9:こたつ

「おー……積もってる……」


 窓板を持ち上げると、外は一面の銀世界。

 サクラと再会して二カ月。僕にとってこの世界で迎える十度目の冬が来た。

 

 グルミア帝国の暦では、一年は十三カ月、一カ月は四週間、一週間は七日。つまり一年は三百六十四日だ。ほとんど地球と近い周期なのは偶然だとしても数えかたもよく似ているのは、制定した初代皇帝がおそらく僕と同じ転生者だからだろう。あくまで僕の推測だけれど。


 今は十一の月。ダーパ大陸に冬が訪れる時期だ。


「うー、さぶさぶ……昨日の夜寒かったもんなあ、雪が降るとは思わなかったけど』


 大陸の南部にあるエフネル大森林の冬は比較的穏やかではあるけど、毎年二・三回くらいは雪が降る。とはいえ今年はちょっと早い気がする。


『さむい。閉めて』

「ああ、ごめんごめん」


 窓を閉めて振り返ると、サクラは布団の中から頭だけ出している。冬はいい、誘ったり連れ込んだりしなくても猫が一緒に寝てくれる。


『ストーブ。はよ、はよ』

「あーはいはい、ちょっと待って」


 ストーブの前で丸くなっている。薪でも石炭でもガスでもなく、いわゆる魔導式のストーブだ。昔の北国の駅にでも置いてありそうな筒型の無骨なボディーの中には、魔晶と呼ばれる結晶化したマナが組み込まれている。


 スイッチに十秒ほど触れると、ぶううんと小さな振動音とともにストーブが徐々に熱を発しはじめる。それを見計らってサクラが布団から飛び出し、ストーブの前にでんと寝転がる。


 こういった〝魔導具〟の動力はマナだ。スイッチに触れた僕のマナを吸いとり、魔導回路を経由して内部の火属性の魔晶に送り、魔晶が発熱する――というメカニズムだ。


 ちなみに日用家電くらいの魔導具なら、加護を持たない人でも普通に使える。というか貯蔵できるマナの量は魔導回路の質によるので、基本的には誰が使っても同じ性能になるのだ。


(便利だよなあ、魔導具)


 最初に魔導具の原理を聞いたときは「なんとご都合主義だ、これじゃまるでラノベじゃないか」と異世界の神に呆れたものだったけど、今では全面的にそれに頼りきっている。神様ありがとう。


 うちではストーブの他に魔導式の照明やコンロや冷蔵庫もある。むしろこれは一般家庭的には必要最低限のほうで、扇風機や洗濯機や自動掃除機、電卓のような計算機や電話のような長距離通信装置まで存在していたりする。


(エコだよなあ)


 本当の意味で人力だ。これならエネルギー資源の採掘による環境破壊も起こりようがない。電気代もガス代もかからない世界。素晴らしい。


「ただ……もうちょいあったかくなるといいんだけど」


 僕のこれは中古の安物なので、熱量自体はそれほどでもないし、満タンチャージ(十秒触れる)でも三・四時間しかもたない。寝る前にチャージしても起きる頃には切れているので朝方は寒い思いをすることなる。


「サクラもいることだし……新しいの買ってもらおうかな」

 

 

 

「ダメです」

「ですよね」


 母はにこやかにきっぱりと却下。父が遠巻きに「がんばれ、負けるな」という顔をしている。


「うちにそんな蓄えがあると思うの? 魔導具ってただでさえ高いし、こないだ貯水槽の魔晶を取り替えたばっかりだし」


 父がふいっと目を逸らしてサクラをもふもふしている。ちなみに貯水槽の魔晶は汲み上げた井戸水の浄化に使われるので暖房よりも優先なのはしかたない。


「でもまあ……サクラちゃんが寒い思いをするのもかわいそうよね。どこかのおうちにストーブが余ってないか、聞いてきてあげる」

「父さんも木こり衆に聞いておこう」

「ありがとう、助かるよ」

『こたつ』

「いや、こたつじゃなくてストーブ――……ん?」


 サクラがじっと僕のほうを見ている。


『こたつ』

『こたつって、あのこたつ?』

『サクラ、こたつがいい』


 こたつを憶えていたのか。さすがは猫。


『いやサクラ、この世界にこたつは――……ん?』


 ふと、閃くものがあった。

 ないなら、つくればいいじゃない?

 

 

    ***

 

 

「――というわけで、お二人にご相談したく……」

「おいポン! なんでこのヒョリガリ野郎まで呼んでんだよ!?」

「こっちのセリフだ! 貴様が来ると知っていればハナから断っていたわ!」


 お呼びした助っ人二人が揃ったとたん、おでこが触れ合う距離でメンチを切り合っている。険悪なムードに早くも計画失敗の気配が漂いはじめている。


 一人は髭面鍛冶職人のガジさん。サクラの爪切りをつくってくれたことでお馴染みの人。


 もう一人はこの村の木工職人の一人、カクさん。エフ族らしい長身のイケメンだ。


「あのー……お二人は……」

「こいつとはガキの頃からウマが合わねえんだよ!」

「当然だろう、私は貴様のようなガサツな人間ではないからな」


 幼馴染というやつらしい。ということは百年近くの付き合いになるのか。時間のスケールが違いすぎてピンとこないし、そんなに長く一緒なのに未だにいがみ合えるのもある意味すごい。


「えっと、できればお二人に力を貸してもらいたくて……サクラのためにも……」

「ちっ……それを言われると弱えんだよなあ……この可愛さを知っちまってるとよぉ……」

「この子が噂の神獣か……なんたる神々しいまでの愛らしさ……」


 二人ともストーブの前でぐでんと寝転がるサクラの虜になっている。ちょっと潮目が変わったか?


「この野郎と共同作業なんざ反吐が出るが……話は最後まで聞いてやってもいいか」

「ふん……私としても一刻も早く貴様のいる空間から出ていってやりたいが、ここは村を救ってくれたポンくんの顔を立てておこう。で、我々につくってほしいものとはなんだい?」


 ようやく話を進められそうでほっとする。この計画は二人の力がなければ成立しない。


「こたつ、です」

「「コ、タ、ツ?」」

「あー、僕が勝手につけた名前です。暖房器具です、ざっくり仕様を書いてみたんですけど」


 簡単な見取り図と用途、必要な材料などを書き留めたメモを渡す。


「……この真ん中の魔晶を収納する部分、原理的にはストーブと一緒か……」

「……ローテーブルに暖房器具を直接とりつけるのか……面白い発想だ……」


 二人とも真剣な表情でぶつぶつ言っている。あっという間に職人の顔だ。


「ポンよ、こいつはお前が考えたのか?」

「あ、はい……こういうのがあったら、サクラも喜ぶかなって。ただお金がアレなんで、出世払いだとありがたいんですけど……」


 まだぶつぶつ言っている。僕の言葉は届いていないらしい。


「なるほどなあ……確かにこいつは面白え、なにより自分で使ってみてえ」

「遺憾ながら同意する。貴様と気が合ったのは百年来で三度目になるかな」


 睨み合ってバチバチと火花を散らしたかと思ったら、互いに手を握り合う。


「決まりだな。よし、ポンよ。このコタツとやらの制作、俺らに任せろ。火の魔晶ならまだ在庫があるからな」

「ああ、全体の図面とテーブルの部分は私がやろう。ちょうど品質のいいミズナラの木材が余っていたところだ」

「やった、よろしくお願いします! ほらサクラもお礼!」

「ニャー」


 こうして僕らの「異世界でこたつをつくっちゃおう計画」が始まった。今のうちにミカンをさがしておこうと思う。

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