞こえ始めた。

 いつか魔法少女を辞めるのだろうか。それはいつなのか。

(まぁ、20代で魔法少女っていうのもちょっとなぁ……)

 漠然と将来のことを考えながら、桃は家に向かって歩き出した。



 

 

 


  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る