カッコいい美人にひとつだけ言えること

 ここ数ヶ月、「ある美人」のせいで私はモヤモヤしっぱなし。


 その人は、私がバイトするドラッグストアにやってくる。テレビや映画でよく見る女優さんにそっくりの美人で、いつも違う男性と一緒だ。


 レジに出すのは決まって、一万円以上の高額化粧品。

 男性が現金で払うと、美人は当然のように化粧品とレシートをバッグにしまう。そして二人は身体を寄せ合いながら店を出て行く。


 問題はこのあと。


 数十分後に美人だけが来店し、先程買った化粧品を返品したいと申し出るのだ。商品は未開封だし、レシートもあるから返品はできる。


 お金を返すと、美人はなんとそれを、レジの募金箱に全額突っ込む。毎回必ず。

 初めて見たときはびっくりしすぎて「一万円入りましたー!」ってその場で叫んじゃった。


 この人の目的がまったく分からない。


 なんの意味があるんだろう……と思いながら、私はいま、六回目の返品対応を行っている。

 今回は一万二千円の美白美容液だ。


 千円以下のコスメで頑張っている私にとって、五桁の化粧品なんてまったく論外。一般学生には手の届かない、富裕層のための商品だ。


 レジを操作しながら、スマホをいじっている美人をちらり。

 身に着けているのはどれも高級ブランド。ダイヤみたいに光るネイルが、アイ・アム・ザ・ベストを主張する。


 ……あれ? 左手の親指に赤い筋が……怪我したのかな?


 そういえば試供品の絆創膏があったはず。安いやつだけど、何も貼らないよりマシだよね。


「気が利くじゃない。ありがと」


 美人に渡すと、すんなり指に巻いてくれた。

 今朝、料理の途中で指を切ってしまったそうだ。絆創膏がなくてそのままにしていたとか。


 朝ごはんもちゃんと作るなんて完璧すぎる。

 私はパックご飯とふりかけばっかり。


 つくづく住む世界が違う。

 もしかして、高い化粧品を返品するのは、私への当てつけなんだろうか?


「ねえあなた。『なんで私のいるレジばっかり来るの』とか『なんでいつも返品するんだろう』とか思ってたでしょ?」


 どっ、どどどっ、どうしてそれを!?

 口から発射しかけた心臓を飲み込む。


 美人は外見に似合わず、屈託のない笑いを浮かべた。


「肌に合わないものを使って、気分が悪くなったら困るでしょう。化粧品も、男も、店員さんも、自分に合ったものを選ばないとね」


 それって「自分は高級品しか似合いませーん」みたいな? 私みたいに金欠で可愛くない大学生は引き立て役ってこと? あーやだやだ。


「あははっ、やっぱりあなた面白い。でもサービス員はそういうの、顔に出しちゃダメじゃないのかな?」


 お叱りを受けて、反射的に頭を四十五度に下げる。「心の声が態度に出やすいから気をつけて」って、店長にちょくちょく注意されているのに。


 ダメだ。

 見た目も中身も、私なんかじゃこの人に敵わない。


 代金を返すと、美人はやっぱり募金箱に全額寄付した。


「私は化粧品もお金もいらないし、男は買ってあげる行為に満足する。お互いに楽しければいい。だって『遊び』なんだから」


 いたずらに笑う美人が、ぜんっぜん理解できない。

 それのどこが楽しいんだろう?


「息抜きが必要ってこと。あなたも大人になったらわかる」


 わかる……かなあ? 少なくてもそんな遊びはやらない。

 そもそも私みたいな顔じゃ相手にされないし……いいもん、別に。


「あなたは真面目だし素直で可愛いから、遊ばれないように気をつけなさい。男とは『遊んであげる』の。じゃあね」


 美人は颯爽さっそうと店を出ていった。


 理解はできないけど、どこかカッコよくて憧れる。

 でも私はあの人みたいにはなれない。

 大人になっても、きっと追い越せない。


 だけど、ひとつだけ自信を持って言えることがある。


 買ったものを返品しても売上にならないので、他の店でやってほしい。


<終>

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