第3話 マラソン大会一緒に走ろうと言ってた友達が数分後に先に行ってしまった時のような疎外感

「フレンド申請が来たってことは……ほんとに……」


 嘘だろうそだろ嘘だろ!?!?! ほんとにそんな偶然あっていいのかよ!?!?!

 あまりに取り乱して息が詰まってしまった。


「ちょーと待て、落ち着け……深呼吸深呼吸」


 と、とりあえず申請承諾……と。


 ピコンピコン。


 !? なんだ? 


 承認した瞬間に新着通知が来た。タイミング的に、多分ロアだろうが、


 ********************

『「Рыцарей ада」さんから新着メッセージが届いています』

 ********************


 うえ、ええええええええええ!!?!!

 と、とりあえずひ、開いてみよう。


 まるで心臓だけが全力疾走したかのように弾む。


「あぁ、緊張する。」


 メッセージひとつにここまで緊張するか?

 よ、よし。行くぞ。開くぞ。


 俺は目を閉じ、思いきってボタンを押した。

 開くぞ、目開くぞ!!


『Пойдем в мою комнату.』


 ……あぁ、読めん。


 このゲームには一応翻訳機能がついている。

 ちょうどメッセージの下に翻訳ボタンがあるのだが、


「お、押していいのか……いや待てよ、酷いこと言われてたら立ち直れる気がしない……あっ」


 手から滑り落ち、ゴトンゴトンと音をたて、コントローラーが床を転がる。


「はぁ、全くな。メッセージひとつでここまで動揺するな、んて!?!」


 どうやら、落ちた衝撃でボタンが押されてしまったらしい。先ほどの文字の下に


『部屋に来てください』


 の文字が浮かび上がっていた。


「@>#@$$%!?」





 ちょっと経てば気も落ち着く。


「い、いくか……」


 正直、嘘です。死ぬほど心臓がバクバクしてます。


 部屋の外に出て、暗いリビングをしばらく見つめる、そして階段の先。

 二階なんてすごく久しぶりに登る。6年とかそのくらいだろうか。最後に登ったのは引っ越しの時だから、そのくらいか。


「いやいや、自分宅だろ? なんでこんな緊張してんだ。堂々と階段のぼれ、おれ。」


 なんとか『ロア』と丸っこい文字で書かれたネームプレートがかけられてる部屋にたどり着いた。途中の階段で、軋む音に合わせて冷や汗が噴き出してたのは内緒だ。


 しばし待つ。


 体感5分、実測10秒。


 い、いくか……


 軽くノックする。


 しばらく待ったが返事がない。……やっぱりやめ、


 ゴン!


 部屋の中から音が鳴った。というか、扉に何か投げつけた?

 床どんでコミュニケーションをとっているのだから、ドアドンでコミュニケーションとってもおかしくない……な。


 と思って、一息飲んだ後ドアノブに手を掛け、そしてその瞬間に悪寒が走った。


「Что ты делаешь!!」


 甲高い叫び声。

 まるで親の仇でも見つけたかのような、血走った目で俺を睨みつける少女の姿が、そこにはあった。

 次の瞬間、


「え、うhytっご!!」


 腹に強い衝撃を感じ、俺は床に倒れていた。

 ドロップキック、と言えばわかるか。一瞬しゃがんだかと思えばもう既に目の前に迫っていて、俺の胸くらいの高さまで跳ねたアーニャが、次に折り畳まれた足を一気に伸ばし、ちょうど鳩尾のあたりに直撃した。


「Ты преступник!」


 なんと言ってるのか全く分からない。ただ怒っているっぽいというのはわかった。


 倒れた俺にマウントポジションをとり、唾が飛ぶほど叫びパウンディングしてくる。

『叩く』というよりかは『突く』って感じで、本能で頭だけは死守したのだが、ノーガードの腹をここぞとばかりに殴ってくるのだ。


 この慣れた感じは明らかに格闘技経験者。さすがは戦闘民族ロシア人だ。システマか!?


「Ублюдок! Педофил! Сексуальные преступники!」

「痛い痛い!! 違うんだって! や、めっ、ってっっ!」

「Немедленно в тюрьму!」


 話が通じねえ。体格は明らかに俺の方が上なのに、腰を反って逃げようにも、びくともしない。しかも突きの威力が並じゃない。一撃一撃でしっかり内臓を抉ってくる。


 このまま義兄妹に殴り殺されるのか、そう思いながら、幸せそうに俺の料理を食べてくれる先生の顔を思い出していた時だ。


 ドン!!


