第4話 最後に勝つのは正義だ!的な物語の敵視点みたいな。

 ロアの部屋でゲームをやり出してもう2時間くらい経った。


 ロアに呼ばれてここでゲームをしているわけだが、肝心のロアは、横で「ほー」と「んー」とか「おっ」とか「ふぅ」とか言うばかり。

 たまにコントローラーを渡そうとするが押し返され、『続けろ』みたいな感じでテレビを指差されるのだ。


 一体俺はなにしにここに呼ばれたのだろうか……。

 流石に連続二時間このわけのわからん空間でゲームするのは疲れてきた……


「ん」


 次の対戦を始めようとした時、コントローラーを渡せと言わんばかりに、袖を引いてきた。


 ナイスタイミング。もう腰も脚も限界だし、ちょっと伸ばしたいと思っていたところだ。

 コントローラーを渡すと、早速対戦開始を押す。


 俺は、足を伸ばすために少し画面から離れる。すると、ロアがまた袖を引いてきた。


 今度はなんだろうなと思いながらロアの方を見たが、目線は対戦画面を向いている。


「ん゛!」


 と、またしても今度は強めに袖を引かれた。


「な、なに?」


 聞いても返事はなく、少し待った後、足を揉み始めた時だ。


「ん゛ん゛!! ん゛!」

「な、なんだよ?!」


 強めに小突かれた。慌ててロアの方を見るが、ちょっと喉を鳴らし、不機嫌そうにしている。でも、相変わらず画面見てるだけ……


 あ、チラチラ俺のことみてる。


 ん?ん?ん?


「もしかして、戦いを見とけってこと?」


 俺が体勢を変えて画面を眺める様子を見ると、ロアの眉根のシワがスッと戻った。どうやらビンゴらしい。


「え、上手くなってる?」


 あっという間に三連勝だ。昨日俺に十一連敗した人とは思えないほど、動きが洗練されていた。


「す、すごい……グレイトグレイト!」


 伝わったのか、こっちを見て、かすかに鼻のしたを伸ばす。


 か、かわいい……あ、そうだ。

 せっかく喋れるついでに、日本語でも教えとくか。日本で生活するなら日本語はまず必須だ。


 褒められて若干はにかんでいる横顔に話しかけてみる。


「ロア、リピートアフターミー」


 発音がアレでも、ちゃんと伝わったらしい。手を忙しく動かしつつ、一瞬だけ目線を向けて小さく頷いた。


 初めて意思疎通できたんじゃないか……?!


「よ、よしじゃあ、」

「ヨ、ヨゥシジャ……」


 ……笑うな、笑うな。笑ったら傷つけてしまうだろうが。

 不意打ちの可愛さに、顔が緩みそうになるが、未だ痺れの取れない足裏に親指を押し込み、なんとか耐えた。


 あんまり意味のない言葉は発さないようにしないとな。気を取り直して、いざ。


「私の」

「ワタシノ?」

「名前は」

「ナナエハ?」

「ロアです!」

「ロアネス……!」


 あぁ……音節ごとに顔を上下して、リズムとってるのが最高に萌える……。しかも、語尾上がるのなんだよ……反則だろがぁ。クソォ……


 しかしだ、ここで笑ってしまうのは良くない。

 思いっきり唇を噛むことでなんとか持ち堪える。明日しみまくるだろうが、我慢だ。

 一生懸命やってる時に、人に笑われることの辛さはよく知っている。だからこそ、ここで笑ってロアの心を傷つけるわけにはいかないのだ。


 絶対に!


「グ、グレイト!」

「……センキュー。」


 膝に頬を寄せ恥じらいながら、控えめに言うのだが、もうその仕草がどうしようもないくらい俺の心を揺さぶる。

 はぁ……もう死んでいいか? かわいすぎんだろうがよぉ……。


「私の名前はロアですイズ、マイネームイズロア、オッケー?」

「ワアシノ? ナナエハ? ロアネス!」


 ん゛ん゛ん゛!!!!!!! ザクっと、唇を貫通する感触がした。逆に言えば、このくらいしないと俺は耐えられなかったと思う。


「お、オッケー、ネクスト。はい、イズ、イエス。オッケー?」

「ハイッ!」


 あーーあ。この天使まじどうしたらいいんだろ。

 はい、ときたら次はいいえだが、いいえはちょっと堅苦しい気がする。よし、


「グレイト! ネクスト、いや、イズ、ノー」

「ヤァー!」


 あってんだけれども、あってんだけれどもさぁ、可愛すぎるよこの天使……


「グレイト! グレイトグレイト!」

「セ、センキュー……」


 これ、俺普通にコミュニケーション取れてね?

