第2話 (少しだけ内容変えました4.13,7:50)どうやらアーニャは日本語が上手らしい

 キーンコーンカーンコーン。


 予鈴が鳴り、放課後のホームルームが解散となった。

 教科書と配布物を鞄に放り込み、肩にかける。急いで教室を出ようとする俺に、声がかかった。


「く、枢木くるるぎくん」

「はい?」


 小柄で童顔、顔と背格好だけ見れば中学生のようなそんな「女性」である。

 この人は、クラスメイトの……


「どうされましたか? 橋本先生?」


 ではなく。

 俺の担任である。


「ちょっとね、ロアちゃんとアーニャちゃんのことで……お話聞きたいなって……思ってるんだけど……」


 橋本沙優はしもと さゆ。今年、俺たちと同時に入ってきた新米教師らしく、先生とは言えど結構気が弱い。可憐な少女という言葉が良く似合うが、胸元のダイナマイトに男子の本能は抗えない。


そう言った感じの人である。


「枢木くんのうちはご両親もいないから、大変だと思うんだけど……二人はどうしてるのかな……あ! 全然! 差し支えなければいいからね……教えてほしいなって……」

「アーニャの方は説得次第で高校には来れると思うんですけど……」

「けど……?」

「ロアの方が問題で、あいつ一度も部屋から出てこないんです。引きこもりのわりにご飯は毎日決まった時間にきっちり食べるし、健康志向だけは人一倍強くて、毎日運動(床ドン)も欠かさないんですけどね……」


 先生は眉を曲げ、「大変だね……」と前置くと、心配そうな顔をして、


「あ、あのね……もし時間があるならでいいんだけど、今日家庭訪問してもいいかな……わ、私ね、大学でロシア語の講義取ってたから! だ、大丈夫だよ! 私顧問とか何も任されてないから! 今日全然暇だから!」


 なんかいろいろと弁解しているところから、どうにか言いくるめてお持ち帰りしようとするおっさんの姿が、浮かぶのはなぜだろうか。

 とりあえず、断る理由もないので快く承諾した。

 てか、俺と先生の性別が逆だったら、下手すれば裁判沙汰だな、これ。





「へ、へぇ……ここが枢木くんのお家なんだね……お邪魔します」


 胸の辺りで手を組み、少しおどおどしてるのが可愛らしい。

 なんだか、初めて女の子をうちに連れ込んだみたいで、胸が高鳴ってしまう。


 さておき、靴を脱ぎ、先生を家にあげる。

 リビングに案内すると、ちょうどアーニャが冷蔵庫を漁っているところだった。


「ただいまー。先生、あれがアーニャです」

「わ、わあ、綺麗な髪……」

「先生?」

「あ、ごめんね! えっと、そうだよね。ワタシーハ、アナターノ、タンニンデース」


 先生の片言日本語に固まってしまう。なんであんたが片言になってんだ。

 そして、先生はそのまま固まったまま黙ってしまった。アーニャもよくわからず固まってしまった。


「せ、先生?」

「わたし……実はロシア語の成績最下位だったの……」


 え?


「と、とりあえず!! 今からワタシが日本語教えるね!!!」

「あ、はい。すみません、お願いします。」


 ちょっと驚いたけど、わざわざ一生徒のために放課後の時間を潰してまできてくれるんだもんな。感謝しないと。


 先生が机に座りアーニャを手招きすると、アーニャも何か察したのかこっちにきた。どうせ日本語の先生してくれるのなら、ロアも一緒にやってほしいもんだが……。


 ふと机の方を見ると、一人ぶつぶつ言いながらぎこちなく固まった先生と、黙ったまま先生を見つめるアーニャがいた。


「え、と、えと、どうすれば……」

「先生?」

「あ! うん! 大丈夫だららね!?」


 緊張しすぎて噛んでる。しかも本人は気づいてない。

 まぁ、ここは先生に任せよう。曲がりなりにもロシア語学んでる人だし。最下位だって言ってたけど……。


「わかりました。よろしくお願いします。僕はその間、家のことしてしまいますね」


 台所に入り、昼間アーニャたちが食べた分の食器を片付ける。

 大皿が二枚。朝は流石に時間がなくて作り置きしておいたものだが、半端じゃない量を残してやがる。見るからに一口齧っただけ。


「インスタントはダメ、冷凍食品もダメ、おまけに冷蔵保存もダメって……」



 まあでも、仕方ない事だよな。

 あいつもいろいろ大変だろうし。急に再婚(いつから付き合ってたのかもしらん)して言葉も文化も違うこんな小さな島国に連れてこられて、しかも同じくらいの歳の男と一緒に住まわされるんだから。


 ちょっとくらい食にうるさいからってなんだ。親父で慣れてるだろ。しかも、あいつの方が大変なんだから、このくらいはしないと。


 そういや、あのキリル文字のプレイヤー、絶対上の階の住人だよな……いや、割と頻繁に床をドタドタしてるし偶然か? いや、仮に偶然だとしても十一回も重なるか……? 


