それは甘くて遅効性

 憧れの先輩が、わたしにはいるんですっ!


 美人で、仕事ができて、カッコよくて、優しくて、とっても美人の先輩。

 このホームセンターに配属されて丸一年、私の教育を担当してくれたベテラン社員さん。


 大学を出るまで働いたことなかったから、社会人デビューは不安だったけど……初めてが先輩のいるお店でよかった。


 何回発注をミスしても許してくれるし、私がトロくてお客さんに文句を言われても、代わりに頭を下げてくれる。仕事が終わらなかったら全部やってくれる。


 怒られたことなんて一度もない。いつも笑顔の神様、仏様、女神様。


 先輩みたいな人をなんていうんだっけ……どこから見ても美人だから……八方美人? なんか違うなあ。


 とにかく先輩は私の目標!

 先輩みたいになるために、がんばらなくちゃ!


 ……なんて意気込んでみたけど、全然うまく行かない。

 今日も注文された商品と違うモノを発注しちゃってた。おまけに伝票も見つからない。お客さんはカンカン。


 でもやっぱり先輩が助けてくれる。

 お客さんに何十分も頭を下げてくれたし、保存してなかった注文データも見つけてくれた。商品の取り寄せもバッチリ。


 注文の確認は前にも注意された気がするけど……とにかく見つかってよかったあ。


 閉店後、先輩はいつもの笑顔で銀紙に包まれたチョコレートをくれた。

 これすっごく美味しいやつ! 大好き!


 店の事務所には先輩と二人きり。伝えるなら今だ。


 いつも助けてくれてありがとうございます。いつか先輩みたいになりたいです。

 わっ言っちゃった、恥ずかしい!


 私の大胆な告白に、先輩はニッコリと優しく微笑んでくれた。


「あなたはずっとそのままでいいのよ。これからも、できないことは誰かにやってもらえばいいの。


 そうでしょ? あなた、どうすれば同じ失敗をしないで済むか、一度も聞いてこなかったじゃない。


 現状さえ乗り切れたらそれでいい。ミスをしたら、また処理を頼めばいいと思っていたんでしょう。


 教えても学ばないし、自分で学習もしない。作業と後始末は全部私だけに回す。

 あなたの言動すべてが神経をむしばむ毒のようで、苦しかった。我慢も限界。


 だから私も、毒を返すことにしたの。


 そうよ。取り返しのつかない毒。

 気づかなかった? まあ気づいていたら、こうはなっていないけど。


 じゃあ聞くけど、社員としてレベル2以上のクレーム処理はできる? 緊急発注の仕方を知ってる? 発注データのサルベージは?


 できないでしょう?

 徹底的に甘やかして、何もさせなかったから。

 だから、できない。


 貴重な入社一年目という時間を、あなたは何も身に着けず過ごした。中身のないキャリアを重ねただけ。

 別の店に異動したら使い物にならないでしょうね。今もだけど。


 私、何度も忠告したのよ。新人のうちに学ばないと、将来困るのは自分だって。

 覚えていないか。


 悪気はなかった? フフッ、やっぱりあなたはたちが悪い。


 でも安心して。こんなことはもう終わり。


 明日店長から正式に聞くでしょうけど、あなた来週から別店舗に異動だから。

 そして私と出勤が被る日は今日で最後。そのお菓子は餞別よ。


 さようなら。

 異動先の店長は厳しくて有名だから、これから目一杯苦しんでね」


 しゃべり終わるまで、先輩はずっと笑顔だった。

 ずっと優しい声だった。


 私の手には、ぐにゃりと形を変えたチョコレートが握られている。


<終>

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