第4話 西暦2015年:2

 新藤桃は頭にネコ耳を生やしていた。


「それ、とっても可愛いですわね」

「ありがとうくじらちゃん」


 桃は夜空を背景に空を飛んでいた。

 隣ではダイバースーツに似た装束の少女が、桃と同じように飛行している。

 喋る猫と遭遇して4か月。

 桃は連日のように、魔法少女として活動していた。


『魔法少女はシステムなんだよ』

と、喋る妖精プーホは言っていた。

『妖精から発注されたクエストをクリアしていくと、魔法レベルがアップしていく。願いを叶えられるレベルまで、レベルアップを繰り返せばいいのさ』


「レベルアップかぁ……」

「レベルアップがどうかしたんですの?」

「いや、思ったより先は長いなぁと思って」

 ここ4か月。桃は連日クエストを受け続けた。

 クエスト……それは名前の割にひどく簡単なものばかりで、魔法を使わなくてもクリアできるものばかりだった。荷物を隣町まで届けたりとか、迷子がいないか町内をパトロールだとか、公園のゴミ拾いだとか。

 中には、起床時間を30分早めるとか読書感想文を書くなんてものもあった。

 桃は妖精の指示通りにクエストをこなしていったが、正直自分何やっているんだろう……と惑うこともあった。

 そして、4か月の努力の末、桃はネコ耳を生やすことに成功したのだ。

「4か月でネコ耳……これ、猫になるのに何年かかるんだろうね」

「まあ数百年はかからないでしょうね」

「いや、そんなに長生きできないし!」

 くじらと二人で笑いあう。

 同じ魔法少女だからか、くじらはクラスメイトの何倍も話しやすかった。

 桃の中学校での孤立ぶりは桃本人も自覚するほど酷かったが、桃はあまりそのことは考えないようにしていた。

「まあ、気持ちは分からないでもないですわ。だからこそ、わたくしたちは討伐クエストを受けたんでしょう」

「そう、だったね」

 今まで桃がやっていたのは初級クエストだ。

 簡単で安全だが、貰えるポイントも少ない。

 魔法少女になって四か月、桃は友人のくじらを誘って討伐クエストを受けたのだった。

 討伐クエスト、難しくそして危険だが、貰えるポイントは多い。

 一回のポイントで肉球を生やせるほどレベルアップできるかもしれない。

「くじらちゃんは、魔法で何を叶えたいの?」

「わたくしは、クジラと泳ぎたいのですわ」

「それって、魔法無しでも出来るんじゃ……」

「わたくしは、泳げないのですわ。ですから、魔法でクジラを作って、その子と一緒に空の海を泳ぐんですの」

 桃はクジラのダイバースーツめいた装束を見た。

「素敵な夢だね」

「ありがとうございます。桃さんの猫になりたいというのも素敵な夢ですわ」

 夜空を背景に二人で笑いあう。

 桃は充実を感じていた。信頼できる友人、目標を叶えるための努力、そして魔法少女という特殊な立場に立った満足感。

 ようやく自分の居場所が見つかった。そんな気さえする。

「あ、見えてきましたわ」

 眼下に、耐震工事もされていなさそうな木造校舎が見えてきた。確か、もう何年も前に廃校になった所だ。現在は心霊スポットとして有名らしい。

 桃とくじらは、校庭に降り立った。

 空から見るとちゃちに思えたが、地上から見上げると、かなり趣がある。

 率直に言って怖い。

(大丈夫! 私は魔法少女なんだから)

「お、君たちが新人二人だね」

 背後から声をかけられ、振り返ると魔法少女が三人立っていた。

 その中で一番年上の少女が口を開く。さっき声をかけたのも、この少女のようだった。

「私は日向ひなた。そこのツインテールは竹林刀子で、後ろのちっちゃいのは妹の日向雫」

 よろしくね、とひなたは笑った。

 桃もくじらも自己紹介をする。

 同じ場所に魔法少女が5人も集まっている。桃は高揚した。新たなステージに立った気分だ。

「いきなりで悪いけど、二人ともフィジカルはどれくらい鍛えてる?」

「すいません、帰宅部で……」

「私も運動は苦手ですわ……」

「いや、生身じゃなくて、強化魔法にポイント振ってるって話」

 強化魔法。桃は心当たりがなかった。どうやらくじらも同様らしい。

「もしかして初期からまったく振ってない感じ?」

「たぶん、そうです」

「そっかー。じゃあ悪いけど二人は見学ね。魔獣から200mは離れててもらおうかな」

 戦力外通告を受け、桃はショックを受けた。もちろん討伐クエストは初めてだが、初めてなりに何か力になれると思っていたのだ。

「でも、私たち空飛べますし、生身の10倍くらいは力強いし頑丈ですよ」

「駄目。全然足りない。そんなので魔獣と戦うのは危険すぎるよ。せめて100倍は欲しいかな」

「ひゃ、100倍……」

 途方もない数字。

「今回のクエストで見学だけでもポイント貰えると思うから、それで強化魔法振っといてね」

「は、はい……」

 困ったな、と桃は思う。

 猫になるためのポイントが欲しくて討伐クエストを受けたのだ。なのに討伐クエストをこなすには貰ったポイントを強化に振らなければいけないと思う。

 これじゃいつ猫になれるのかわからない。

(もしかして私、妖精に騙されてる?)

