10:隣村

「まったく……村が誇る職人二人を焚きつけて、つくらせるのが隷魔用の暖房器具とはな」


 苦笑いのジン先生。


「まあ、お前らしいと言えばらしいがな。寒いのが苦手な動物は多い、うちのリッキーもこのとおりだ」


 ストーブで暖められた室内で、編み藁のドーム状の巣からリッキーの嘴だけが覗いている。


「で、そのコタツとやらはいつ頃できそうなんだ?」

「昨日ガジさんの工房に顔出してみたんですけど、来週には試作品一号ができそうだって。相変わらずカクさんとバチバチやりながらでしたけど」

「ふふ、目に浮かぶようだな。相変わらず仲のいいことだ」

「仲がいい?」

「ニャー?」


 僕とサクラが首をかしげると、先生は優雅な手つきでウイスキーの入ったグラスを回してみせる。ちなみに真っ昼間から飲んでいるのは学校も仕事もオフだからだ。

「そうだな……ガジさんは境遇的にはお前と似てるかもしれんな」

「ガジさんが?」

「知らなかったか? 彼は純粋なエフ族じゃない。ドゥフ族の血が混じっている」

「……そうなんだ……」


 エフ族がエルフ的な種族なら、ドゥフ族はドワーフ的な種族だ。髭もじゃでずんぐりしていて力持ち、手先が器用で鍛冶や大工仕事が得意。この村にもドゥフの行商人や冒険者がたびたび来ることがある。ちなみにファンタジー小説みたいにエフとドゥフで仲が悪いとかはない。


(言われてみるとガジさん、ちょっとドゥフっぽいかも)


「なんせ私が生まれるよりずっと昔の話だからな、詳しい経緯などは私も知らん。ガジさんはあの鍛冶工房の一人娘と行きずりのドゥフ族の青年の間に生まれた子だとかなんとか。駆け落ちして何十年も外で暮らして、赤ん坊のガジさんを連れて娘が出戻りしてきたとかなんとか」

「うへえ、昼ドラ的」

「ヒルドラテキ?」

「いや、なんでも」

「そういうのもあって、幼い頃は苦労したらしいぞ。母親を早くに病気で亡くしてしまって、周囲には血筋やあの見た目で差別されたみたいでな。だけどそんな中で、色眼鏡で見るでもなく真正面からぶつかっていったのがカクさんだったんだ」

「なるほど……」


 カクさん株急上昇。


「そんなカクさんの明け透けな態度や、ガジさん自身の努力の甲斐もあって、いつしかガジさんは大切な村の仲間として受け入れられるようになった。傍目には険悪な仲に見えるかもしれんが、二人の絆というのは我々には計り知れんものなのだろうな」


 人に歴史あり、か。一見ガサツなガジさんにそんな過去があったとは。


 僕にはカクさんのような幼馴染はいないけど、チビっこたちも周りの大人たちも分け隔てなく接してくれている。あるいはそういう村の空気をつくったのも、いつかのガジさんとカクさんだったのかもしれない。


「二人は職人としても互いに切磋琢磨してきた、今では他所からも声のかかる腕利きだ。サクラのためとはいえ、お前もあまり二人の手を煩わせるようなことはするなよ?」

 

 

 

 という深イイ話を耳にして、少々あったかい気持ちでガジさんの工房に向かったところ。


「てめー! 今日という今日は息の根止めてやらあっ!」

「こっちのセリフだ! 今日こそこの腐れ縁に引導を渡してやるわ!」

「ぎゃー! 二人ともやめてくださいー!」


 ガジさんとカクさんが胸ぐらを掴み合って顔面をゴスゴス殴り合っている。傍らで泣き叫んでいるのはガジさんの弟子の人だ。


「ちょ、ちょ! やめましょう! 喧嘩はダメ!」


 僕と弟子の人で割って入ってどうにか制止する。同時に『サクラも! サクラもやる!』と大興奮のサクラも必死になだめる。


「何度も言ってんだろうがよぉ! 暖房部分はこれ以上小さくできねえ! 脚を伸ばすしかねえだろうがよ!」

「だからダメだと言ってるだろうが! これは床に座って囲むテーブルだ、脚が高すぎれば使いづらくなる!」


 どうやらコタツの暖房部分の小型が難しいらしく、それでテーブルのほうの寸法を変更できないかと揉めていたようだ。それでドン○ライと高○みたいになっていたのは置いておいて。