 とか思っていると、突然、何かを思い出したかのように、ロアが踵を床に振り下ろした。床というか、クッションに。


「!?」


 と面食らっていると、ロアがハッとしたようにこちらを見た。そして、申し訳なさそうにしながら、チラチラと時計を見る。


 時計の針は11時を指している。


 やべえ! ゲームとロアに夢中ですっかり忘れてたわ! 夜食の時間じゃないか!


「そ、ソーリー!」


 俺は急いで部屋を出る。階段を駆け下り、台所に走ると、冷蔵庫の中身を引っ張り出し、調理を開始。


 さっきいい感じじゃなかったか? どうせなら、このまま仲良くなって、


 ??


 このまま仲良くなって……仲良くなってどうすんだ? 最終目標は?


 いや、確かに過疎ゲーの楽しさを共有できる仲間ができたのは、すごく嬉しかったけど、なんかこう、妙な距離感があるんだよな……言語の壁じゃない何か……


 頭を軽く叩き、横に振る。


 いやいや、そんなこと考えてる場合じゃないな。とりあえず、少しづつでいいから、現時点での目標は学校に通ってもらう! まずはそこから始めよう。


 奇跡的にゲームで繋がることができたし、幸先いいぞ。


「ロアー」


 開けたままにしておいたはずのドアが閉まっていた。勝手に入るわけにはいかないので声をかけると、少し待った後、スッと15センチだけ開き、そこから顔を半分だけ覗かせた。


 これ……なんか既視感が……。


「あ、えと、」

「…………ぅ」


 妙に声が小さい。こっちもみてくれない。


 食事を部屋に入れるや、きぃぃ、と木の擦れる音がするほどゆっくりと、扉を閉めてしまった。


 めっちゃ距離置かれてる……。


 ついさっきまで、過疎ゲーの楽しさを共有したり、楽しくお話ししてたってのに、つい数分離れただけでこの反応だ。


 はぁ……と内心ため息が溢れる。


 この数センチの壁が、途方もなく高く、そして堅牢な城へきのように見えた。


 一つ頷く。


 しゃあねえ! 切り替えろ、俺! 明日学校だし、今日は少しだけ進歩したってことを先生に報告しよう。


「お、おやすみ……グッドナイト」


 ドアに言い残し歩き始めると、きぃ、という音が聞こえた。

 中の光が漏れてそこだけ明るく照らされる。少し待ってると、満を辞したように、ロアがゆっくりと顔だけ出した。


「あ、ロア……」


 肌が白いだけあって、わかりやすく耳が充血している。

 気まずい……なんで黙ってるんだろう……まさか俺が一階に降りるの見張ってるのか?


 多分そうだな、そう思いスッと進路を変えると、


「………っ」

「ん?」

「ワアシノ、ナナエハ、ロアネス………っ!」


 目視できるほど、かぁぁ〜〜〜〜〜っと赤面させるが、逃げずにまだ顔を覗かせている。


 正直、俺は思った。うちの二階には、こんな天使が住んでたのかと。


「かわい……違うな、グレイト!」


 ロアは、まだ何か言いたげな表情をしている。ただ、一向に言う気配がないので、もう一回だけ自分の部屋に戻るふりをしてみると、


「…………んっ!」


 また黙ってしまったのでもう一回やってみる。


「?! ん゛ん゛!!!」


 なにこれ、癖になりそう。近づかないけど、離れないで! みたいな。


「ん、アっ……ヘン」

「へ?」


 ロシア語だろうか? 何か伝えようとしているのはわかるが、どう言う意図なのかわからん。真っ赤に赤面し、精一杯伝えようと頑張ってるように見える。


「っ……ヘンタイ、クソブタヤロー……」


 ばたん! 語尾が消えるより先に扉を閉めてしまった。


「……………………」


 今、俺、『ありがとう……』みたいな言葉の雰囲気で、罵倒されなかったか?

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