俺ゲーマー。親父の再婚相手の連れ子がロシアン双子だったんだが、なぜか三人で暮らすことになった。

@サブまる

第1話 二階のあの子は過疎ゲーの住人

 月曜日の朝午前7時。


 ドン!! ドン!!


 一階リビング。毎朝恒例のメロディーが2階から聞こえた。


「はいよー。え、えぇと、プ、プリーズ?」

「Xopowo!」


 淡く輝くほど白い肌に、バサバサまつ毛、碧眼が映える小顔。おとといから家で一緒に暮らしているロシアン双子の妹の方、アーニャだ。

 食事を盛ったお盆を俺から奪うように受け取ると、銀色の髪を揺らして軽やかに階段を駆け上がっていった。


「伝わってんのか……? ま、まあ、ちゃんと上の住人も生きてるみたいだし、伝わってんだろ……」


 上の住人、名前はロア、ロシアン双子の姉の方。一緒に住んでいるにも関わらず、このうちに来た初日の一度しか顔を見せていない金属スライムのようなレアキャラだ。

 いや、まず純日本人のただの高校生である俺がなんでロシアの双子と住んでるのかとか、しかも飯まで作って養ってるのかとか、いろいろ疑問に思うところはある。


 まあでも、とりあえず。


 今日は10時から高校の入学式だ。

 あれこれ準備をしていると、もう残り一時間。そろそろレアキャラのロアの方も降りてこないと間に合わなくなってしまう……


 アーニャの方は既に準備を済ませてリビングに来ていた。


「えと。ロア、スクール、オッケー?」


 うん、自分の英語力が憎い。


「??」


 首を傾げながらスマホを差し出してきた。あ、なるほど……翻訳アプリ。気づかなかったな。

 えーと、そろそろ学校に行かないといけません……と。


 しばらくしてスマホをまた差し出してきた。

 内容はわからないが、海外製のSNS、雰囲気的にはロアとのトーク画面っぽい。するともう一度自分の方に向け、またこちらに向けてきた。


 ***********

 アーニャ 学校いくの?

 ロア いかん

 ***********


「え?」


 思わず声を出してしまった。困惑した表情をしてたんだと思う。するとアーニャは再びスマホを見せてきた。


『私も行きません』


「え? え!? 困る困る!! 学校にちゃんときてもらわないと、俺が親父にどやされる!」


 音声翻訳したらしく、焦る俺とは対照に、ワンテンポ遅れてスマホをむけてきた。


『いかん』


 な……、はあ!?




 遡ること数日前。


「親父!! ご飯冷めるから早く起きて食ってくれよ!」


 いつものように朝食を作って、ソファで寝ている親父を待つが、今日も一向に起きる様子がない。

 しばらくしてむくっと起き上がり、机について無言で食べ始めた。


「実はお前に朗報がある。父さんな、結婚することにした」

「朗報じゃねえっつの。何度目だよこれで。五度目だろ。今度はどこのどいつだよ」


 親父はよく結婚する……。日本語がおかしい自信はあるが、本当によく結婚するのだ。昔はかっこよかったらしいが、シワも増え、衰えているのがぱっと見でわかるこんな中年親父のどこが良くて結婚するのか分からん。しかも大体相手は一回り年下。


 下手したら親父より、俺の方が年齢が近い時もあった。


「ドイツじゃないぞ。ロシアだぞ。彼女の要望で明日から世界一周旅行に行ってくることにした」


 そんな謎のギャグを言い残し、翌日、テーブルの上に手紙を一枚置いて親父は出ていった。

 それから二日してきたのが彼女らだ。





 入学式を一人で終えた俺は、急いで家へと帰ってきた。


「ただいまー」


 玄関を開いた瞬間だ。


 ドダドダドダドダ!!