 唐突に疑惑が首をもたげ、桃は慌てて疑念を打ち消した。

「……わかりましたわ。確かにわたくしたち、討伐クエストは初めてですもの。桃さんもよろしいでしょう?」

「……うん、そうだね」

「わかればいいの。ちょっとキツイこと言ってごめんね。でも、これも安全のためだからさ」

 気まずそうに頭を掻くひなた。

「……来る」

 刀子の言葉に、一瞬で全員に緊張が走った。

 ひなた、刀子がそれぞれ周囲に警戒の視線を送る。

 桃も見様見真似で夜の校舎のあちこちに目をやった。

「あ、あれは何ですの!?」

 驚愕の叫びと共に、くじらが北校舎の側壁を指差す。

 そこには、数メートルを超える、黒々とした巨大なシミが広がっていた。

 否、シミではない。それは不規則に動き、次第に桃も見慣れたある生物の姿を取った。

 蜘蛛である。

 巨大な蜘蛛が、コンクリに脚を突き刺しながら這いまわっている。

 冒涜的な光景に桃の意識は一瞬遠くなった。

「魔獣出現! 討伐開始!」

 真っ先に飛び出したのは、竹林刀子と名乗った魔法少女である。

 剣道の防具めいた装束を纏った彼女は、時速100キロを超える速さで校庭を駆け抜けると、そのまま4、5m跳躍し、蜘蛛に躍りかかった。

 手には、抜き身の刀が握られている。

 刀子を迎え撃つように、蜘蛛は口から糸を吐いた。

 糸は刀子を絡めとらんと迫るが、蜘蛛と刀の距離の中間地点で瞬時に焼失した。

【焼け《マジック》】

 後方でひなたが呟く。炎魔法による支援である。

「…………斬る」

 呟きと共に、刀子は刀を一閃した。

 蜘蛛は頭から尻まで両断され、校舎から離れて落ちていく。

 刀を納めた刀子もまた重力に従って落下していく。

「…………終わったんですの?」

 緊張から解かれたくじらがため息と共にひなたに尋ねた。

 桃もまた、糸が切れたように座り込む。

 桃もくじらも何もしていない。けれど、初めての実戦の場は、二人を異常に消耗させていた。

「終わった……と思うけど」

 言葉とは裏腹に、ひなたは警戒を解いていなかった。

「妙な気配がするのよね」

「妙な気配、ですか」

「ええ。新人が二人いるから調子が狂っているのかしら」

 どことなく嫌味を言われたような気がしたが、たぶん被害妄想だろう、と桃は思い直す。実際、あんな化け物と戦わされなくてよかったとそう思っているのだ。もしこの討伐クエストに参加していたのが自分とくじらだけだったら。そう思うと怖気が走った。

 ため息をつき、桃は立ち上がる。

 その時、後方で足音が聞こえた。

「誰?」

 振り返る。

 見えるのは明かり一つないグラウンド。後方にはプールサイドが見える。

「誰です?」

「どうかしたの?」

「いえ、足音が聞こえて」

 ひなたは訝し気に桃を視線を送ったが、桃の頭にネコ耳が生えていることに気づき、顎に手を当てた。

「ネコの耳っていいんだったかな。いや、魔法なんだしそんなに厳密じゃないか」

「ひなたどうした? 何があった?」

 ゆっくり歩いて帰ってきていた刀子は、ひなたの表情を見て、再び抜刀する。

 各々が警戒態勢を取るなか、桃は異様な恐怖に襲われていた。

 解からない。解からないが、恐ろしいことが迫っている。

「ねえ、その足音ってまだ聞こえるわけ?」

「い、いえ、今は聞こえま」

 せん、と言う前に、桃は後方にのけ反っていた。

 桃の鼻先を何かが掠める。

 桃がその一撃を躱せたのは、動物的本能によるものだった。そのまま尻もちをつく。

【晒せ《マジカル》】

 ひなたが、桃の前方に向かって光を撃つ。

 光に照らされたとき、そこには、六人目の魔法少女が立っていた。

 黒いロングコート、黒い眼帯。黒装束の少女が柳のように風に揺られていた。

 そして、少女の手には——刃渡りが1メートルを超える、無骨な鋏が握られていた。

「ありゃ、ばれちゃった」

 少女は肩を竦める。

「わた」

 口を開いたときには、刀子の白刃が煌めき六人目の少女に襲いかかっていた。しかし少女はそれを鋏で受け止める。

 そのまま、桃の眼では捉えられない程の速さで二人は己の武器を交わしあった。

 数十合打ち合った末、少女はバックステップで距離をとる。すかさずひなたが炎魔法で攻撃する。

 少女は鋏を両手で持ち直すと、ギギギと広げた。

「カット」

 ジャキン、という鈍い音と共に炎は消失する。

「なっ……」

「ヒャハハハハハ」

 少女は狂ったような笑い声を挙げた。

「私はマット・シザー。666人の悪人の魂が集合して生まれた存在」

 マット・シザーは刃先を5人に向ける。

「お前たちは供物だ。私という狂気に捧げるためのな!」

 そしてマット・シザーは刃先をペロリと舐め……不味かったのか顔を顰めた。


 



 

 

 

 


 

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