6:トロール

 翌朝。

 先生の家に向かうと、ちょうど狩人の男衆とすれ違う。先生の家から出てきたような。


「おはよう、ポン。悪いが今日は休みだ」

「おはようございます……え、休み?」

「ああ、他の子たちはもう帰らせた。ちょっと急用ができたもんでな」

「急用って? 僕も先生にお願いしたいことがあるんですけど」

「ん? ああ……そうだな、せっかくだからお前たちにも手伝ってもらうとするか」

「へ?」


 先生が手に持っているのは、冒険者時代に使っていた魔法使いっぽいローブだ。それをばさりと羽織ると、その肩にリッキーが止まる。


「トロールの群生が発見されたそうだ。今から討伐しに行く、お前たちも来い」

 

 

 

 僕らの住むこの森の公称は〝エフネル大森林〟。地図の縮尺が正しければ北海道並みの面積を誇る広大な樹海だ。


 森にはエフ族の集落がいくつも点在し、僕らの暮らす〝オネの村〟は森のほぼド真ん中に位置している。ご先祖様がどうしてこんなところに村を立てたのかというのは授業でちらっと聞いたが忘れた。


 ここ一帯はいわゆるパワースポットというやつで、大地を脈々と流れるマナが集まるとかなんとか。そのせいもあってか多くの生き物が生息するばかりでなく、ときおり他所の土地から魔物が流れ着いてきたり、今回のトロールのようなマナ生物が湧いたりもする。人に害をなすものなら狩人衆を中心に討伐することになる。


「トロールの群れ……まあまあそこそこの危険度だな。魔法の相性も鑑みて私とリッキーにお鉢が回ってきたわけだ。というわけでちょうどいい、お前とサクラにも手伝ってもらおう」

「嫌です」

「は?」


 僕が食い気味で断ったので一瞬呆ける先生。


「クソ雑魚テメー! ボスニ逆ラオウッテノカ!? クェエー!」


 よだれを撒き散らしながら絶叫するリッキー。


「手伝うって、トロールと戦えってことでしょ? 無理ですよ」

「無理なことがあるか。サクラは――」

「万が一サクラが怪我でもしたらマジで嫌なんで」


 信じられないという表情の先生(とリッキー)。


「いや、だがサクラは魔物だぞ? それもとびきりの」

「いや確かに、あのときはマ族ぶっ飛ばしましたけど。まだ能力の検証もしてないし、ビーム吐ける猫ってだけでほんとに強いかどうかもわかんないし」


 パクパクとして二の句を継げない先生(とリッキー)。


「珍しいな……お前がそんなにはっきりと否を言うとは」


 確かに。ここまできっぱり歯向かうのは初めてかもしれない。


 ジン先生のことは尊敬しているし、彼女の言うことはほとんど全面的に信頼している。なんならぶっちゃけバリバリ異性として見ている。あと五年したら勝負だと勝手に思っている。


 けれど、それとこれとは別問題だ。

 僕が第一に考えるべきは、サクラの平穏な生活と安全だ。


「だがな、ポンよ。お前は魔物のなんたるかをわかっておらん」

「先生だって、猫がどういう生き物かわかってないです」

「ネコ?」

「あ、いや、えーっと……僕が考えた名前です、サクラの種族名」

「ネコ、ふむ、ネコ……これまた不思議な響きだ……」

「ネコノコ子ネコ! クェエー!」

「ふん、まあいい。駆除は私とリッキーでやるから、お前たちもついてこい。それくらいならいいだろう?」

 

 

    ***

 

 

 狩人衆から馬を借りて舗道を進むこと、小一時間。


 旧文明の瓦礫と大自然が混じり合う奇妙な森の風景にも若干飽きてきた頃、先生が手綱を引いて馬を止め、僕もそれに倣う。二度目の人生で覚えた乗馬も多少は慣れたものだ。


「このあたりだな」


 オネの村の北東、目印は∨字に傾いた二つの石塔だ。このあたりで複数のトロールが発見されたという。


「馬はそこの物陰に留めておこう。こいつらがやられたら帰りは徒歩だし、なにより狩人衆にグチグチ言われる」


 ――と。

 ずしん、ずしん……と重たいものが地面を踏みつける音が聞こえる。そう遠くない。


「いるな、トロールだ」

「はい」

「復習が必要か?」

「マナ生物の一種で、使う魔法は風か土」

「よろしい。私の授業をちゃんと聞いている証拠だな」

「えへ」


 先生が足音を殺して歩きだし、僕もそれについていく。リッキーは空気を読んで押し黙り、サクラは腕の中で呑気にあくびをしている。


「――いたぞ」


 瓦礫の陰に身を潜め、先生が顎でしゃくったほうを覗いてみる。


 ――一言で表現するなら、草男だ。


 全身ギリースーツをまとった大男というか、緑色のムッ○というか。それならギリ人間と言えなくもないけど、身長が大人の二倍はある。デカい。


(……あれがトロールか)


 草や蔦に覆われている、その中身は腐葉土がぎっしりと詰まっている。つまりは土人形、血肉や魂を持たないマナ生物というやつだ。


「ふむ……全部で十体か。サイズは標準的だが、ちと数が多いな」

「あいつらってマナを食べて生きてるんですよね?」

「そうだな。大気中のとか、虫とか微生物とか」

「平和っすね」

「いやいや、そんなんじゃ全然足りないから人を襲うんだろうが」

「ですよね」


 マナ生物は魔物の中でも文字どおりマナを核とした生命体? だ。存在自体が自然現象の一種ではないかと、聞いた限り僕は勝手に解釈している。


 と、そんな話をしているうちに、


「オオ、オオオオ……」


 トロールたちが低く唸りながらその場で動きを止める。警戒するようにキョロキョロとあたりを見回している。頭部の目の位置に点っている赤い光がギラッと強くなっている。


「我々の気配を察知したか。周辺のマナの流れを感知しているんだろう、デカい図体のくせしてそういうところは敏感だな」

「ど、どうするんですか?」


 トロールは見た目どおりの怪力で、ロボットのように痛みを感じず耐久力も高い。加えて多少の風か土属性の魔法を使う。弱点は火属性の魔法、つまりジン先生にとっては相性のいい敵だ。


「どうするって、やるしかないだろう。私が全部倒してやる。それでいいな、サクラ?」

「お、お願いします……って、サクラ?」


 なぜ僕ではなくサクラに訊くのだろう。


 と思って腕の中のサクラに目を落とすと――トロールに負けないくらいに目をギラギラと煌めかせ、フーフーと荒く息をついている。


「え、さ、サクラ?」

『やっていい?』

「は?」


 壁に蜘蛛が張りついているのを見つけたときのような、完全に臨戦態勢の表情だ。

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