 と、床を踏み鳴らす音が家中に響いた。飯の催促だ。ロアは引きこもりにしては珍しく、ロアはきっちり決まった時間にご飯を食べる。7時、12時、19時、そして23時にちょっとしたつまみを食べる。


「ソーリーソーリー!!」


 昼前に終わる予定だったが、もう12時10分。

 急いで帰ってきたつもりが、既に時間をオーバーしていた。


 急いでキッチンに向かう。途中、リビングに入学式をさぼったアーニャの姿が見えたが後だ。


 某百均で買ったタッパーに、米、鶏肉、ケチャップ、角切り野菜を入れ、レンジに入れる。


 昨日買っておいた卵を取り出し、カロリーオフの油を引いたプライパンに落とす。カロリーオフなのはロアの要望で、彼女は意外と健康志向らしい。調味料も極力控えるようにしている。

 パチパチパチと小気味の良い音をたて、薄く伸ばした卵が泡立つと、香ばしい香りが漂ってきた。


 そろそろだな。


 チン。


 丁度いい頃合いでレンジが鳴った。タッパを開けると、いい感じに具と混ざったご飯と、ケチャップの酸っぱい香りがフワッと漂った。


 お昼はオムライスだ。


「アーニャ、プリーズ」


 皿に盛り、アーニャに渡す。持って行ってる間に俺とアーニャの分も作っておいた。



 さて、お昼の時間も終われば俺の時間だ。

 一階にある自室に入り、ヘッドフォンを手に取る。


「ふぅ、やっとできるな。『ファイティンファイト』」


 日本ではほとんど知られていない超マイナー格闘ゲー。生きてきた中で、リアルでこれのプレイヤーに出会ったことがない。


 もちろんそんなゲームに新規参入者がいるわけもなく、トップの面子はほとんど固定されている。

 大体俺が一位で、下がちょくちょく入れ替わるくらいか。


「さて、誰かやってる人いるかな、て。やっぱいないか」


 このゲームは滅多に人がいない、オンラインゲーなのに。

 分かりきっていたことだが、ちょっとした寂しさを感じつつ、いつものようにローカル対戦を選択する。


 一応世界で配信されているゲームなのでたまに外国人と対戦することがあるが、


「最近ゲームの名前にキリル文字使ってる人多いよなー」


 今回マッチした相手は多分日本人だろう。海外の人でキリル文字使ってる人なんて見たことないしな。ほとんど自国の文字使ってる。


 早速対戦が始まる。このゲームの新規が増えない要因として、操作コマンドが多すぎることがある。当然たくさん覚えると強くなる仕様で、強さはほぼプレイ時間に比例する。


「圧勝かあ〜、対戦ありがとうございました、と。」


 HPを一ミリも削られることなく、開始10秒で勝利した。ちなみに相手は一度も攻撃できていない。そして対戦が終わった途端だった。


 ドドドドド!!


 と天井が揺れる。多分ロアが暴れているんだろう。健康志向で運動もちゃんとしてるらしい……。


「え、再戦申し込みなんて珍しいな」


 ちょっと驚いた。

 俺に再戦を申し込んでくるやつなんてランカーくらいしかいないからだ。理由はさっきのように一戦で実力差を見せつけるから。


 当然、二回目も圧勝。今度は宙に蹴り上げ、そのまま一度も地面を踏ませずに勝利した。


 ドドドドドドドン!!!


「ロアのやつうるさいな……て、また再戦?!」


 三回、四回、五回……

 毎度フルボッコにする度に天井が揺れた。


「……まだやるのか……どんだけ負けず嫌いなんだこの人……」


 10度目の勝利を重ねた時、


 ドンドンドンドン!!


 と、これまでとは比べ物にならないほど力強く床を踏みつけている音が響いた。

 薄々気づいてはいたが、まさかこれ……

 いやまさかな。そんな偶然あるわけねえよ。いや、だって、この過疎ゲーやってるのが近くにいるって時点でとんでもない確率だし、それがさらに最近義理の兄妹になった子で、一緒に住んでる引きこもりなんてそんなん……


 と、いろいろ考えている間に、11度目の再戦申し込みが。


「さすがに11回目に床ドンがきたら信じざるを得ないよな……」


 結果。完勝。そして、


 ドンッドンッドン!!!


 どうやらうちの住人は、俺が人生で初めて出会った過疎ゲーのプレイヤーらしい。

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