「掘りごたつって手も、なくはないか……」

「ん? なんか言ったかポン?」

「ホリ、ゴタツ……?」

「あ、いや、床のほうをくり抜いて、そこに足を入れて……」


 意外と説明が難しい。身振り手振りでどうにか伝えると、


「なるほど、床のほうを低くすんのか……その発想はなかったぜ、さすがはポンだ」

「酒席で事あるごとにジンが自慢するのもうなずける。ポンくん、将来はうちの工房に来るといい」

「待てやゴラァ! ポンはうちに弟子入りすんだよ! こちとら爪切りの絆があんだよぉ!」


 先生が僕を自慢してくれていると聞いて顔がにやけそうになるのはさておき。


 ――職人か、考えたこともなかった。


 のんびりものづくりに勤しむ人生、悪くない気もする。在宅ワークならサクラと一緒にいられるし。まあ、この二人に弟子入りしたら喧嘩の仲裁も仕事になりそうだけど。


「とはいえ、いいアイデアだが実用は難しいな。テーブル一つで家ごと改造しなきゃならなくなる」

「そうだな、まずは最初の条件で試作品を完成させてからだ。魔導回路の配列を変えて、もっと薄型にできないか?」


 ひとまず喧嘩熱は落ち着いたようだ。二人して頭を寄せ合って図面とにらめっこを始める。


「あの、専門の人とかに助言をもらったらどうですかね? 〝魔導技師〟の人とかに」


 僕が頭にぽっと浮かんだ思いつきを提案してみると、二人の表情がぴたりと固まる。なんだか若干気まずそうにもじもじしだす。


「……技師、か。いやまあ……」

「……やはり、頼るしかないか、あの女性ヒトに……」

 

 

    ***

 

 

 馬を借りて村を出る。めざすは隣村、トワウ。


「そこに技師さんがいるんですか?」と僕。

「たぶんな」とガジさん。

「たぶん?」

「我々の幼馴染だ」とカクさん。「元はオネの生まれで、今は技師としてエフネル中の村々を転々としている。先月手紙が来て、トワウに滞在していると書いてあったんだ」

「なるほど」


 トワウは百人そこそこのエフ族が暮らす、オネとも交流の深い村だ。隣、とはいえ馬の常歩なみあしでたっぷり二時間以上はかかるという。僕にとっては初めて訪れる他所の村だ。


「僕とサクラも行っていいんですか?」

「ニャー」

「まあ、来てもらったほうが話がはええからな」

「君のイメージするものがそのまま完成品に最も近いからね。頼りにしているよ」


 ぶっちゃけちょっぴり緊張している。エフ族は元来保守的な種族だ。このご時世、ヒュムだからという理由で排斥されたりはしないと思うけど、嫌な顔をされたり陰口を叩かれたりしたら凹む。


 ここ数日の晴天で、街道沿いの雪はだいぶ解けている。蹄鉄をつけた馬はサクサクと小気味よく進み、そのおかげで風は頬を突き刺すほどに寒い。サクラは僕の懐に潜り込んだまま顔を出そうとしない。


 途中で休憩を挟み、その場でお茶を沸かして飲んだりする(サクラにおやつの乾燥ササミ)。二人が喧嘩を始めてももうスルーする技術を習得したりしつつ、三時間ほど経過した頃。


「……フー……」

「ん、サクラ?」


 懐からひょいと顔を出したサクラが、なにか空を睨んで唸っている。


「ポン、どうした?」

「いや、サクラが……」

『なんかいる、あっち』

『なんかって……?』

「おい、見ろ!」


 道を曲がったところで、視界を遮る木々が途切れて。

 トワウの村のある方向に、立ち昇る煙が見えた。

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一緒に転生したうちの猫が(たぶん)神獣 佐々木ラスト @sasakilast

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