 最近よく耳にする音が聞こえてきた。

 急にパンチが止み、腰の辺りの重みがふっと消える。


 腕の隙間から様子を確認する。俺の上に狂人の姿はない。よく見ると、ロアの部屋の前に、待ちきれないといった様子のアーニャが立っていた。


 よくよく見れば、ほんの少しだけ部屋の扉が開いている。


 開いてる!?


「Что ты делаешь?」


 ドアの中から声が……ちっさいな。多分ロアだろうが、初めてロアの声を聞いた気がする。ピンと張った弦のように澄み切り、純水で極限まで薄めた水彩絵の具のような儚い声だ。


(アーニャ)「Этот извращенец собирался напасть на твою сестру!」

(ロア)「Xa? Нет, не может быть. Слишком шумно, они будут вести себя тихо」

(アーニャ)「Ха, да!」


 心なしか、アーニャの息が荒いし頬も若干火照ってる気がするが、多分さっき俺をパウンディングしたせいだろう。


 すると、ロアのため息が聞こえた。ロアがロシア語で何か言った後、アーニャが喜びの舞のようなものを踊り、奇声を発しながら部屋に入る。なんなんだろうなあれ。


 さて、もうそれどころじゃないし、一階に戻ってロアの夜食の準備でもしようかな、


「……ハイテ。」


 ん?


「……ハイテ」


 どうやら俺に何か言ってるらしい。

『穿いて?』

 咄嗟に下を見る。よかった、ちゃんとズボンは履いてる。


 確認を終え待ってると、ドアの隙間からぬっと手が伸びてきた。白くて小さくて、親指と小指で一周できそうなほど細い腕だ。

 その腕が指を立て、手招きする仕草をする。どうやら、『入って』と言いたかったらしい。


 扉を開けると、俺の想像するようなthe引きこもりの部屋、ではなく、物は多いがめちゃくちゃ整理整頓された空間が広がっていた。

 いつの間に運び込んだのか分からないキングサイズのベット。部屋の三分の一を占めてる。

 折りたたみ式の小さな机に置かれたノートpcとその周辺機器は綺麗に整えられ、ゲーム機が設置してある場所は配線を一切見せないという徹底ぶりである。


 そして、なんとも表現し難い女の子の匂い。うちで使ってる柔軟剤の匂いか? 男と女でここまで匂い方が違うんだな……。


 先に入ったアーニャは体をクネらせロアのベットの上で枕に顔を押し付けていた。


 なんだあいつ。さっきまで俺のことタコ殴りにしてたくせに。


 ドアを閉めてる間に、ロアがクローゼットへと向かった。

 2度目のご対面だが、ちゃんとロアを見たのは初めてだ。この前は割と外に出てもいい格好をしてたが、今日は淡いピンク色の花柄の入った柔らかそうなパジャマ姿。

 アーニャと同じく銀色の髪、全体的に線が細く、小柄だ。痩せてはいるが、不健康という感じでもない。

 顔なんかはアーニャそっくりだが、静かだからかあまりを外に出ないからか分からないが、すごく儚い顔をしている。ちょっと強く触ってしまったらその瞬間に壊れてしまいそうなほど。


 あんまジロジロ見てると嫌がられるな……。と思いつつ見ていると、


 ロアがしゃがみこみ、上着が捲れ、ズボンが下に引っ張られる。すると当然、見えてしまうわけだが。


「!?!!」


 だめだ。見るな見るな! 異国の地に来て不安でいっぱいの義理兄妹をそんな目で見る奴があるか!! 俺は最低だ!


 視線をアーニャへと移し、先ほどタコ殴りされた怒りで邪念を祓っていると、

 クローゼとから座布団? を取り出したロアが、テレビの前に敷き、手で軽く叩いた。


 座れってことかな?

 俺の動向には目もくれず、ゲーム機の方に手を伸ばして起動し始めた。なるほど、一緒にゲームをしようということか。


 チラッとテレビ台を見ると、俺が夕食の時に挟んでおいた紙切れがあった。


『僕ゲーム好きなんです。よかったら一緒にしませんか。ファイターさくと』


 ……ついさっき書いた文章だが、恥ずかしすぎる。


「……ん」

「あ、ありがとう」


 コントローラーを受け取り『ファイティンファイト』開始。


 このゲームは最大四人でできる。が、


 プレイ中、横を見ると、膝を抱え込み小さくまとまったロアが、俺の方をじっと見つめていた。


 あ、なるほど……ソロプレイ……


 ロアはゲームに参加していなかった。

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