リクルートスーツの魔法使い
先週、とつぜん魔法が使えるようになっていた。
でもこれがほんっっと役に立たねえ!
せいぜい手品か子供だまし、誰も驚かない。説明するのも恥ずかしいわ。
……神様はなぜ、世の中に必要とされる魔法をくれなかったんだ。
こっちが欲しいのは、就職活動連敗中の大学生を救う能力なんだって。
お願いだからあたしに存在価値を与えてくれ。このままじゃ社会にいらないヤツになるんだよ。役立たずはキツいって。頼むよマジで。
周りが次々と内定をもらうなかで、あたしにはお祈りメールばかり届く。
今日で二十八社目……ちくしょう……。
お菓子をヤケ食いするため、いつもの公園に立ち寄ると、ベンチに先客がいた。
男の子……幼稚園くらいか。地球からカレーとハンバーグとおもちゃが全部消滅したような顔だな。
あたしも落ち込んでいるけど、この子もなかなかだ。
妙な仲間意識に引っ張られて、ついつい隣に座ってしまう。
お菓子でも分けてやるか。バッグを探っていると、ひらめいた。
この子なら魔法にびっくりするかもしれない。
あたしはスティック菓子の箱をミシン目に沿ってぴりぴり開ける。そして男の子のそばで、上蓋をぱかぱかと開閉させた。
『そんなにガッカリして、どうしたパカ?』
お菓子の箱から声が聞こえて、男の子は目を釘付けにする。
これこれ、この反応が欲しかったんだよ!
持っている物から自分の声を出す。
これがあたしの魔法だ。
だけど声は変わらないし、口も動かさなきゃダメ。そのうえ触れている物限定。
友達には「イマイチすごくない」とけなされた魔法だけど、この子はお菓子の箱に向かって、真剣に訳を話してくれる。
やっぱり子どもは可愛いな。
『……なるほど~、おともだちのだいじなお人形にケガさせちゃったパカね。それでケンカしちゃったパカ~。
わざとじゃない? だからごめんなさいが出来なかったパカ……。
その子はどんな子パカ? ……いつもいっしょで……わあ、大人になったらけっこんする約束もしたパカね!
なのに……キミはこのままでいいパカ?』
男の子が顔をくしゃっとさせると、手の甲に雨粒が当たる。
そういや通り雨の予報だった。
あたしはオレンジの携帯傘をさして、男の子に寄り添う。
片手じゃ箱の開け閉めがやりにくいので、意識を傘に移す。
『知ってるバサ。キミは本当は、ごめんなさいがしたかったバサ。
あんしんするバサ。今からでもきちんと言えば、気持ちは伝わるバサ。
……だから、泣かないでバサ。』
あたしはハンカチで男の子の涙を拭いて、二人でお菓子を食べた。
程なく雨がやむと、公園の入り口に一人の女の子が立っていた。男の子に向かって手を振っている。
抱えているフェルト人形の腕には、ばんそうこうが貼られていた。
あたしは男の子の口元を拭いてあげると、その手に意識を集中する。
『だいじょうぶ。きっと仲直りできるよ。』
チェックのハンカチに向かってうなずくと、男の子は入り口に駆けていく。
何を話しているか聞こえないけど、お互いにっこりと微笑んで、手をつないだ。
ほら、言った通りだろ。
入り口から飛んできた「ありがとう」の声に、あたしはお菓子の箱と、傘とハンカチを掲げて応える。
もうケンカすんなよ。
……さて、帰るか。
立ち上がると、地面の水たまりに写るリクルートスーツ。
さっきまでやさぐれていたそいつに向かって、不敵に言い放ってやった。
「へへっ、役に立つじゃんか。この魔法も……あたしもさ!」
<終>
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