 ……よくよく考えればどっちにしろとんでもない確率だよな。


 ふと、二人を見た後、その横の階段のほうを見る。

 二階なんて長らくいってないな。


 そうだ、夜ご飯に手紙入れとくか。


 そんなことを考えながら、食器の片付けや洗濯物をしてる間に、針は6時を指していた。

 やばい、先生とアーニャほったらかしてた……流石にもう帰ったかな?


 いや、まだいた。まだ一生懸命アーニャに日本語を教えてくれている最中だった。


「アーニャの調子はどうですか?」

「あ、枢木くん。ま……まぁまぁと言ったところね……」


 あまり芳しくはないらしい。


「ところで先生、これからご飯つくるんですけど、もしよかったら食べていきませんか?」


 お世話になりすぎてるしな。

 一瞬パッと花を咲かせた後、何か葛藤する素振りを見せた。


「うー……ん……」


 親のいない教え子の家で食べるのはどうなのかとか、単純にお世話になっていいのかとか、大人が高校生にご飯を作ってもらうのはどうなのかとか、いろいろ考えてたらしいが結局はうちで食べることになった。


「お、おいしい……え、これ枢木くんが作ったの!?」

「はい、父は仕事で忙しいので僕がよく作ってたんですよ。それに料理の味にはうるさい人でして」


 さっきまでの遠慮はどこに行ったのか、リスのように頬を膨らませながら俺の料理をバクバクと口に運ぶ。


 とても嬉しそうに、すごく幸せそうに……かわ……


 いやいや! ないないない。ただ、美味しそうに食べてくれる人を見たのが初めてだったってだけで……


「あ、そういえば、どうでした?」


 俺は基本的に、日本人同士での会話では、アーニャやロアの名前を呼ばないようにしている。

 自分の知らない言語の会話で自分の名前を呼ばれるのはちょっと怖いからだ。何か悪いことでもしたんじゃないかとか、悪口言われてるんじゃないかとか、いろいろ不安になるのだ。


「そうね、それじゃ、特訓の成果を見せるね! アーニャちゃん!」


 呼ばれたアーニャは、口の中の物を飲み込み、俺の目をまっすぐ見て、ニコッと笑うと、



「枢木アーニャです!」



 と、全く違和感のない流暢な日本語でそう言った。


「え!? アーニャ、お前もしかして日本語練習してた? 喋れるなら早くいってくれよ!?」


 いや、やっぱり喋れないらしい。しばらくニコニコとした後スッと食事に戻った。


「すごいでしょ〜、アーニャちゃん、発音がすごく上手でね、言葉だけはすぐ話せるようになったのよ!」


 食事も終わって、先生もそろそろウチを出ることになった。


「すいません、こんな遅くまで」

「ううん、すごく楽しかったよ……」


 さっきは調子乗ってはしゃいでたらしく、今は正気に戻ったのかちょっと赤くなってる。ずっとあのままでいてくれていいのだが。


「あ、日常的に使うであろう言葉はいろいろ教えておいたからね……」

「ありがとうございます」

「あ、そ、その……ご飯ありがとう、本当に美味しかった……また来るね」

「はい! またよろしくお願いします!」


「ありがとうございました!」と言うと、アーニャも流暢な発音で繰り返した。

 見た目と反してめちゃくちゃ上手な発音するもんだから、頭が混乱する。

 目線をやると、アーニャも何か用? と言った具合にこちらを見てきた。


 瞳は透き通り、小さな唇がポカンと開いている。


「頑張っていこうな」

「ガンバッテイコウナ?」


 俺の言葉に、アーニャが首を傾ける。アーニャがスマホを取り出すが、今はいい、いつかわかる日が来るから。





「ふぅ……ゲームでもするかぁ」


 家のことが一通り済んだので、自室へと戻ってきた。電源ボタンに手を伸ばし、しばらくするとホーム画面が起動する。


「食事のお盆に手紙はさんどいたけど、読んでくれたかな」

 

 ロシア語で書こうと思ったが諦めて英語で書いた。伝わったかな、ていうか、翻訳あれであってたのか?

 そんなことを思いながらゲームを起動すると、


『『新着1件』』


 珍しくゲーム内通知が来ていた。


「なんだろう?」


 今までやってきて通知なんて「購入ありがとうございます」くらいなもんだが、不思議に思い開いてみる。


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『「Рыцарей ада」さんからフレンド申請が届きました。』

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 Рыцарей ада。昨日、俺が十一連勝した対戦相手の名前だった。

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