流星が教えてくれる

 連休明けのおかげか、キャンプ場には客がいなかった。

 誰にも会わないのは気が楽だし、都合がいい。


 車のグローブボックスを開けて、封筒から中身を取り出す。


 「疲れました。ごめんなさい」


 落ちこぼれ社会人が書いた一行の、なんと薄っぺらいことか。

 我ながら、重みがないと思ってしまう。


 仕事じゃ結果を出せず、何をやってもカラ回り。

 いつだって真剣なのに、誰も分かってくれない。

 怒られるか、馬鹿にされる毎日。ずっとそうだ。


 明日が怖くなって、だから今日で終わりにすると決めた。


 準備をするため車を降りると、太陽が私を貫く。

 正義感たっぷりの光で、私の行為を責め立てる。


 考えたけど、もうこれしかないんだ。分かってほしい。


 あいつがいなくなるまで時間を潰そう。

 私は逃げ込むように近くの森へ入った。




 枝葉えだはの擦れ合う音色が、耳にこびりついた罵詈雑言ばりぞうごんを引き剥がす。澄んだ空気には、苦々しい二酸化炭素の臭いがない。


 息を吐けば、内に溜まった重たいよどみがどんどん出て行く気がした。

 捨てたかったものが、ようやく手放せる。

 走馬灯には綺麗な思い出が映ると期待しよう。




 森の小道を進むと、小さな川が流れていた。

 穏やかで、水も透き通っている。

 手を浸すと、くすぐったい感触が包みこむ。この水は優しい。


 私は大きい石に腰掛け、目を閉じた。

 せせらぐ川の声も、緑に響く鳥の歌も、私を邪魔者扱いしない。


 水面の煌めきが茜色に染まるまで、私は耳を傾けていた。




 車へ戻ると、真っ赤に燃える正義の使者が沈んでいた。

 遠い山々の谷間に、ゆっくりと、ゆっくりと、落ちていく。


 なんだか、魂の宝石を胸にしまい込むようだ。

 そっと、大切に、吸い込まれていく。


 いつまでも見ていたい。

 そう願って気がついた。


 私はいま、時間を感じている。

 早く過ぎてほしいと願ってばかりいた時間に、尊さを覚えている。


 留めることのできない美しさが、私の中に沁み込んでいた。




 そして空は暗くなり、闇が私の感情を塗りつぶす。

 この夜が明ければ、居場所のない日常に戻らなきゃいけない。


 だからここで終わりにしないと。




 私は準備を整え、運転席に座る。

 じたばたしていた心臓も、時間と共に落ち着いてきた。


 身体に変化を感じる。もうちょっとだ。


 ぼんやりとフロントガラスを眺める。

 星々は、みんな自分が一番だと輝いていた。


 これでこんな空を毎日見上げていれば、人生はよい方向に向かったのかな……なんてそんなの、今さら考えても遅いこと。


 まぶたに重さを感じると同時に、闇が深くなり、いよいよ意識がまどろむ。

 大小さまざまな光が溶けて、形を失っていく。


 涙が頬を伝った。

 拭うこともせず、目を閉じる。


 その寸前。


 すべてが混じりあう景色の中で、一筋の流星が夜を切り裂いた。

 そのまま流星は私の心へ吸い込まれていくと、閉じゆく扉の隙間に滑り込む。


 そして中で、ぱぁん、と光が弾けた。


 私は無意識に運転席のドアをこじ開けて、外に転がり出る。

 次第に覚醒する頭で、いまの出来事を振り返った。


 いまのは、夢……じゃない。


 あの流星はたしかに、私の中へ光を届けた。

 だから分かったんだ。


 孤独な闇をかき分ける強さを。心を救ってくれる世界があることを。


 私は車内に置いた練炭コンロを消し、別れの封筒を破り捨てる。

 車内の換気を済ませると、座席に再び身体を沈めた。


 どうしようもなくなったら、またここへ来よう。


 私は、私を許してくれる場所に抱かれて、心地よい眠りに就いた。


<終>

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